第八章「暗雲」第百四十九話
多分そう、きっとそう。
今でも私はお母様が大好き。でも、一緒に生活している母ウィプサニアでなく…。
大母后様リウィア様は、理解は概ね願望だって仰ってた。だから諦めなさいと。それもすごく分かる。でも、いつかお母様が、母ウィプサニアではないお母様が、戻ってきて欲しいと願っている。その為なら、私はお母様にお尻を叩かれても構わない。
「そっか…変わってしまったんじゃなくて、亡くなってしまったのか…。」
「はい。そう思わないと、私は苦しくて苦しくて…。でもね?叔母様。」
「うん?」
「そんな好きになれない母だけど、でもこの間ちょこっとだけ、素直になってくれたんです。母ウィプサニアは、本当は私とも離れ離れになりたくなかったって。わんわん泣きながら、アントニア様に叫んでいたんです。」
「そっか…。」
「私、それを聞かされた時、お母様もずっと我慢してたんだなって。私の事、嫌ってた訳じゃないんだって。」
リウィッラ叔母様は黙っている。
そして遠い目でなにかを思い起こしているようだった。
「そう考えると、私はまだまだ幸せかな。子供達も元気だし、ババアも元気だし、リヴィアはアグリッピナのお兄ちゃんネロと結婚したしね。」
「そういえば、ティベリとゲルマの双子は元気なんですか?」
「もう、元気なんてもんじゃないわよ。さっきまでよちよち始めてたと思ったら、もう立っちできるようになってちゃって。」
「あははは!」
「アグリッピナ、双子だけは産むのやめた方がいいわよ。私、死ぬかと思ったんだから。」
「ヘェ~。」
「それにガバガバになったら、女として恥ずかしいじゃない?」
「ガバガバ?」
「あ、いっけない。あんたには、まだまだ早い話だわね。」
叔母様は舌先をペロッと出して謝ってたけど、この頃の私はサッパリ意味が分かってなかった。フフフ、叔母様ったら。
「でも叔母様、私は恋がしたいんです!」
「おお、どーんとデカくきたね。」
「色んな人に聞いたんですが、恋すると胸はドキドキするって。でも、私、誰にもドキドキしないんです。」
「そりゃあ困ったな。大体アグリッピナは何で恋したいわけ?」
「え?」
「なんかキッカケがあったんでしょ?」
「えっと…。何だっけ?」
そういえば、私今年は恋する宣言したけど、何でそんな事わざわざしたんだろう?
「まだまだ成人するまで、後六、七年あるじゃない。それまでにゆっくり探せば。」
「そうなんですけど、でも私は多分母が勝手に結婚とか決めそうです。それは絶対に嫌なんです。」
「そうは言ってもね~。親戚同士の結びつき強くする為には仕方ないわよね。」
「でも、叔母様とドルスッス叔父様って、まるで恋でもしてるように仲がいいじゃないですか。それでもやっぱりお見合いだったのですか?」
すると、叔母様はすこし困った顔をしていた。
「ううん、私のは偶然。なんて言うのかな?結婚三年目のときに、ウィプサニアのお兄さんであるうちの旦那が、アルメニアで怪我してそのままポックリ逝っちゃったでしょ?私は何だか実感がなくて、ブラブラしてたらドルスッスがやってきたの。」
「ヘェ~。」
「あの頃は、みんな男どもは神君カエサルになるんだって、戦場で勝手に遊んでるばっかりだし。あたしそういうの好きじゃなかったから、ズケズケとドルスッスに男の文句ばっかり言ってやったの。そしたら『僕は適当にやってるよ、面倒くさいから。』だってさ。話したら本当にヘラヘラして陽気な人で、全然怒らないで謝ってばっかり。」
叔母様らしいなって思った。
「でも、ドルスッスが馬に乗った姿を見た時には心底格好良かった。ドルスッスの男らしさって、私の知らないところにあるんだって。それで、ビビビってきたのよ。」
「何ですか??そのビビビって?!」
「そうねぇ、何と言うか…。」
「何がきたんですか???」
「全身雷が落ちたように、『あ!この人は私を生涯大切にしてくれる』って。お腹で暖かさを感じたの。」
その時のリウィッラ叔母様は、ご自分の腹部を優しくて摩りながら見つめ、慎ましくもお淑やかな優しい顔は、今まで見た事ないくらい綺麗だった。
「それに身体も火照っちゃって、『こんな優しい人に毎晩抱かれたい!』って思ったの。あー恥ずかしい~。」
叔母様って可愛いなって思った。
「あーーーん!叔母様みたいにビビビってなりたいっ!」
「あはははは。」
「身体も火照ってみたい~!」
「ちょっと、今からじゃ早いだろう...。」
「でも、でもですよ、やっぱりそういう刺激がほしいんですぅ~。」
「アグリッピナはあれだ、結構自分から探しに行くタイプ見えて、実は物凄く奥手だったりね。」
えええ?!
どういう事?!奥手って?
「意外に素直になれなくて、相手に嫌がるような態度取ったりしてね。」
「えええええ?!」
でも、確かに分からない。
「まぁ、素直になる事よ。焦っても変な者掴まされたら、それこそ初恋が台無しになっちゃうわよ。」
「初恋??」
「そう。アグリッピナが初めて誰かに恋をすると、それは初恋になるのよ。」
「初恋って言うんですね?そうなんだ~。」
何だか頭の中がピンク色でぼんやりしてきた。お花のいい匂い。綺麗な大理石の神殿。うん?誰かがこっちに手を振ってる。やだ、何だかホワーンってしてきた。
「仕方ない、私が初恋の極意ってやつを教えてやるから、今日はアグリッピナもトコトン飲むか?」
「え?叔母様?私、まだまだ子供なんで、無理ですぅ~。」
「ウソつけ~。ジュリアと遊びに来た時、陰で隠れてあたしの葡萄酒のんでたクセに~。」
ギク!
やっぱり叔母様には暴露てたんだ。
続く