第九章「初恋」第百五十七話
サートゥルナーリア祭三日目 夜。
頭に傷口一つ、心にかすり傷、そしてスッカリ立ち直って冒険心一つ。
「あちゃー…。」
「やっぱり、アントニア様は出しっぱなし。」
「お姉ちゃん、台所めちゃくちゃじゃん。」
案の定、台所は嵐が吹き荒れた後のようにしっちゃかめっちゃか。アントニア様は昔から料理を作る方は大好きなのだが、後片付けはどうも苦手らしい。
「これって、後でリッラとシッラが片づけるんですよね?」
「うんそうね。まぁ、ちょうど痕跡を残してもばれバレないだろうし、いいんじゃない?」
「バレないって?」
「意外にリッラはあんな大きな図体しているけど、とってもきめ細かくて料理人の鏡だから。パッラスがその昔盗賊だった頃、台所から色々盗んでた時も、何盗まれてたか全部把握していたからね。」
「ええ?!あの陽気のリッラが?」
「うん、フライパンまで振り回して、すばしっこいパッラスを追い詰めて凄かったんだから。」
それにしても、どこに何があるのか検討がつかない。とりあえず私達は二手に分かれて漁りまくった。牡蠣、牡蠣、牡蠣はどこかな?
「うぎゃーー!」
「どうしたのリウィッラ?!」
「頭!!」
駆けつけると、豚の頭がいっぱい入ってる大きな容れ物の前で、リウィッラは腰を抜かしてた。
「なんだ、豚の頭じゃない。おどかさないでよ。」
「だって~目ん玉がこっち向いてるんだよ、お姉ちゃん。」
「あんたのお気に入りのレムスに護ってもらえばいいでしょ?」
「あ、そうだった!」
リウィッラは落とした人形抱きしめて、あたしのトゥニカの裾にガタガタ震えながらついてきた。
「もう、リウィッラ。腰紐取れちゃうでしょ?引っ張らないでよ。」
「だだだだだって、こここここ怖いんだもんん。」
「此処は台所なんだから、色々あるに決まってるじゃない。」
「うぎゃ!」
「今度は何?」
「さささ魚の、あたあたあた頭踏んじゃった…。」
もう、リウィッラは怖がりなんだから。その点、ジュリアは年上らしくテキパキと探してる。しかも器用に片づけなが…ら?
「ってジュリア!駄目だって。」
「え?なんでですか?だって、やっぱり出しっぱなしは良くないかなって思って…。」
「片づけしたら、あたし達が来た事すぐにバレるでしょ?」
「あ、そっか…。」
どこかトボけて天然入ってるんだよね、この娘って…。
「アグリッピナ様!見て見て!可愛い!」
「何?」
「ジュリアさん、何見つけたの?」
「ほら、カタツムリ達。」
そういうと、ジュリアは両手にいっぱいカタツムリ達を抱いていた。リウィッラはカタツムリも駄目らしく、そのまま気を失った。
「リウィッラ?」
「ありゃありゃ…。」
「この娘って、性格は勇ましいけど、意外にビビりなんだよね。」
「はぁ…。カタツムリ、可愛いんだけどな。」
「そう言えば、この間、蝿を見ただけでも泣き出すくらい騒いでたな。」
「そうなんです?」
「うん。とにかくしばらく寝かせておこう。ギャーギャー騒がれてもうるさいだけだから。」
「ですね。」
それにしても、リッラとシッラは、一体牡蠣をどこにしまったのだろうか?
「た、大変だ~!!」
え?
宴会の間から大きな声が聞こえてきた。やたらと騒がしい音が聞こえる。この足音は?ヤバイ、リッラとシッラだ。
「ジュリア!リッラとシッラがやって来るから、逃げるよ!」
「ええ?!」
「ほら!もう、カタツムリなんか腕に付けて遊んでないの!」
「は、はい!」
私はリウィッラと彼女のお人形を抱いて、台所から脱げ出した。カタツムリを外したジュリアも、床に滑りながら一緒について来くる。入れ違いにリッラとシッラが台所に入って来た。その後に、アントニア様も青い顔してついて来てる。何事だろう?
「もう、アントニア様!どうして食べさせる前に、一言相談されなかったんですか?」
「だって、媚薬の効能があるって聞いたし、生で見てたらおいしそうだったし…。」
「あー、それは本当に洗浄してから、炭火焼にしてからじゃないと、危ないんです。」
「でも、孫のガイウスに勧めたら、美味しい美味しいって食べるからつい…。」
ガイウス?
まさかカリグラ兄さんの事?
「カリグラ様もどうしてあんなにいっぱい食べたのでしょうか?!」
「あー、やっぱり調子乗ってたのでは?」
「でしょうね。」
やっぱりカリグラ兄さんの事だ。
しかし何を食べたんだろう?
「あああ、どうしよう?ガイウス死んじゃう?ねぇ?リッラ。」
「死にませんって!ただ、牡蠣は本当に生のままだとっても危険なんです!」
「魚醤のガルムを混ぜても?」
「あったり前です!」
「あー、ただ、お腹が当たったのでしょうから、二三日は寝込むでしょう。」
「二三日も?!」
「大丈夫ですって。シッラ!温かいお湯もってくから容器を用意して!」
「あー、どこにあるの…?」
「あ!!もう!アントニア様!台所めちゃくちゃじゃないですか!」
「だって、後片付けが、つい面倒で…。」
カリグラ兄さん、まさかアントニア様から生牡蠣食べさせられたとか?すると、横でジュリアが目を細めてコッチをジッと見ている。あたしは気まずそうに目を外した。
「アグリッピナ様…。」
「よ、良かったよ、ジュリア。やっぱり生牡蠣は危なかったんだね~。」
「ですね…。」
すると、リウィッラがムクムクっと目を擦って起き出した。
「お姉ちゃん?」
「リウィッラ?目が覚めた?」
「リウィッラちゃん?大丈夫?」
「あ、ジュリアさ…。ぎゃ!!!」
またリウィッラは気絶した。
それは、慌てて出てきたジュリアの腕に一匹だけ、カタツムリが残っていたからだった。
続く