第七章「狂母」第百二十八話
「アハハ、お断りします。」
「へ?!」
ドルシッラは、ニコニコしながら私とジュリアの提案をやんわりと断る。実は、ジュリアが妹の髪の毛を整えながら、それとなく本音を探る計画を考えていた。
「ど、どうしてよ?ドルシッラ。」
「だって、アグリッピナ姉さん。その間のリウィッラの面倒は誰が見るんですか?」
「はぁ?そのくらいあたしが見るって。」
「ダメ。姉さんじゃリウィッラがぐずりだしたら無理でしょう?」
「そんな事ないって。」
「あの子、泣き出したら全然泣き止まないの知らないでしょ?それに、せっかくジュリアさんが髪の毛整えてくれるのに、泣き出すたんびに中断させたら悪いし。」
「そんなことないよ、ドルシッラちゃん。私は平気だから。」
「でも、やっぱり悪いからお断りします。」
参ったな~。これじゃカリグラ兄さんから頼まれた、ドルシッラの本音偵察ができないじゃない。そうだ!
「だったら、あんたがリウィッラ抱いたまましてもらえばイイじゃん。」
「ええ?」
「ぐずりだしても平気でしょ?」
「オシッコの時は?」
「それぐらい私が行かせるって。」
「姉さんが??できるの?」
「失礼な、できるって!」
ペロのウンチだって、時々あたしが片付けてるんだから、そのぐらい楽勝だって。
「姉さん…。ペロのフンを片付けるのと違うんだからね。」
「な、なによ、ドルシッラ。お母様みたいな言い方して。」
するとジュリアがすかさず、私にウィンクをしてきた。
「まぁイイじゃない、ドルシッラちゃん。きっとアグリッピナ様だって、リウィッラちゃんの世話をしたいのよ。」
ナイス!
さすが年上ジュリア。
「そっか。考えてみれば、姉さんずっとリウィッラとは会ってなかったもんね…。」
「うんうん。」
「それじゃ、ジュリアさんに甘えて…。」
「うんうん。」
「姉さんリウィッラの相手よろしくね。」
「任せといて!」
大成功!!
大張り切りのジュリアは、テキパキと準備を始めた。さすが悪巧みな計画に参加すると、勝手にノリノリになるジュリアらしい。
「さーってと。」
とはいったものの、あの九官鳥リウィッラの相手となるのは私だが、はたして、あのチビは私を一番上の姉貴だと分かってるのかしら?ヨチヨチと庭を歩きながら、リウィッラが哺乳器を口に挟んでやって登場してきた。開口一番、私を見るなり何を言い出すかと思ったら、さっそくあたしへの侮辱。
「お転婆!お転婆!」
「アハハ、そうとう姉さんはリウィッラからお転婆だって思われてるんだ。」
こんにゃろ~。
生意気な末妹め!これじゃ姉貴としての威厳が無いじゃんか。三歳なら、姉の名前ぐらい言えって。
「いい?リウィッラ。あんたの一番上のお姉ちゃんはアグリッピナ。分かった?」
「うん。」
「ヨシ!なら言ってごらん?」
「ア転婆!」
「んもー!アグリッピナ!」
「お転ピナ!アハハ!」
「アハハ、姉さんのこと、お転ピナだって!」
「お転婆ピナ!」
こいつ…。
絶対にわざとやってるな。
「ドルシッラちゃん、どんな髪形がいい?」
「うーんと、お母様みたいな感じがいいです、ジュリアさん。」
「ウィプサニア様のようにね…。」
ジュリアはドルシッラの髪をくしでとかしながら、色々と工夫を考えている様子。
「それには、もう少しだけ後ろ髪を伸ばさないと無理かな。」
「そうですか…。」
「あ、でも、その代わりに前髪は似せることができるから、そこからやってみようかしら?ねぇ?ドルシッラちゃん。」
「はい、ジュリアさん。宜しくお願いします。」
気が付くとドルシッラも満更でもないらしく、リウィッラの事など忘れてジュリアと話し込んでいた。うんうん、このままいい雰囲気でドルシッラの本音を引き出せれば…。後は、この調子乗ってる生意気なチビをどうするかだが…。
「お転ピナ!お転婆ピナ!」
さーて、どうやって調理してやろうか?姉貴を侮辱する罪は重いぞ、リウィッラ~。イッヒヒヒ~!
「アグリッピナ。」
「お転婆ピナ!」
「アグリッピナ!」
「お転婆ピナ!」
そこで阿鼻叫喚の階段から処刑するのは勿体無いので、アントニア様の教えてくれた刑を執行する事にした。
「リウィッラ。あんた、お姉ちゃんの名前今度わざと間違って言ったらお仕置きだよ、分かった?」
「うん。」
「はい、アグリッピナ。」
「お転婆ピナ!ニッヒヒヒ。」
カチーン。
このガキゃ~。末妹だからって舐めくさがりやがって!必殺!アントニア様直伝「くすぐりの刑」~!
「キャハハハハハハハ!!!」
「コチョコチョコチョコチョコチョコチョ~!」
「アハハハハハハハ!」
「どうだ?まだ言うか?」
「アグリッピナ!アグリッピナ!」
「え?聞こえ…ないぞ~コチョコチョコチョコチョコチョコチョ!」
「キャハハハハハハハ!!!ゴメンちゃい!ねーたん!アグリッピナねーたん!」
「ヨッシー!」
だが、しかしである。
度胸の据わった末妹リウィッラは、笑った勢いで鈍い音と共に漏らしやがった。
「…。」
「…。」
「…。」
「アハハ…。」
まるで猫が素知らぬ顔をして、猫をかぶるような誤魔化し方。
「出ちった…。」
「じゃないだろ?!」
気が付いたら、私は頭にゲンコを入れてた。当然リウィッラは叩かれたところを抑えながら大泣き。駆け付けた妹のドルシッラはカンカン。更にはチビが放った異臭が辺りへ蔓延し、何事かとドルスス兄さんやカリグラ兄さんまでも鼻を抑えて飛び出してくる始末。リウィッラを泣かせて失敗した私だったが、どうやら、とりあえずはドルシッラの感情の起伏は取り戻せたみたい。
「つ、次の作戦を考えましょう、アグリッピナ様。」
「そ、そうね、ジュリア。」
「…。」
「…。」
私とジュリアも、チビの異臭に鼻を摘まんでいた。それにしても、リウィッラ…。あいつ、一体何食ったらあんな臭いウンチできるんだろ?
続く