第九章「初恋」第百六十二話
サートゥルナーリア祭五日目 昼。
立ち直るべく決意した長女一人、それを応援する妹二人、ここぞとばかりに腕をふるう女友人一人。
「私、絶対にアグリッピナ様ってお化粧したら、どの男性からも魅力的に感じる女性になると思うんです。」
ジュリアの自信は漲る勢い。しかし、下の姉妹二人はそう思っておらず。
「でもジュリアさん、姉さんの場合はガイウス兄さんも言ってたけど、勇ましいアマゾネスの女王ペンテシレイア様の印象があるでしょう?」
「そうそう、お姉ちゃんってお淑やかなイメージ無いから、きっと無理だよ。」
「甘いですよ、ドルシッラちゃん、リウィッラちゃん。私の手に掛かれば、アグリッピナ様は愛と美の女神ウェヌス様のように美しくなられます。」
「えええ?!お姉ちゃんが?」
「ウェヌス様のように?!」
嘘でしょう…?
せめて戦の女神ミネルウァくらいだと思ってたけど。ジュリアは犬にように垂れた目で笑顔で答えた。
「まず、アグリッピナ様はとっても眉毛がきつく見えるでしょう?これって角度が鋭いからなんですよ。でも、ちゃんと緩やかな山の形に整えてあげれば、ガラリと印象が変わります。」
「へぇー。」
「ヘェ~。」
へぇー。
私達三人はジュリアの化粧方法に感心していた。さらにジュリアの化粧指南は続いていく。そして、自分の化粧道具をいれた木箱を持ってきて、早速取り掛かってくれた。
「ほら、ドルシッラちゃん見てご覧。お姉さんのまつ毛って意外にこんなに長いでしょう?」
「本当だ。」
「これをこの細いくしで少しだけ向きを変えてあげると…。」
「ああ!すごい、目が大きくなった。」
私はなんだか大理石彫刻の像の気分になってきた。ジュリアが一つ一つを丁寧に化粧して行くと、妹達は私の顔を、まるで初めて見るように覗き込んで驚く。
「腫れぼったくなったまぶたも、白塗りで少しだけ影を付けてあげて…。」
「すごい…。あっという間に綺麗になった。」
「それとアグリッピナ様の顎って、スっとしててシャープでしょう?」
「うん、男の人みたい。」
「なんだって?リウィッラ。」
「ごめんなさい、お姉ちゃん。」
「でも、実は頬紅も少しだけつけると、こーんなにセクシーに見えるのよ。」
「わぁ!すごい…。色っぽい。」
もう、自分ではどうなってるか分からないから、いくら妹達が感激してもなーって感じ。
「アグリッピナ様、待っててくださいね。もう少ししたら鏡で見せて差し上げますので。」
「うん。」
「お姉ちゃん、きっとビックリするよ。」
「リウィッラ、そう?」
「うんうん、私達だって姉さんがこんなに綺麗になるなんて思ってなかったもん。」
「ドルシッラまでもそんな風に言うの?」
「その言葉には、嘘偽りは無いみたいですよ、アグリッピナ様。さぁ!出来上がりました!」
ジュリアは手鏡を二つ持って見せてくれた。彼女はニコニコしながら見つめている。
「だ、誰…?」
「フフフ…。紛れもないユリウス家の長女ユリア・アグリッピナ様ですよ。」
「嘘…でしょう?」
鏡に写っているのは、本当に女神ウェヌス様のようで、お淑やかで美しい女性の顔を持った人物が、コッチを驚いて覗いてる。
「あたし…なの?」
「うんうん、お姉ちゃんだよ。」
「本当に姉さんって品のある顔立ちしていたんだ。唇だってとっても魅力的だし。」
「アグリッピナ様のお顔は首がしっかりされてるから、男性的に見られがちですけど、それを逆に強調する事で女性らしさを醸し出せるんですよ。」
私は瞬きをしたり、顔を動かしてあらゆる角度から覗いて見たけど、やっぱり自分と同じ反応をしている。本当にあたしなんだ…。
「ジュリア、ありがとう…。」
私は嬉しくて思わず泣いてしまいそうだった。
「ああ、お姉ちゃん泣いたら折角のお化粧が取れちゃうよ。」
「あ、いけない。」
「姉さん、リウィッラの言う通りよ。」
「うん、分かった。もう、泣かない。」
するとドルシッラとリウィッラは顔を合わせてモゾモゾし始めた。
「どうしたの?あんた達。」
「うん、実はね、私達からお姉ちゃんにあげたいものがあるの。」
「え?何?」
するとドルシッラとリウィッラは、とっても綺麗な衣服の蒼いストラを広げた。
「ええ?!」
「姉さんって、いっつも赤とかオレンジとかのストラばっかりでしょう?でも、この色だったらとってもスッキリした雰囲気になると思うんだ。着てみて!」
あんた達…。
私は思わず泣いて二人の妹達を抱きしめた。微笑んでいたジュリアも呼んで、ギュッとギュッと強く抱きしめた。ありがとう…。本当にありがとうって。
続く