第七章「狂母」第百二十七話
「おい、アグリッピナ。」
「何?ガイウス兄さん。」
私は珍しくカリグラ兄さんから呼び止められた。普段はこんな事はないのに。
「お前、ドルシッラの事をどう思う?」
「どうって、別に恋なんかしてないんじゃない?」
「あのな…。恋とかそういうんじゃなくて、あいつの様子、最近変だと思わないか?」
「変って?」
「何と言うか…。姉として、何か変わった事はないか?って聞いてるんだよ。」
「うーん、別に。」
カリグラ兄さんは、私よりもドルシッラと過ごした期間が長いからなのか、妹の事になると神経質なまでに気になり出す。
「そっか。」
「どうしたの?」
「いや、あいつ最近、俺に泣き言を言わなくなったんだよ。」
「兄さんに?」
「ああ。昔は何かあれば、俺に甘えて泣き言を言ってたのにさ。」
「良かったじゃない。あの子だって、末妹のリウィッラが喋るようになったから、お姉さんとしての自覚が出てきたんじゃないの?」
「はぁ~…。お前って、基本は楽観的だよな?」
「ガイウス兄さんが基本神経質なんでしょ。」
まぁ確かに、ここ最近のドルシッラの存在感は、影が薄くなるほど在り来たりの反応ばかり。
「俺が心配しても、あいつ意外に頑固で平気の一点張りでさ。だから、お前からそれとなく探ってくれないか?姉として。」
「あたしが?!今それどころじゃないもん。恋をするために必死だから。」
「また、恋の話かよ…。相手がいなきゃ無理なんだろ?それ。」
ギク。
確かにそうだけど。カリグラ兄さんは、昔からドルシッラの事になる人一倍心配性になる。その一割も私の事は心配したりはしないからムカつくけど。
「分かった。それとなくジュリアが来たら探ってみるよ。」
「おおお!ジュリアさんがいれば心強い。」
何よ。
あたしに頼んでおきながら、ジュリアの方が頼り甲斐があるなんて。これだからカリグラ兄さんとは気が合わない。
「頼んだぞ!」
「分かりました!ったく。」
それにしても、確かにドルシッラって泣き言を言わなくなったな、最近。やけに達観している感じで、いつもニコニコしているだけ。なんて言うか、ジュリアでさえも感情の起伏はあるのに、まるでドルシッラにはそれを感じない。
「アグリッピナ姉さん。」
「あ、ドルシッラ。」
ゲゲ!タイミング悪いよ。
ジュリアが来てから、もっと戦略的な計画を練ってからいこうと思ったのに。
「ジュリアさんが来たみたいよ。」
「ああ、本当に?!」
「どうしたの?なんか慌てて。」
「いや~。なんて言うか、その…。恋!恋って難しいよね?あんたも女だから分かるでしょ?」
「アハハ、姉さんは相変わらずだね。あたしは幼いからよくわかんないよ。」
「そっか、そうだよね。」
「それに姉さん。そういう事って女神ウェヌス様から、自然と導かれてやってくるんじゃないの?」
「自然と?」
「うん。トロイアのパリス王子が、スパルタの王妃ヘレナに恋をしたように。」
あ、確かに。
「気負いしても無理って事かな?」
「どうなんだろうね。」
そう言うと、ドルシッラはまたニコニコして笑っている。うーん、確かにカリグラ兄さんが言った通り、サラッと交わしてて変だ。
「そんな事は無いですよ、ドルシッラちゃん!」
「ジュリア?!」
「はい、アグリッピナ様。」
「ジュリアさん!」
神出鬼没のジュリア。
でも、彼女のハツラツとした笑顔を朝から見ると、こっちまで気分が良くなってくる。やっぱり妹のドルシッラとは違うんだよな。
「恋や愛って、いっぱい色々な形があると思うんです。アグリッピナ様のように奔走されて掴み取る形や、ドルシッラちゃんのように、自然の流れでじっくり待つ形や、私のようにダルサス様を永遠にお慕う形など。」
「アハハ、なるほど~。」
ルルルンっと乙女のように目をときめかせるジュリアは本当に可愛かった。しっかし、ニコニコしながらも醒めているのは妹のドルシッラ。
「所でジュリアさんは今日何しに来たんですか?いつものウェスタの巫女への教室の日では無いですよね?」
「ええ、今日はドルシッラちゃんにプレゼントもってきたの!」
すると、後ろ手に隠していた花を編んで作ったクッションを手渡した。ドルシッラは少し驚いた様子で、でも、またニコニコして感謝の言葉を述べている。確かに、カリグラ兄さんの言う通りかもしれない。
「ドルシッラ。私とジュリアは話があるから。」
「え?そうなの?」
「うん?」
「ほら、ジュリア来て!」
「あ、はい!アグリッピナ様。それじゃ、また後でね~ドルシッラちゃん。」
「アハハ、ジュリアさんまた後でね。」
私はその後、ジュリアと直ぐに二人だけでドルシッラの事を相談した。
「ええ?!ドルシッラちゃんが?」
「うん。ガイウス兄さんは、いつもドルシッラの事を気に掛けているから、少しの変化が気になるみたいだけど、私から見ても、あの子って何だか笑ってるのに醒めている感じがするの。」
「とっても、綺麗な笑顔なんですけどね…。」
「うん。それは私も感じるの。でもよく見ると作り笑いしている感じがして、何というか。」
しばらくジュリアは、辺りを動きながら考えていた。すると何かを閃いたようで顔を明るく輝かせた。
「そうだ!ドルシッラちゃんの髪の毛を整えてみましょうか?」
「ドルシッラの?」
「ええ。だって、やっぱり女の子なんですから、気にならないはずはないです!」
「そっか!」
「エッへん!とっても良いアイディアですよね?」
腰に両手を置いて胸を張る、ジュリアの自信は頼もしいと思えた。
「そうだね!あの子も何だかんだ言って私とは一歳しか離れてないし、ずっと末妹リウィッラの面倒ばかり見ているし、そのアイディアはイイかも!」
「では、早速!」
そういうと、ジュリアは自慢の美容袋を腰元から取り出して、張り切っていた。
続く