第八章「暗雲」第百三十六話
密教「トゥクルカ」。
クラウディウスとドルスッスの二人は、ついに公共事業の下請け業者キメラにて、地下へ続く謎の階段を発見する。
「クラウディウスさん、これから先は私一人で行きます。」
「何を仰っているんですか?!ドルスッス様!ここまで来たら一蓮托生ですよ。」
「いいえ、私一人で行かせてください。相手はどの位の数が居るのか検討もつきません。それにここら辺はポメリウム外で、彼らが我々と同じように武器を所持していると考えても間違いありません。そうなった時に、失礼な言い方になってしまいますが、クラウディウスさんをお守りできるかどうか分かりません。」
クラウディウスは、この時ばかりこそ、自分の障害である脚を呪った。
「しかし、ドルスッス様だって同じ事が言えますよ。彼らがもし、抵抗をしてきたらどうするのですか?」
「その時の為にも、クラウディウスさんには僕の兵士達を呼んできて欲しいのです。」
爽やかな笑顔で答えるドルスッス。
「分かりました…。ドルスッス様の覚悟の意、十分に伝わりました。しかし、くれぐれも無理をなさらないように、お願い致します。」
「はい!」
その返事は、より一層ドルスッスの正義感を醸し出している。彼はゆっくりと脚を棺の中へいれて、ジメジメした階段を一歩一歩踏み締めて、地下へ続く道のりを辿っていく。
「お気を付けて。」
「クラウディウスさんも!」
妙な静けさと寒さがドルスッスを呪い殺す様に包み込む。沼地のような泥が、あたり一帯に湿った空気をもたらしている。木材の階段が軋むたびに、おどろおどろしい音が響いてくる。
「アーチか…。」
エトルリア人の技術であるアーチ型で全体のトンネルを作っている。しかし、一般的に知られたエトルリア人の誇る高度な技術とはかけ離れ、時折板と板の隙間から泥水が流れ込んでいる。近くのティベリス河があるからなのだろうか、彼方此方から泥水が滴り落ちる音が聞こえている。
「どう見ても、突貫工事並みだ。このままでは長く持たないだろう。」
するとその先からお香の匂いが立ち込めてきた。ようやくドルスッスは階段を下りて、閉まられた扉にたどり着く。扉にもやはり、トゥクルカの円紋章にキメラの文字。更に扉の向こう側から、一定のリズムでゆっくりとダラブッカのドラムの音が聴こえ、そして大多数の人間による何かの声が、滑らかなさざ波の音の様に聞こえてくる。
ゴクン…。
ドルスッスの喉元に、緊張感が流れ込んでいく。この扉を開いた先には一体、何の世界があるのだろうか?恐怖と興味が入り混じる中、彼はその扉を開けた。
「トゥクルカの魂を共有する我が亡者達よ!サビニ系ローマ人へ死を!」
一人の男の叫びに、大多数の信者達が歓呼する。
「サビニ系ローマ人へ死を!」
そして再び一人の男が叫ぶ。
「トゥクルカの魂を共有する我が亡者達よ!我らエトルリア人の誇り高きルクモ、プリスクス王の復興を願うべし!」
信者の異常な歓呼が響き渡る。
「プリスクス王の復興を願うべし!」
四本の円柱に囲まれ、後ろには大きなトゥクルカとキメラの偶像が置かれ、円紋章の下にはプリスクス王の石像が置かれている。その後ろには紅蓮の炎が揺らめき渡り、鼻はハゲワシの嘴、髪の毛は蛇、驢馬の耳を持ったトゥクルカの仮面を被った教祖のような一人の男が、二つの蛇に絡まれたような杖の先を地面に叩きつけ、演壇の上から信者に呼びかけている。
「トゥクルカの魂を共有する我が亡者達よ!ローマを我々エトルリア人の元へ!」
「ローマを我々エトルリア人の元へ!」
ドルスッスの目に映った光景は、密教トゥクルカの信者達によって行われている、国家反逆罪の信仰と忠誠であった。ドルスッスは円柱に隠れながら、注意深く、その様子を伺っている。教祖は再び杖の先を地面に叩きつけ、更に叫ぼうとした。
「誰だ?」
その声に信者達は一斉にドルスッスの隠れていた円柱へ振り向く。ドルスッスは仕方なく、その姿を堂々と表した。
「我が名は、ドルスッス・ユリウス・カエサル。現皇帝ティベリウスは、我が実の父である。貴様らの行っている行為は、明らかに国家反逆罪である。」
信者達はドルスッスの言葉に動揺し、水面の波紋の様に散らばっていく。だが、トゥクルカの仮面を被った教祖は信者達に広がる動揺をなだめる。
「トゥクルカの魂を共有する我が亡者達よ!鎮まれ!エトルリア人の誇り高きプリスクス王を忘れるでない!」
だが、ドルスッスは短刀をしっかりと握り締めたまま叫び返した。
「貴様こそ!108年前に行われたユーリウス法案による、ローマ人への同化政策を忘れてはおるまいな?!」
「何を?!」
「同化政策により、市民集会における選挙権及び被選挙権、婚姻権、所有権、裁判権とその控訴権!ローマ軍団兵となる権利!エトルリアがローマの属州ではなく、ローマの一部になった事で、自動的にローマ人として人頭税や属州民税は課されない!つまり!ローマ法の保護下に入る事で、全てのエトルリア人はローマ人として生活の保証がされたはずだ!」
「ウグググ…。」
「しかし、ここで行われている信仰は、明らかにローマ法の保護下にある人間にとって国家反逆罪行為である!貴様ら全員が処罰されることを覚悟しろ!!」
教祖は杖の先をつま先で二度ほど叩くと、鞘が見事にするり外れて、中からは鋭い刃が現れた。
「トゥクルカの魂を共有する我が亡者達よ!奴こそが我らエトルリア人の誇り高きプリスクス王を抹殺した、サビニ人系列のクラウディウス氏族のの末裔である!!」
すると信者達はエジプトの短刀を取り出した。
「トゥクルカの魂を共有する我が亡者達よ!恐るでない!奴を殺せ!!」
信者達はエジプトの短刀を一斉にドルスッスへ向ける。同時に、教祖は思いっきりドルスッス目掛けて杖を槍の様に投げつけた。
続く