第八章「暗雲」第百四十七話
「どうしたの?リヴィア。」
「うん、最近うちのお母さん変なの。」
「変って?」
「何かいっつも会うとカリカリしてるし、全然笑わなくなったし。お父様とはご一緒に寝てないみたいだし。」
「あのリウィッラ叔母様が…。」
私はもちろんこの時、セイヤヌスから強姦された事や、ドルスッス叔父様の気持ちを取り戻そうとして、セイヤヌスから貰った薬剤で、知らず知らずに毒殺に加担しているリウィッラ叔母様の裏事情は知らなかった。
「葡萄酒だって飲まないの。」
「そっか、そうなんだ…。アルテミス。」
「あああ、アグリッピナ。人の悩みを聞きながら、何気に勝たないでよ。」
「え?うそ?」
もう、
あんまりにもリヴィアが弱いから、つい癖で勝っちゃったじゃない。でもそっか…リウィッラ叔母様何かあったのかな?
「多分、アグリッピナが最近お母さんとこに行ってないから元気ないんだと思う。」
「え?」
「あたし知ってるの。お母さん、すっごくハグレ者でしょ?だから自分と似たような人にしか、心を許さないの。」
「ハグレ者…か。」
「あんたも意外にハグレ者でしょ?ネロ様から聞いてるわよ。」
「兄さんから?」
「ええ。」
リウィッラ叔母様と、あたしと、それからジュリアが仲良かったのは、多分、それぞれの実の親とうまく行ってなかったからだと思う。結局、ジュリアはセイヤヌスから勘当者でアントニア様の付き人みたいになっちゃったし、私もお母さんと大げんかしても、結局埋められない溝があった事に気がつかされたし。リウィッラ叔母様はどうなんだろう?
「ねぇ、今度うちのお母さんを元気付けさせてよ。」
「あ、あたしが?」
「そういうのって、あんたにしかできないじゃん。」
へぇー意外にリヴィア優しいところあるじゃん。次は勝たせてやるか。
「そうかな?」
「そうだって。それこそそアグリッピナの下手くそな歌で。」
「ゲ!?なんでそれ知ってるの?」
「だって、旦那のネロ様から聞いたわよ。相当音痴なんだって。」
「音痴って言うなよ!」
「じゃぁウンチ。」
「リヴィア…。兄さんの前で、そんなお下品な下らないギャグ言った事無いでしょ?」
「あるわけないじゃ無い。」
こいつ…相変わらず猫被りやがって。
「アルテミス!」
「あ!ズルい!なんでまた、あんたが勝てる訳?」
「リヴィアが弱すぎるからでしょ?」
「一応私は貴女の義理のお姉さんなんだけど…。」
「だから?リヴィア『お姉様』は、インチキしてでも勝ちたいわけ?」
「本当に、ムカつく…。」
それはこっちのセリフよ。
少しでもリヴィアに勝たせてやろうとした、自分の真心が勿体無かった。それにしても、リウィッラ叔母様か…。
「ねぇ?もう一回やりましょ、アグリッピナ。」
「うん…。あんた先手ね。」
「ようし!今度は負けないわよ?」
ったく…。
今度も勝てないわよの間違いでしょ?
それにしても誰と行こうかな…?最近のジュリアは殆ど毎日ウェスタの巫女の館でお手伝いだし、ドルスス兄さんはこの間のお母さんとの大げんかから、来年の成人式に目掛けて猛勉強中だし。うーん。
「はい、アグリッピナの番。」
「…。」
色々と頭の中を駆け巡って考えていた。
「ちょっと、聞いてるの?」
「…。」
「アグリッピナ?!」
「はいはい、アルテミス。」
「ええええ?!また、アグリッピナが勝った!なんで?!」
うーん。
誰もいないな。意外に私って友達少ないのかもしれない。困った困った、こんなことなら誰とも恋なんかできないじゃない!
「私が先手だから?」
「そうよ!このままじゃ良くない!」
「え?先手だと良くないの?それじゃ、次は私が後手になれば勝てる?」
だって、もしこのままじゃ誰とも恋なんかしないで結婚しちゃうじゃない。どうせお母さんの事だから、政略結婚させるつもりだろうし。
「イヤ!それだけは避けないと。言いなりになってちゃ良くない。」
「ええ?!やっぱり先手なら勝てる?」
お母さんって子供の事をどう思ってるのかしら?下手したら自分の目的の為の道具としか思ってないんじゃ?!
「そんな絶対にイヤ!」
「ええ?!どっちなの?!先手なの後手なの?!」
そうよ、私はゲルマニクスお父様のように、素敵な男性と結婚するんだから!その事も含めてリウィッラ叔母様の所へ、ちゃんと一人で行って相談に乗ってもらおうっと。お母さんの言いなりになんかぜったいイヤ!
「そうよ、自分で決めないと!」
「はい…アグリッピナ。私が負けたから…いつも通り、先手になります…。」
「うん?どうしたリヴィア、ショボくれて。」
「だってぇ~。アグリッピナがさっきから先手だの後手だの惑わすからぁ~。」
「はぁ?」
どうやら考え事をしていた私に、高慢チキのリヴィアは振り回されちゃったみたい。あははは…。
続く