第九章「初恋」第百五十一話
この年のサートゥルナーリア祭は、私が覚えている限りで、とっても楽しかった記憶が残っている。もちろん、忘れられない大切な想い出もあるからだけど…。
サートゥルナーリア祭とは、農業全般を司る神サトゥルヌス様が、慈悲の心で太陽の下降を食い止めてくれた事に感謝し、12月17日から24日まで7日間に渡って冬至の祭りとして盛大に祝う感謝祭。あの初代皇帝アウグストゥス様が、サートゥルナーリア祭でのあまりの馬鹿騒ぎに期間を三日間に短縮しようとして、ローマ市民から反発がきたほど、みんなみんなが大好きな冬のお祭り。
このお祭りの間は、公務も商売も学校も全部休みになり、祭壇に供え物をし、常緑樹が飾られ、ローソクや人形などの交換を行ない、サイコロ賭博も許され、何よりも一番の特徴は、奴隷とその主人がこの期間だけ表面上役割を入れ替えて振舞う。私はこの年まで全然気がつかなかったけど…。
アントニア様の解放奴隷リッラとシッラの料理人。彼女達は解放奴隷が被るフリジア帽をいつもしているけど、このお祭りの間は主人のアントニア様が被ってたっけ。
「シッラ様、リッラ様~。」
アントニア様は今年こそ張り切るわよっと、腕を捲って解放奴隷になり切ろうと、フリジア帽を被っている。けど、慣れていないせいなのか、たまにずれたり、走って帽子を落としたり慌てておかしい。
「あー、アントニア様、ごゆるりとされてください。私どもがまずはお食事のご用意を致しますので。」
「アッハハ!そうですよ、アントニア様。無理なさらずに。」
「いいのよ、ご主人様~。」
嬉しそうにニコニコして奴隷の役割をこなしていた。昨年までは、父ゲルマニクスや親族の相次ぐ死去があったので、それほど盛大に祝う気分になれなかったからかもしれない。
「アグリッピナお姉ちゃん、私もピレウスの帽子を被りたい~。」
「リウィッラ、あんたには解放奴隷がいないでしょう?」
「被りたい~!」
「しょうがないな~!うりゃ!」
あたしは自分のトゥニカのスカート部分を、リウィッラの頭からもろに被せた。
「お姉ちゃん!見えないよ~!」
「いっひひひ~!」
「真っ暗だよ!」
「ざーまー!」
するとドルシッラがやってくる。
プンプン怒りながら、遊んでないでお母さんの手伝いをしろと。冗談じゃないから、あたしとリウィッラは二人で逃げた。
「リウィッラちゃん。」
「ああ!ジュリアさん。」
「今日わ。」
「今日もウェスタの巫女ですか?」
「いいえ、今日はリウィッラちゃんにプレゼントだよ、はい。」
ジュリアが手渡したのは、お花で編んでくれてお人形だった。とっても可愛くて、お顔も花びらで上手く形どって、何処となくリウィッラに似ている。
「わぁあ!」
「ほら、リウィッラ。ジュリアにありがとは?」
「ジュリアさん、ありがとう。」
「いいえ、こちらこそ。」
ジュリアの犬のように優しさの滲み出るような笑顔は、私達姉妹にいつも笑顔を与えてくれる。
「アグリッピナ様と、ドルシッラちゃんには、こっち。」
「ええ?!私にも?」
「もちろんですよ。」
とっても可愛いジュリアお手製のローソク。カラフルで可愛い動物の絵が描かれてて、本当に器用だなっておもう。
「アグリッピナお姉ちゃんもジュリアさんに作ったじゃん。」
「あ!リウィッラ。それは内緒って言ったでしょ?」
「ええ?!アグリッピナ様!本当ですか?」
「いや、あの…。」
「お姉ちゃんのローソク、ちょうヘンテコなの。」
「リウィッラ!」
「全然イイです、アグリッピナ様。」
「早くジュリアさんに渡したら?お姉ちゃん寝ないで作ってたじゃん。」
「もう、お前は本当に口軽いんだから。」
「フフフ。」
私はジュリアを寝室に連れて、布に被せたローソクを手渡した。
「中を見て良いんですね?アグリッピナ様。」
「うん。でも、笑わないでね。」
「もちろんですよ!」
ジュリアが布を取って見た私の作ったローソクは、メダルぐらいの大きさで、ローマ硬貨のようにロウを円形にさせて作ったローソク。右に私、左にジュリアの横顔を彫った。
「凄い!凄いですアグリッピナ様!」
「ねぇー、お姉ちゃんって男らしいでしょ?」
「もう!」
「普通、こんな使いづらいローソク作らないよね?」
「ううん、とっても独創的で格好いいです。あたし、使わないで一生大切に持っておきます!」
「ええ?ジュリア恥ずかしいから、早く使っちゃってよ。」
「いいの!使わないほうがお得です~!」
しかし、この時ジュリアが使わなかったお陰で、息子とあたしが向き合う硬貨を作らせる原因にもなったのだが。
チロチロリーン!
「やった!!!!パッラス兄ちゃん、ドルスス様!僕の勝ちだ!」
「だぁーー!クッソ!」
「さっすがフェリックスだな。」
「お前、なんかインチキ使ったんじゃないか?!」
「使ってないもーん!」
それにしても、男ってどうしてサイコロ賭博があんなに好きなのかしら?するとフェリックスがあたしを見かけて話しかけてきた。
「あ!アグリッピナ様。久しぶりに勝負する?」
「え?あたしはサイコロ賭博やった事ないからわからないって。」
「アグリッピナ、大丈夫さ。お兄ちゃん達が教えてあげるよ。」
「ええ、アグリッピナ様ならきっと幸運を運んでこられますよ。」
「ああ、パッラスのいう通りだ。」
パッラスがそう言うなら。
「うん、じゃぁやってみようかな?」
サイコロ賭博は、占い師から強運の持ち主と言われた初代皇帝アウグストゥス様でさえ、たった一日で二十万セステルティウスも負けたほどめり込み、クラウディウス叔父様にいたっては、サイコロ遊びの研究解説書をお書きになられたほど魅力的な賭事。そして、今まで計算が苦手だった私の人生を、一瞬にして変えてくれた出会いでもあった。
続く
【ユリウス家】
<ユリア・アグリッピナ(15年-59年)>
主人公。後の暴君皇帝ネロの母。
<ゲルマニクス(紀元前15年-19年)年の差+30歳年上>
アグリッピナの父
<ウィプサニア(紀元前14年-33年)年の差+29歳年上>
アグリッピナの母
<長男ネロ(6年-31年)年の差+9歳年上>
アグリッピナから見て、一番上の兄
<次男ドルスス(7年-33年)年の差+8歳年上>
アグリッピナから見て、二番目の兄
<三男ガイウス=カリグラ(12年-41年)年の差+3歳年上>
アグリッピナから見て、三番目の兄
<次女ドルシッラ(16年-38年)年の差-1歳年下>
アグリッピナから見て、一番目の妹
<三女リウィッラ(18年-42年)年の差-3歳年下>
アグリッピナから見て、二番目の妹
【アントニウス家系 父方】
<アントニア(紀元前36年-37年)年の差+51歳年上>
アグリッピナから見て、父方の祖母
<リウィッラ・ユリア(紀元前13年-31年)年の差+28歳年上>
アグリッピナから見て、父方の叔母
<クラウディウス(紀元前10年-54年)年の差+25歳年上>
アグリッピナから見て、父方の叔父
【アントニウス家系の解放奴隷、使用人および奴隷】
<ナルキッスス(1年-54年)年の差+14歳年上>
父方の祖母アントニア及びクラウディウスの解放奴隷
<パッラス(1年-63年)年の差+14歳年上>
父方の祖母アントニア及びクラウディウスの解放奴隷
<フェリックス(12年-62年)年の差+3歳年上>
父方の祖母アントニア及びクラウディウスの解放奴隷
<アクィリア(17年-19年)年の差-2歳年下>
父方の祖母アントニアの解放奴隷
<シッラ(紀元前15年-60年)年の差+30歳年上>
父方の祖母アントニアの解放奴隷
<リッラ(紀元前15年-59年)年の差+30歳年上>
父方の祖母アントニアの解放奴隷
<クッルス(紀元前15年-59年)年の差+30歳年上>
父ゲルマニクスの親友
<セリウス(紀元前15年-60年)年の差+30歳年上>
父ゲルマニクスの親友
<セルテス(紀元前12年-63年)年の差+27歳年上>
父方の祖母アントニアの解放奴隷
<ぺロ(17年-30年)年の差-2歳年下>
父方の祖母アントニアの飼い犬
【クラウディウス氏族】
<リウィア大母后(紀元前58年-29年)年の差+73歳年上>
アグリッピナから見て、父方祖父の母親。初代皇帝アウグストゥスの後妻
<ティベリウス皇帝(紀元前42年-37年)年の差+57歳年上>
アグリッピナから見て、父方祖父の兄弟。初代皇帝アウグストゥスの養子、リウィア大母后の長男
<ドルスッス(紀元前14年-23年)年の差+29歳年上>
アグリッピナから見て、父方祖父の兄弟の息子。二代目皇帝ティベリウスの長男
<リヴィア(5-43年)年の差+10歳年上>
アグリッピナから見て、父ゲルマニクスの妹の娘。ドルスッスの長女
【ティベリウス皇帝 関係】
<セイヤヌス(紀元前20年–31年)年の差+35歳年上>
二代目皇帝ティベリウスの右腕。親衛隊長官
<ジュリア・セイヤヌス(17年-31年)年の差-2歳年下>
セイヤヌスの長女。アグリッピナの親友
【後のアグリッピナに関わる人物】
<ウェスタ神官長オキア(紀元前68年-29年)年の差+83歳年上>
ウェスタの巫女の長
<セネカ(紀元前1年-65年)年の差+16歳年上>
アグリッピナの盟友
<ブッルス(1年 - 62年)年の差+15歳年上>
アグリッピナの悪友
<アニケトゥス(1年 - 69年)年の差+15歳年上>
後のアグリッピナ刺殺犯
【ユリウス家】
<ユリア・アグリッピナ(15年-59年)>
主人公。後の暴君皇帝ネロの母。
<ゲルマニクス(紀元前15年-19年)年の差+30歳年上>
アグリッピナの父
<ウィプサニア(紀元前14年-33年)年の差+29歳年上>
アグリッピナの母
<長男ネロ(6年-31年)年の差+9歳年上>
アグリッピナから見て、一番上の兄
<次男ドルスス(7年-33年)年の差+8歳年上>
アグリッピナから見て、二番目の兄
<三男ガイウス=カリグラ(12年-41年)年の差+3歳年上>
アグリッピナから見て、三番目の兄
<次女ドルシッラ(16年-38年)年の差-1歳年下>
アグリッピナから見て、一番目の妹
<三女リウィッラ(18年-42年)年の差-3歳年下>
アグリッピナから見て、二番目の妹
【アントニウス家系 父方】
<アントニア(紀元前36年-37年)年の差+51歳年上>
アグリッピナから見て、父方の祖母
<リウィッラ・ユリア(紀元前13年-31年)年の差+28歳年上>
アグリッピナから見て、父方の叔母
<クラウディウス(紀元前10年-54年)年の差+25歳年上>
アグリッピナから見て、父方の叔父
【アントニウス家系の解放奴隷、使用人および奴隷】
<ナルキッスス(1年-54年)年の差+14歳年上>
父方の祖母アントニア及びクラウディウスの解放奴隷
<パッラス(1年-63年)年の差+14歳年上>
父方の祖母アントニア及びクラウディウスの解放奴隷
<フェリックス(12年-62年)年の差+3歳年上>
父方の祖母アントニア及びクラウディウスの解放奴隷
<アクィリア(17年-19年)年の差-2歳年下>
父方の祖母アントニアの解放奴隷
<シッラ(紀元前15年-60年)年の差+30歳年上>
父方の祖母アントニアの解放奴隷
<リッラ(紀元前15年-59年)年の差+30歳年上>
父方の祖母アントニアの解放奴隷
<クッルス(紀元前15年-59年)年の差+30歳年上>
父ゲルマニクスの親友
<セリウス(紀元前15年-60年)年の差+30歳年上>
父ゲルマニクスの親友
<セルテス(紀元前12年-63年)年の差+27歳年上>
父方の祖母アントニアの解放奴隷
<ぺロ(17年-30年)年の差-2歳年下>
父方の祖母アントニアの飼い犬
【クラウディウス氏族】
<リウィア大母后(紀元前58年-29年)年の差+73歳年上>
アグリッピナから見て、父方祖父の母親。初代皇帝アウグストゥスの後妻
<ティベリウス皇帝(紀元前42年-37年)年の差+57歳年上>
アグリッピナから見て、父方祖父の兄弟。初代皇帝アウグストゥスの養子、リウィア大母后の長男
<ドルスッス(紀元前14年-23年)年の差+29歳年上>
アグリッピナから見て、父方祖父の兄弟の息子。二代目皇帝ティベリウスの長男
<リヴィア(5-43年)年の差+10歳年上>
アグリッピナから見て、父ゲルマニクスの妹の娘。ドルスッスの長女
【ティベリウス皇帝 関係】
<セイヤヌス(紀元前20年–31年)年の差+35歳年上>
二代目皇帝ティベリウスの右腕。親衛隊長官
<ピソ(紀元前44年-20年)年の差+59歳年上>
二代目皇帝ティベリウスの親友。シリア属州の総督。
<教祖キメラ(不明)>
密教「トゥクルカ」を束ねる教祖。ドルスッスはセイヤヌスと信じている。
【後のアグリッピナに関わる人物】
<ウェスタ神官長オキア(紀元前68年-29年)年の差+83歳年上>
ウェスタの巫女の長
<セネカ(紀元前1年-65年)年の差+16歳年上>
アグリッピナの盟友
<ブッルス(1年 - 62年)年の差+15歳年上>
アグリッピナの悪友
<アニケトゥス(1年 - 69年)年の差+15歳年上>
後のアグリッピナ刺殺犯
<ティベリ・ゲメッルス(19年 - 38年)年の差-4歳年下>
俗称ティベリウス・ゲメッルス。ティベリウス帝の遺言より兄カリグラと共同統治を指示されるドルスッスの双子の息子の一人。
<ゲルマ・ゲメッルス(19年 - 23年)年の差-4歳年下>
俗称ゲルマニクス・ゲメッルス。ドルスッスの双子の息子の一人。
<ガイウス・アシニウス・ガッルス(紀元前41年-33年 年の差+56歳年上)>
二代目皇帝ティベリウスの長男ドルスッスの母の再婚相手であり、母ウィプサニアの支援者
<マルクス・コッケイウス・ネルヴァ(紀元前58年-29年)年の差+72歳年上>
後の五賢帝ネルヴァの祖父で、母ウィプサニアの支援者
<アラトス王子(12年-25年)年の差+3歳年上>
属州アカエアにある小国の王子。アグリッピナの初恋の人。