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紺青のユリ  作者: Josh Surface
第七章「狂母」乙女編 西暦20~21年 5~6歳
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第七章「狂母」第百十九話

お日様が私達二人をキラキラと照らす頃、ジュリアは後ろから優しく私の髪の毛をくしでとかしてくれている。


「アグリッピナ様の髪って、本当に一つ一つが纏まったカールで素敵ですよ。」

「本当に?」

「うん。こうやって全部垂らしても、すっごく綺麗。」

「私って、いつも結んでいたから、どんなのが自分の髪型に似合うのかあんまり考えたこと無いんだ。」

「そうなんですか?」

「うん。だって、面倒っちいじゃん。」

「ウフフ。でも、これからいっぱい気になってきますよ。」

「どうして?」

「だって恋されたら、どうするんですか?」

「恋?何それ?食べ物?」

「ええええええ?!」


ジュリアはビックリしてくしを落とした。私はジュリアの顔を振り向いて眺めてみると、顎が外れそうな勢いで、全身硬直していた。


「恋って…桃とかブドウとか果物じゃないの?」

「果物?!だ、誰がそんな事を?!」

「だって恋って、甘酸っぱいんでしょ?」

「あははは…。確かに、恋は甘酸っぱいものですが…。」

「それじゃ、やっぱり果物じゃない。」

「アグリッピナ様、恋は食べ物なんかじゃありませんよ~。」

「じゃぁ、何?」

「そうですねぇ。例えば、この人の事憧れてる~とか、格好イイ!とかって人いますか?」

「いたら恋なの?」

「ええ、まあ。」

「それならいる!」

「おお?即答!誰なのです?」

「大母后リウィア様!」

「あははは…。」

「え?ダメなの?」


ジュリアは落としたくしを拾い、コホンと咳払いして説明してくれた。


「どうやらアグリッピナ様には、一から恋とは何かを説明しないといけません。」

「はい…。」

「クピードー様の愛の矢は知ってますか?」

「ああ!知ってる。ドルススお兄様が教えてくれた。アポロ様とダプネー様の話でしょ?」

「なーんだ、知ってるじゃないですか。誰かに恋をすると、クピードー様の矢が心に刺さったように、キュンってなるような感じです。」

「矢に打たれるって、やっぱり痛いの?」

「ウフフ。心地良い痛さです。まぁ、好きな人の事を想うとですけどね。私もクラウディウス様のご子息でご長男のダルサス様とお会いした時には、まるで呼吸ができなくなるほどでした。」

「ヘェ~。」


ジュリアの頬は桃の様にピンク色に火照ってた。恋してる人って滑稽だなって思った。


「アグリッピナ様も、ご自分の知っている男性でとかいません?心がキュンってなるような男性。」

「心が…キュンって、なるような…男性ねぇ~。」


私は頭の中で自分の知っている人を思い浮かべてみた。ネロお兄様。うーん、もう高慢ちきのリヴィアと既婚している。ドルススお兄様。うーん、優しいけどキュンってこない。やっぱり昔の鼻水垂らしていたのが原因?カリグラ兄さん。ダメダメ無理無理。あんな寝小便小僧、論外。するっと、いない。誰もいないじゃん。


「お兄様達には、やっぱりキュンってこないよ、ジュリア。」

「あははは…。あの、兄弟ではなくて、その…何というか。」


あ、いた。

その人の事を想うと、心がキュンって痛くなるの。


「ゲルマニクスお父様…。」


すると、ジュリアの髪をとかす手が止まった。そして気が付くと、肩を震わせ泣いている。


「どうしたの?ジュリア。」

「ううう…。アグリッピナ様の事を思うと、あまりにも不憫に思いまして。ゴメンなさい…。うわあーーーん。アグリッピナ様、とても可哀想ですぅ~。」


あははは…。

参ったなぁ、そんなに気にされても困るって。しかし、ジュリアは床にしゃがんでワンワン泣き始めて、鼻水まで垂らして。本当にこの子は心根の優しいんだなって思った。


「ねぇねぇジュリア、もう泣き止んで。あたし、もう大丈夫だから。」

「ううう…本当ですか?だって、胸がつまる様に苦しいって…。」


いや、ジュリア…。

あたしそこまで言ってないって。


「もう、大丈夫だよジュリア。だってね、お父様は大きな大きな樹木のようなもの。」

「大きな大きな…樹木?」

「うん。雨が降っても、嵐が吹き荒れても、お父様という大きな大きな樹木にいっつも守られているの。そして、こうやって目を閉じると、お父様の素敵な笑顔があたしを迎えてくれて、あたしの大好きな木登りもさせてくれるの。」

「アグリッピナ様…。」


これは本当。

大人になって、息子を産んだ母親になった今でもそう。目を閉じると、お父様はいっつも迎えてくれる。


「うわーーーーーん!アグリッピナ様ってなんて凄い人なんでしょう!!ううう…。ますます可哀想~!」


逆効果だったらしい。

でも、あのトカゲのセイヤヌスの子供だとしても、年下の私の為に涙を流してくれるのだから、本当にジュリアは心根の優しい子だと思った。


「さぁ、ジュリア。続きをやって!」

「はい、アグリッピナ様!」


泣き止んだ彼女は、伸び切った鼻水を水井戸で流してきて、今度は光輝く様な笑顔で、丹念に二本の骨針をヘアピンのように使って、私の前髪を頭部で止めてくれた。


続く




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