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紺青のユリ  作者: Josh Surface
第七章「狂母」乙女編 西暦20~21年 5~6歳
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第七章「狂母」第百二十六話

一月。

それは前後二つの顔を持つ年神であり、ローマ市民にとって出入り口と扉の神であるヤーヌス様が司る月。毎年ヤーヌス様の月が訪れると、今年一年間において都市ローマの長を務める、執政官二名が発表される。


今年はティベリウス皇帝が四度目の、そしてドルスッス叔父様は二度目の執政官に選ばれた。一昨年の父ゲルマニクス死去から続くローマ不安情勢の中で、ローマ市民からはティベリウス皇帝への反感が募る中、ご自分の息子と執政官を務めるという事は、ますます皇族派の基盤を身内同士で強固な物にしようとしていると、共和制支持者からの非難が強まった。


「我が息子ドルスッスは、この八年間の業績と属州における争いの終結や、略式ではあるが凱旋将軍としての名誉。また、私が二度目の執政官に在位した年齢と同じである事は偶然ではなく、これをもってして、今後の活躍に値する人物である。どうか、元老院議員の諸君等も、この若き執政官に温かい眼差しで見守って欲しい。」


だが、同時にドルスッス叔父様への期待も膨らんだのは確か。クラウディウス氏族皇族派の中で、比較的共和制支持者と意見が一致している事、そして何よりも、皇族派から虎の威を借る、狐ならぬトカゲであるセイヤヌスの勢力拡大に関して、公然と危険視を宣言されていた。更に、父ゲルマニクスの国葬へ皇族派として唯一参加したという事も、ローマ市民からの人気に拍車を掛けた。


さて、私、アグリッピナはその頃何をやっていたかというと…。


「あたし、今年は恋に全力を掛けます!」

「はぁ?!」

「何を馬鹿な事?!」

「お姉ちゃん?!」


と、呑気な宣言を公然としていた。勿論、兄ドルススからはいつものようなツッコミを受けていたけど。


「アグリッピナ…。お前、恋って何だか知ってるのか?」

「失礼な!ドルススお兄様、そのくらい知ってます。」

「お前、ナシとか葡萄とか桃とか、甘酸っぱい果物じゃ無いんだぞ。」

「へっへーん、そんな事は知っています。だから言ったでしょ?『恋します』って。」


するとドルススお兄様も目を見開いて驚いた。


「おおお!分かってんじゃん。」

「そういうお兄様はどうなんです?妹のあたしに偉そうな事言ってますが、恋をされているんですか?」

「うん?うん。ま、まーな。」

「えええ?!本当ですか?!」

「そ、そりゃお兄ちゃんだもの。」

「ええ?!誰と何ですか?!」

「だ、誰と?!」

「ええ。だって恋は一人じゃできないいいますし…。」

「そ、そうだな。」


とまぁ、実は恋などした事ない兄妹同士、ほのぼのと暮らしていた。とにかく私はジュリアから新しい髪型にしてもらってから、やたらと愛だ恋だの叫んでいたのは覚えている。


所でそのジュリアはと言うと、毎週アントニア様と一緒にウェスタの巫女達の所へ通っていた。不慮の事故で亡くなったダルサス様の為に、ジュリアは生涯貞操を守り続ける事を決意する。彼女の年齢では、すでにウェスタの巫女になる事は無理だが、その学びを模範として生きて行く事は可能であるとアントニア様が判断されたため。


「さぁジュリア、ウェスタの巫女達と一緒に、今日も頑張ってね。」

「はい、アントニア様。」

「終わったら、アグリッピナ達と果物を食べましょう!」

「はい!」


勿論、この決定に猛反発したのは彼女の父親であるセイヤヌス。まだまだ若い自分の長女が政略結婚として使えなくなる事に当然異議があるからだ。だが、ジュリアのダルサスに対する一途な想いは、父親から勘当をされようとも変わらなかった。


「ああ!ジュリア、お帰り!」

「アグリッピナ様!只今です~。」

「どうだった?」

「とっても皆さん素敵な方達ばかりで…。私、本当は自信が無かったのですが、とっても勇気を貰いました。」

「そう!良かったね。」

「ある巫女達と話したら、『ジュリアさんは好きな人が見つかっただけでも幸せです』って、ううう…励まされて…うわーーーん。」


涙もろい、感激ジュリアが出てきた。

でも私も嬉しかった。ジュリアは本当に本当にダルサスの事が大好きだったから。お葬式が終わった後でも、なかなか食事も喉に通らない日々が続いてたから。この子には、生涯ダルサスの為に貞操を守る事が一番似合っていると思った。


「もう、ジュリアは泣き虫なんだから。ほら、いつもの鼻水出てる。」

「あは、いっけなーい。」

「あははは!」


時折、私がジュリアのお姉ちゃんになるのが面白かった。


「ジュリアさん、アグリッピナのやつ、今年は恋に全力を掛けますって宣言したんだよ。」

「ええ?!本当ですかドルスス様?!」

「ああ。執政官の発表じゃないんだから、公言する事でもなかろうに。」

「素晴らしい事じゃないですか?!」

「へぇ?!」

「だって、やっぱりアグリッピナ様だって女の子ですもん。恋の一つや二つぐらいしたい年頃ですよ。」

「へっへーん。」


私は鼻をこすりながら威張った。


「それに、アグリッピナ様は、とってもお美しいお顔をされてますよ。」

「ええ?!アグリッピナが?!」

「はい!」


すると何故かカリグラ兄さんが同意してきた。


「それは僕も認めるよドルスス兄さん。意外にこいつの目鼻立ちって、お母さん譲りだから。まぁ性格は負けん気が強くてお転婆だからどうしようもないけれどね。」

「っるさいな~ガイウス兄さんは。一言多いんだよ。」

「ほらね?これでもう少しお淑やかだったら良かったのに。性格はペンテシレイア様だもん。」


そこへ九官鳥のように人のモノマネをする、末妹のリウィッラが私を馬鹿にして繰り返す。


「ペンテシレイア!お転婆!」

「リウィッラ!あーうるさい!」

「あははは、お姉ちゃん、本当の事だから仕方ないんじゃない?」

「たはは!妹のドルシッラまでに言われるとは、お前やっぱり性格変えた方がいいぞ、アグリッピナ!」

「うっるさいな~!寝小便ガイウス兄さん!」

「あ!お前~!お兄ちゃんに向かってとんでもない侮辱しやがって!」

「べーっだ!」


カリグラ兄さんは一生懸命私を捕まえようと追いかけてきたけど、すばしっこい私は全力で逃げ切り、ドムスの屋根まで登ってカリグラ兄さんにあっかんべーをかましている始末。格好つけて恋の年にする宣言などしてみたものの、どうやらまだまだ私のお転婆ぶりが、影をひそめる事はなさそうだった。


続く

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