第九章「初恋」第百六十五話
サートゥルナーリア祭五日目 夜。
サイコロ賭博の場は多いに盛り上がった。接戦の末に、私は見事ネロお兄様とドルススお兄様に勝利し、更にはその場を観覧していた属州国の王子達からも、以前の失態を覆して賞賛されるまでに至った。
「我が愛しき妹ユリア・アグリッピナよ。貴妹の持つ潜在的な必勝への能力には、平伏するばかりである。今一度、次回までには貴妹に健闘できるよう、努力を重ねるつもりである。」
次兄のドルスス兄さんも微笑みながら私のおでこを指先でツーンと弾きながら、賞賛の言葉を添えてくれた。
「我が親しき妹ユリア・アグリッピナよ。今夜の闘いは実に正々堂々とし、気持ちの良いものであった。今まで貴妹の苦手と思われていた計算に関する潜在的な能力を、今一度、戦略の一つとして捉えなければならない事に気付かされた。ありがとう。」
自然と多くの人達から賞賛を浴びる私。極上の料理を持ってしても、この美味は一生忘れられないかもしれない。私の身体が、自分への賞賛を望んでいるのだから。
「ユリア・アグリッピナ殿?」
あわわわ!アラトス王子!
おっほん、いけない。気を取り直して。
「アラトス王子。前回での私めの失態に対し、どうか貴殿からお許しを頂きたく、今宵は再び全力を持って勝負いたしました。フェリックス!」
「はい、アグリッピナ様。」
私とフェリックスが稼いだ勝利金から、アラトス王子が勝った分を手渡した。
「どうか、このお金をお納めください。これは本来貴方が手にしなくてはならないものであったはずです。」
しかし、アラトス王子はなんと私の気持ちを拒否し、首を横に降って粋な計らいをしてきたのである。
「アグリッピナ殿、予こそ、貴姉が賞賛されるべき言葉をそれられず、貴姉の心を踏み躙ってしまった事に、深くお詫び申し上げます。どうか、属州国の小国程度の王子でありながら、カエサルの血を引くユリウス氏族の長女である貴姉への言葉をお許し下さいませ。」
彼は私の前で平伏して赦しを被ろうとしている。私の心はそんな事までしなくてもいいのに。って思っているけど、でも礼儀であるから。
「分かりました、アラトス王子。貴殿の無礼を赦しましょう。」
「貴姉の御心、ありがたき幸せでございます。」
私は返されたお金をブラブラさせながら、王子にカマをかけてみた。
「王子?あたし、貴殿が住むアカイアに今度行ってみたいわ。その時は持て成してくれる?」
「当然です、アグリッピナ様。喜んでお待ちしております。」
やっぱりアラトス王子の笑顔は素敵だった。声も対応の仕方も、何をとっても魅力的。
「アグリッピナ様~!やっぱりすんげえ~よ!本当にどうしちゃったの?昨日と全然違うじゃん!」
「だ~り~?フェリックス。やっぱりジュリアのお陰かな?」
「ジュリアさんの?」
「うん…。あの娘だけは私を本当に理解してくれて、あの娘だけが私の知らない自由へ連れてってくれる。」
するとその張本人が私の後ろで涙を流している。自分の事以上に、私を心から祝福してくれてる。
「ジュリア…。」
「アグリッピナ様…。」
私は堪らず彼女に抱きついて泣いちゃった。ジュリアもそれを分かってか、あたしの頭を撫でながら大泣きしている。鼻水まで出して。
「ジュリア。あたし、今日は本当に頑張ったよ!とっても恥ずかしかったけど、でもさ、大母后リウィア様に言われた言葉を思い出しながら、すっごく頑張ったんだ。」
あたしだって鼻水まで出して。
「アグリッピナ様~。私は本当に心から嬉しかったです!きっとできるって信じてたからこそ、その時のお気持ちをお察しすると、本当に本当に…。」
こうやって思い出しても、パピルスに書いた文字が涙で滲むほど、あの頃の初恋の淡い思い出は、感情を揺さぶられてしまう。他愛の無い、幼い女の子の初恋なんだけど、初めて好きな人に堂々と対応できた事が、私の最高な思い出の一つ。
「アグリッピナ様~!僕達にもサイコロ賭博の必勝法教えてよ!」
「お願いします、アグリッピナ様!僕達もアグリッピナ様のように強くなりたい!」
属州国の王子達がわんさかと私を取り囲んでくる。ジュリアも良かったですねって微笑んで、みんなみんなが微笑んでいる。その明るい光の中で、私は自分が輝きながら、恋心をしっかりと温めていた。
続く