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紺青のユリ  作者: Josh Surface
第七章「狂母」乙女編 西暦20~21年 5~6歳
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第七章「狂母」第百二十一話

「へぇ?!」

「まさか?!」

「うそ…。」

「本当です…。」


アントニア様は、口から泡を吹くように目を見開いて失神した。その話を聞いた叔父のクラウディウス様も、顎を外されたように驚いている。もちろん私達もあまりの唐突さに天変地異が起きたかの様に驚きを隠せない。とにかくクッルスとサリウスは失神したアントニア様を寝室まで運んだ。今日はクラウディウス叔父様のご長男ダルサスとジュリアの結婚式の前祝いとして、身内での宴会を開く予定だったのに。リウィッラ叔母様は眉間にシワを寄せながら、更にもう一度問いただした。


「こんな事ってあるわけ?」

「はい。確かに、昨日の夕方、ポンペイにてお亡くなりになりました。」

「その死因…。あなたのいう事は本当なの?」

「はい。その、戯れをされている間に、ナシを口で受け止めようとされて…。」


報告にきてくれた召使いはそれっきり口を閉ざし、頭を下げ、ドムスからそのまま去っていった。リウィッラ叔母様は顔に手を起きながら、目の前で起きている現実に信じられない様子。お母様もどう反応したら良いのか戸惑いを隠せない。もちろん私達兄妹も。しかも、クラウディウス叔父様のご長男ダルサス。その最後が呆気なかった。


「タハハ…。我が子ながら、ダルサスの奴が、ナシを喉に詰まらせて即死したなんて…。情けないやつだ。」

「クラウディウス…。」


リウィッラ叔母様は、苦笑いしながら両肩を落としたクラウディウス叔父様に手を添えている。私達も困惑して、泣いていいのか悪いのか分からなかった。カリグラ兄さんだけが、口元を少し歪ませて笑いを堪えている様子。その時、私はダルサスの婚約者の存在を思い出した。


「あ!叔母様!ジュリア!」

「あ!」


しかしもう、遅かった。

ダルサスの婚約者であるジュリアは、自分で編んだお花のアクセサリーをいっぱい持ったまま、いつもの優しい笑顔を携えてやって来た。固まってしまっている私達を見て、何が起きているのか理解出来ない様子で、迷子の子犬の様にキョロキョロしている。ペロはいつも優しいから、誰よりも先にジュリアの足元に来て、彼女を慰めている。


「ウフフ。どうしたのペロ?」

「ジュリア…。」

「アグリッピナ様、どうしたんですか?みんな黙ってしまってて?」

「ジュリア。」

「?」


私はダルサスの死よりも、不憫でならないジュリアの為に涙が溢れてきた。そして彼女にしがみついて、泣きながら真相を告げた。ところがジュリアは、口元を閉ざしたまま必死に堪えて、受け止めようとはしない。


「そ、そんなのウソです。」

「信じられないかも…しれないけど、本当なの…。昨日、ダルサスはポンペイでお友達とナシで遊んでて、口でそれを受け止めようとして…。」

「アグリッピナ様、もう!冗談にしては度がすぎますよ~。」

「ジュリア…。」


しかし、クラウディウス叔父様は、重たい表情でジュリアに事実を告げられた。


「ジュリア。息子は愚かにも、ナシを喉に詰まらせて即死したんだ。」

「そんな…。」


彼女の持ってきたお花のアクセサリーが床に落ちると同時に、力が抜けた彼女もペタンと床にへばってしまった。

ジュリアは顔を真っ赤にして、顔を横に振って涙を堪えて受け止めなかった。そして大粒の涙を流して叫び出す。


「ウソです!そんなの絶対にウソです!」

「ジュリア…。」

「私、そんなの絶対に信じません!だって、だって!ダルサス様は私に、この私に、生涯一緒にいようねって優しく誓ってくださったんですよ!うううう…。どうして?!どうしてこうなるの?アグリッピナ様!何でですか?!」

「ジュリア!!!」


私も涙を止める事が出来なくなった。そして次第に、周りのみんなも、不憫なジュリアの為に涙を流し始める。それはジュリアが始めて取り乱した瞬間だったから。彼女の初恋の相手でもあったダルサスのあまりにも呆気ない死が、彼女の可愛くて優しい心をクシャクシャにしてしまった。例え敵対勢力と見られているセイヤヌスの長女だとしても、ゲルマニクスお父様という太陽を失った私達家族にとって、ジュリアの優しさはそよ風のような清々しさをもたらしてくれたのは本当。だからみんなジュリアが好き。


「ジュリア、立ちなさい。」

「アグリッピナ…様?」

「ちゃんとダルサスにお別れをしに行こう?」

「…。」

「ダルサスだって、ジュリアを待ってるよ。私もついていくから、ね?」

「アグリッピナ様…。」


アントニア様の奴隷アクィリア、お父様、ドルスッス様のお母様、そしてクラウディウス叔父様のご長男であるダルサス。共通している事は、いくら泣いても故人は戻らないという事。どんなに辛くても、立ち上がらないといけない事。力が抜けて床にペタンと座っていたジュリアだが、震えながらも頷いて立った。私は立派に立ち上がったジュリアに、抑えきれない涙を堪えてギュッと手を握る。ジュリアも涙を堪えながらニコっといつもの優しい微笑みを返してくれた。


「ありがとう、ジュリア…。」


その姿に感激したクラウディウス叔父様は、今までご自分を支えていた何かが崩れ去るように、華奢なジュリアの前で跪いて大泣きした。そばにいたリウィッラ叔母様も、立ち上がったジュリアを必死に抱きしめて泣いた。


翌日、夕方過ぎにポンペイでダルサスの葬式が行われた。とても細やかな葬式だったけど、ジュリアが一生懸命一人で編んだ花々のアクセサリーが、ダルサスの遺体を取り囲むと和やかな気分になってくる。不思議と悲しい為の涙は枯れ、旅人を送り出すような気分だった。火葬されていく孫のダルサスを眺めながらアントニア様は、ジュリアを優しく抱きしめている。


「ジュリア…。あんたはこれから生涯ダルサスの恋人になったのだから、困った時にはいつでもいらっしゃい。」

「はい、アントニア様。」


その後、野心溢れる父親セイヤヌスに何と言われようとも、ジュリアはアントニア様のお力添えもあって、自分を選んでくれたダルサスの為に貞操を守り続ける道を選んでいく。まるでしっかりと編み込んだ花々に守られながら。


続く



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