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紺青のユリ  作者: Josh Surface
第二章「母」少女編 西暦18年 3歳
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第三章「母」第十六話

「そりゃ、旦那様。みんな真面目に働いてまっさぁ。ですがね、一に『引き締め』二に『引き締め』って毎日言われちゃ、あっしらだってストレスだって溜まりまさぁ。」

「しかし、お前達の取り分は食うに困るほどのもんではないだろ?」

「ええ、そりゃ安定したものがありますよ。でもね、華やかさがないんですよ。シケてるでっす。初代皇帝のアウグストゥス陛下のような、誰もが『ここは花の都ローマ!』と叫ばんばかりの、華やかさがないんでさぁ。」


リウィッラを抱えたお母様と、私とドルシッラは同じ馬車の中から商人達の会話を耳にした。


「だからこの間の、ヌマ・ポンピリア広場から見たゲルマニクス様とウィプサニア様、それに盟友ドルスッス様の『レスヴォス島への旅路』は、感動したわけでっさ。何というかあっしらローマ市民に安らぎを与えたっちゅうか。」

「確かに。あのブチューっと熱いキスをした瞬間は美しかった!」


お母様はリウィッラをあやしながら、聞こえてくる商人達の会話にしっかりと口元を微笑ませた。そして、つくづく私達ユリウス家はローマ市民から愛されている家系なんだと私は思った。


「外にいる人たちは私達がここにいる事を知ったら、びっくりなさるでしょうね?お母様。」


私は嬉しくなって、馬車の外から掛けられた布のそばに近付いた。


「おやめなさい、ユリア。」

「え?何がですか?お母様。」

「貴女のオツムで考えてる事は、その大きなお尻でお見通しです。」

「おしりでおみとーし。」


妹のドルシッラは、お母様の言葉をそのまま繰り返しながら、言葉を覚えてるようだった。


「どうせ貴女の事だから、きっとその布をめくる魂胆なんでしょ?」

「そ、そんな事ないですわ、お母様。」


見破られてる…。


「隠したってダメよ。貴女がその布をめくったら、私も貴女のトゥニカをめくってアウグストゥス皇帝陛下様の廟の目の前で、お尻を百回叩きますからね。」

「はい…お母様。」


私は渋々お母様の言葉に従った。

今思えば、躾とはいえ由緒あるアウグストゥス皇帝陛下様の廟の目の前で、子供のお尻をめくって叩くわけがない。だが、この頃のお母様の美徳は、それを子供に覚悟させるほど慎ましさを重んじてる方だった。ドルスッス様と同じように、ユリウス家が何をしても目立つ家族である事を熟知しているが故に、慎ましさを極める事が、理想的な女性像を世間に知らしめる手段でもあったのかもしれない。とにかく極度に家族の姿を世間に晒す事を嫌がっていた。


「それにしてもお母様、まだまだ馬車は進みませんね。」

「きっとお父様がいらっしゃらないから、手続きでドルスッス様が直に宮殿へ出向かれているのでしょう。」


そういいながらお母様はリウィッラをあやしていた。でも、なんだかその様子は少し落ち着かない様子にも感じる。きっと昨日、ドルスッス様とリウィッラ叔母様の三人で、居間でお話されていた事に関係しているのかもしれない。


「ええ?ピソ様が?どうしてローマにお戻りに?」

「ウィプサニアちゃん、残念ながらそれは多分ゲルマニクスの事だと思う。」

「あの人が?!何かピソ様にご無礼でも?!」

「落ち着いて、義姉さん。」

「どうやらゲルマニクスの奴、あの後シリア属州に着くもピソ師匠との正餐に一回も顔を出さなかったらしいんだ。」

「なんて事…。」

「ピソ師匠も一応はシリア属州の総督なわけだから、部下の手前上、そんなことされたら面目丸つぶれで不機嫌になったらしくてね。最初のうちは牽制し合っていたが、徐々にお互い討論から口論へと変わって今じゃシカトしているよ。」

「ゲルマニクス兄さんったら…。一度、これだ!って決めると、融通が効かないっていうか、頑固っていうか。」

「僕も師匠とゲルマニクスの間に何度も入ろうとしたんだけどさ、ガイウスくんの『あれ』もある事だから、神経質になってるのかもしれない。」


カリグラお兄様の『あれ』は、もちろん『てんかん』の事。不吉な言葉になるのを避ける為に、うちでは『あれ』と呼んでいる。三人はしばらく沈黙していたが、いつも冷静なお母様が二人より先に口を開いた。


「ドルスッス様、私やっぱりローマに帰らず、あの人のそばにいたほうが良かったのかもしれません。私、今回のピソ様との事といい他の事も含めて、なんだか嫌な予感がしてなりません。何とかあの人のそばに行く事はできませんでしょうか?」


お母様の不安は、そばで聞かないフリをしている私達も不安になった。


「しかし、セイヤヌスがな…。」

「セイヤヌス?!」


リウィッラ叔母様は明らかに、その名前に対して嫌な顔をした。


「貴方、あのトカゲも今ローマに帰ってきてるの?!」

「おい、リウィッラ。口を慎め!」

「いいえ。貴方、私は申し訳ないけれど、明日のティベリウス皇帝陛下への謁見は辞退するわ。あのトカゲとは目も合わせたくない!」


いつも穏やかで華やかなリウィッラ叔母さまも、体中を摩って毛嫌いを表すほどの名前。エトルリア地方出身であり、己の野望や野心の為、私達ユリウス家を破滅に追い込んだローマの親衛隊長官ルキウス・アエリウス・セイヤヌス。私はこの時始めて政敵の名前を知ったのである。


続く

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