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紺青のユリ  作者: Josh Surface
第七章「狂母」乙女編 西暦20~21年 5~6歳
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第七章「狂母」第百二十九話

ジュリアとの「ドルシッラ本音偵察計画」はことごとく失敗に終わるも、その間に末妹リウィッラの言葉を覚える速さには驚かされた。それも一から綺麗な発音で教えてやると、まるで磨かれた大理石のように綺麗になっていく。あたしはいつしかそっちの方が楽しくなってきた。


「アグリッピナおねーたん。」

「違う違う、リウィッラ。アグリッピナお姉ちゃん。言ってごらん。」

「アグリッピナ…お姉ちゃん?」

「そうそう!上手い上手い!」

「美味い?アグリッピナお姉ちゃん美味い?」

「バカ。」

「バカ!アグリッピナお姉ちゃん?」

「…。」

「イッヒヒヒ~。」

「コラ!わざと言ったな?!」


基本、リウィッラの性格はイタズラっ子。逃げ足も速いし、木登りもしようとする。結局、最後は私には負けるんだけどね、フッフーン。つまり、あたしの子分になる性質は十分にあるって事。


「もう!姉さん。リウィッラをお転婆にさせないでね。」

「してないわよ、ねぇー?」

「ねぇー、アグリッピナ。」

「お姉ちゃんをちゃんとつけろって。」

「はい、アグリッピナお姉ちゃん。」

「姉さん!」

「何?」

「もう、言葉遣いが悪いです。」


いつからこんな感じになったのか。ドルシッラは忙しいお母様の代わりをやるようになった。ある意味あの子自身の立ち位置が見つかったみたい。それでも、カリグラ兄さんは心配している。その日の夜、夕食後に私はまたもカリグラ兄さんに呼び止められた。


「どうだ?アグリッピナ。」

「どうって?」

「ドルシッラの事だよ。」

「あ~。あの子なら平気なんじゃない?忙しいお母様の代わりやって愉しんでるみたいだし。」

「そうか?俺には無理しているようにしか見えないぞ。」

「まさか。」

「だってそうだろう?姉のお前が子供っぽいんだから。」

「うっさいな~。大体そんなに気にするんだったら、ガイウス兄さんが自分で聞けばイイじゃない。」

「俺じゃダメなんだ。」

「何でよ?」

「何でも。」


そう言うと、カリグラ兄さんは少し悲しげに顔を背けた。確かに気が合わない兄だけど、寂しがりやなのは十分に伝わってくる。


「分かったわ。もう少しだけ続けてみる。」

「ほ、本当か?」

「ええ。ただし兄さんも、ドルシッラの事ばかりだけじゃなく、少しはあたしの事を褒めたり感謝したりしてよね。」

「え?」

「そういうのって、家族でも兄妹でも大事だよ。」


カリグラ兄さんは少し黙ったまま俯いて、それからいつもの表情に戻った。


「うっせえな、お前に言われなくたって分かってるよ。」


もう!

これだからカリグラ兄さんって大っ嫌い。兄さんはプイと背を向けて歩きだした。


「…。」


しばらく独りで庭をブラブラしていると、ひんやりとした夜風がやってくる。頭冷やすにはちょうどいいか?そういえば、ローマに独り残っていた頃、こんなひんやりとした夜風の中で、高慢ちきリヴィアにむくれてた私に、大母后リウィア様はとっても大切な事を教えてくれたっけ。


"アグリッピナ。今日は立ち向かう力を貴女に教えるわね。"

"立ち向かう…力?"

"ええ。世の中には理不尽な事が目の前に立ちふさがる時もあるでしょう?"

"はい、確かに。"

"でもね、その時は冷静によく考えて、それでも自分が正しいと思えたら、そしてそれでも相手が理不尽だと思えた時、その時には決して相手から目をそらさない事。"

"目を…そらさない事。"

"そう、目をそらさない事。いい?それで相手がそらすようなら、貴女は正しい側に立っているのよ。"


さっきのあたしって感情的になって、目を背けちゃったな。ダメだ。でも、何でカリグラ兄さんは、そんなにドルシッラの本音が気になるんだろう?何かあったのかな?


「うん?」


空を見上げると、カエサル神殿方面がやけに明るかった。最初はまだ、夕陽が残っているのかと思ったが、どうも違う。おかしい。


「おい!アグリッピナ!」

「ドルスス兄さん?!」

「大変だ!火事だ!」

「ええ?!火事?!」

「どうやらウェスタの神殿付近からみたいだ!」

「あああ!ジュリア!」


今日はジュリアがウェスタの巫女達と会っている日だ!私はすぐさまドムスの中にドルスス兄さんと一緒に入り、外行きの服に着替えて二人で火事の現場へ向かおうとした。だが、ちょうど門からドムスに入ってきたのは、なんとお母様とネロお兄様だった。


「あんたたち、どこ行くの?」

「あ、お母様!」

「ドルスス、お前アグリッピナを連れて何処へ行くつもりなんだ?」

「火事の現場へだよ。」


ネロお兄様とお母様は顔を見合わせて、もう一度私達を見つめる。


「ダメだ。家にいるんだ。」

「え?!」

「ネロの言う通りよ、ドルスス、アグリッピナ。あんたたちはまだ、子供でしょ?下手したら怪我だけじゃ済まないわよ。」

「でも、ジュリアがまだいるかもしれないのお母様。」


すると、お母様はピンと眉毛を片方上げる。


「ジュリアですって?あのセイヤヌスの長女でしょ?」

「はい。」

「放っておきなさい。」


私はお母様の言葉に耳を疑った。


「ど、どうしてですか?!」

「貴女も知っているでしょ?セイヤヌスはクラウディウス氏族皇族派勢力の腹心なのよ。」

「そんな事知ってます!でも、ジュリアは私の大切な友達なのです。」

「アグリッピナ!あんたは自分が何を言っているのか分かっているの?敵に手を差し伸べているのよ!」


私は大母后リウィア様の言葉を思い出した。敵であろうとジュリアは私の大切な友達。


「ジュリアは私にとって特別な友達なんです!友達を見捨てろと言うのですか?!お母様こそ、ご自分が何を仰っているのか分かっているんですか!?」


私はお母様を理不尽だと思った。だから絶対に目をそらさなかった。でもお母様は目を私から一瞬だけ反らした。私は間違っていない!しかし、怒ったのはお母様ではなく、ネロお兄様の方。


「アグリッピナ!お母様になんて反抗的な態度なんだ!謝れ!」


初めてネロお兄様から怒鳴られた。でも、私は理不尽な怒りには決して屈しない。それは大母后リウィア様の教えだったから。


「ネロお兄様!今お母様に謝る事と、友達を救う事!どっちが今は必要な事ですか?!」

「アグリッピナ!」


ネロお兄様は私の頬を叩こうと手を上げたが、目の前で庇ったのはドルススお兄様だった。


「ネロ兄さん、やめなよ!」

「うっぐぐ…ドルスス!腕を離せって!」

「兄さんがアグリッピナに手を上げないと約束するなら、僕は離すよ。」

「ドルスス!」

「母さん、兄さん。僕らはジュリアを助けに行くよ。アグリッピナの大切な友達は僕の大切な友達でもあるんだからね。」


私達はお母様達を振り切って火事の現場へと向かった。そしてこの時一つだけハッキリした事がある。私やドルススお兄様は、お母様やネロお兄様の考えとは違う場所にいる事を…。これが後々の運命を大きく左右する事になっていく。


続く

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