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紺青のユリ  作者: Josh Surface
第七章「狂母」乙女編 西暦20~21年 5~6歳
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第七章「狂母」第百二十話

「三箇所にそれぞれ分けるんです。 先ずは真ん中から両脇に掛けて前髪二つと、残りの部分を後頭部で一つ。」

「はい。」

「後頭部をゆっくりとくしでとかしたら、ウールの糸で軽くロバの尻尾みたいに止めて、今度は残った二つに分けた前髪を内側へねじるように、ウールの糸で止めた部分でクロスして止めるのです。」

「ヘェ~。」

「そして前髪でそれぞれ一つずつ三つ編みを作り、残りの後頭部で三つ編みを三つ合計作って、それぞれを纏めるんですよ~。」


するとジュリアは本当に器用な手つきで三つ編みを作り始めた。しかも決して頭皮を傷めない様に気を使いながら。優しく丁寧に作ってくれるので、私も安心して任せていた。時折、私が退屈になりそうだったときに、お花のアクセサリーで三つ編みの練習をしてくれたり。お返しに私もフェリックスから教えてもらったインチキ問題を出したりした。


「次の問題です。"あるローマの属州にある部族で、どんなに晴れてても雨乞いの踊りをすると、後で必ず雨が降るという。どうしてだろうか?"」

「えええ?!凄い!そこの部族!オリュンポスの神々に頼んだから?」

「ぶっぶ~!」

「ええ?なんだろう?ユピテル様が降臨されたから?」

「ぶ~!違いま~す。」

「えー?!分からないです~!何だろ?うーんと、ティベリウス川が反乱したから?」

「ジュリア…。ローマの属州だよ。」

「あ、そっか~!」

「もう答え言っていい?」

「あーダメダメ!まだまだ!」


彼女が凄い所は、こうやって口では焦りながらも、私の髪の毛で三つ編みをする手は決してぶれなかった。彼女はどうやら両手には別の人格があるみたい。


「んーっと、アルテミスの神が降臨したから!」

「あのさ~。神々が降臨しちゃったら、何でも出来ちゃうから問題にならないよ。」

「あ、そっか~。ローマの水道を使った?!」

「ぶっぶ~。本当の自然の雨です。因みにジュリアでも出来マッス。」

「ええええ?!私でも?!雨乞いの踊りを踊れば?!」

「うん。あたしでも、誰でも。」

「ますます分からない?!どうやるんだろう?!んーっと、分からない…。」


色々考え込んでいるんだけど、既に器用な手つきで、両脇の前髪も三つ編みを作り始めている。


「時間切れ~!答え!」

「ええ?!待って、待って~。」

「あーダメダメ!」

「もう少しで出かかってたのに…。」

「答え!」

「はい。」

「"雨が降るまで踊ってたから…。"」

「…。」


さすがにあたしのインチキな問題の答えにジュリアの手は止まった。大体、この答えを知った人は、あまりのバカバカしさに呆れて怒り出す。ドルススお兄様からは、"アグリッピナ~!お前が雨が降るまで踊ってなさい~!"ってゲンコツもらっちった。


「アグリッピナ様凄い!!」

「え?!」

「やっぱり聡明なお方は考える視点が違いますね?神々に頼る考え方なんて平民の考え方。ますます尊敬しちゃいます!」


どうしてジュリアとはこうなるの?


「そっか~確かに雨が降るまで踊ってたからデスよね?問題にはすぐに雨が降ったとは言ってなかったし。」


何気にジュリアは問題の隙間をちゃんと理解している。そしてあたしの発想に興味津々な様子。


「それにしても、アグリッピナ様はどうやったらそんな発想出来るんですか?」

「うんとね、答えから考える様にして、それでその過程がわからない様に問題を作っていくの。そうすると、とってもシンプルな事なのに、盲点がわからないと人は難しく考えるでしょ?」

「へぇー!やっぱり凄い。」


これは大母后リウィア様から教わった、なぜ、自分自身が望んでもいなかった様な状況に追い込まれているのか?などの、現状把握の確認方法を応用した形。大体が、足りない物に不平不満があるからが殆ど。とにかく感情に流されずに、足りない物を一つ一つ考えて、意外にシンプルでフラットに物事を見れば、自分の努力の無さだったりが浮き彫りになってくる。


「本当に頭の回転が速いのですね?アグリッピナ様は。」

「そうかしら?」

「ええ。多分、並の男性じゃ追いつく事は難しいかもです。」

「ええ?!でも、パッラスとかはちゃんと計算が出来て、物凄く早いよ。」

「きっと、パッラスとアグリッピナ様では違うのだと思いますよ。多分、パッラスはそんな風にはできないでしょうね。」


そんなものなのかな?


「さぁ、最後の仕上げに入りますよ。」

「ええ?!もう三つ編み終わったの?!」

「はい。」

「ジュリア本当に早いよ~!」


するとジュリアは、それぞれの前髪部分で作った三つ編み一本ずつと、後頭部の三本ある三つ編みのうちの二本を四本合わせて、クルリと下側から襟足の部分でウール糸で巻きながら止めて、残りの一本で束に纏めて完成させた。


「凄い!何だか軽くなった感じがするよ、ジュリア!」

「ええ。こうすれば、どんなに活発なアグリッピナ様でも、髪型がズレたりしませんよ。」


ジュリアは使い古しの反射板であるオスクルムを、小さくコンパクトな形状に併せて手鏡にしていたので、それを二枚で合わせ鏡にして、後頭部の部分を見せてくれた。本当に丁寧で綺麗に仕上がっている。しかも、ジュリアの名付けたオリンピア・ヘアーにすると、自分の顔が引き締まって見え、少しだけ大人になった気分がする。


「凄く…綺麗。」

「でしょ?アグリッピナ様も、ご自分のお顔に惚れ惚れされたでしょ?」

「自分で言うのも何だけどね。」

「もう少し改良する事も出来るので、色々研究してみましょう!」

「うん。」


ジュリアは自分のささやかな夢を語ってくれた。それは、いつか自分が考案した髪型を、多くのローマ市民に見てもらう事。なぜなら、恥ずかしがり屋のジュリアにとって、人を影から輝かせる事ができたという、至上の喜びを感じられるからだという。私は彼女の優しい想いを胸に秘めながら、後に彼女のささやかな夢を叶える事になる。でも、その時は既にジュリアはこの世を去り、犬のように笑う彼女の優しい笑顔は、私の心の中でしか見る事ができなくなっていた。


続く



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