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紺青のユリ  作者: Josh Surface
第七章「狂母」乙女編 西暦20~21年 5~6歳
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第七章「狂母」第百十五話

オキア神官長。


火床の女神ウェスタに仕える聖職者団ウェスタの巫女達の長であり、巫女達を束ねる最高神祇官である。ウェスタの巫女達は国教に遵ずることを30年間学び、また悪を正すことに奉仕するため、結婚や子育てといったものから一切解放されている。その間は禁欲を守ることを誓い、皇帝であっても、女神ウェスタ様を穢し、侮辱する事は許されない。その女神様に仕える身である彼女達は、人の過ちを正す重要な聖職者としてローマの『最後の良心』を守っている。


オキア神官長は30年間と更に57年間勤め上げられた神官長の身を、本日退く事になった。当然、幼い頃にお世話になったアントニア様も、大母后リウィア様もご出席される。私達はパラティヌス丘のカエサル神殿近くにある、聖職者団ウェスタの建築物カーサ・デレ・ウェスタリの前にやって来た。


「本日は、皆様の暖かい御心により、57年間勤めてきました神官長の身を退く事になりました。ウェスタの巫女となった者達も、また、そうでなくともローマに住む人達にも、全ての人達の身心に、常に良心という灯火が消えぬよう日々祈りを捧げ、ウェスタの巫女として完璧な純潔を守り通せたことを、心より皆様へ感謝申し上げます。今後は皇帝陛下と元老院議員の方々のご意向により、後任者の選定があるかと思われますが、その際にもどうか、暖か眼差しで私共を見守り続けていただける事を、心よりお願い申し上げます。」


オキア神官長は本当に人々から尊敬の念を一心に浴びていた。優雅で穏やかで誰もの心を受け入れる御心。今日、この日まで純血を守り通した事は、本当に素晴らしい事だと思った。


「アグリッピナ、アグリッピナ。」


うん?後ろから小さな声で私を呼ぶ声がする。


「あ、リウィッラ叔母様。」

「ちょっとあんた、まったりとオキア神官長のお話を聞いている暇なんか無いんだから!」

「ええ、如何してですか?」

「今、ジュリアが大母后リウィア様の偵察をしているの。多分この後に、リウィア様が最後のしめをするはずだから、すかさずあの二階の通りの後ろ側に回り込むわよ!あんたは周りの人にばれないように、私のアンダースカートのカスチュラの中に隠れなさい。」

「えええ?!マジっすか?」

「今更なに言ってるの。あんたがリウィア様に会いたいって提案したんでしょ?こうなりゃ一蓮托生、同腹一心ってやつ。」


リウィッラ叔母様はノリノリだった。まさかこんな大体な方法だったとは。私はリウィッラ叔母様が周りをキョロキョロとみている間に、叔母様のストラを瞬時にめくってスカートのカスチュラの中へ入る。叔母様のスベスベして綺麗な足の動きに合わせて、私も歩いていった。けれど私はもたついて叔母様のお尻に触ってしまった。


「ひやっ!」

「え?どうされました?御婦人。」

「い、いえ…。何でもございません事よ、失礼。」

「あれ?あの人どっかで…。」


叔母様は人混みをゆっくり抜けてく。私もやっと慣れてきて、叔母様の歩きに合わせられた。


「アグリッピナ、もうイイわよ!」

「はい!」


私はゆっくりと叔母様のカスチュラから出た。すると目の前にはジュリアが挙動不審な動きで大母后リウィア様を観察している。この娘もノリノリだったんだっけ。


「こちらジュリア、こちらジュリア。リウィッラ叔母様、状況を確認中。目標を補足し、状況更に進行中。只今オキア様と入れ替わりました!どうぞ。」

「こちらリウィッラ、こちらリウィッラ。了解、引き続き目標補足と状況の進捗報告に務めるべし、以上。」


この人達は絶対に心から愉しんで、悪ノリしてやってる…。


「さぁ、アグリッピナ。大母后リウィア様のお話が終わったら、私がすかさず舞台裏で懇願するから、私のカスチュラの中に入って近づくのよ!」

「は、はい!」


いつの間にか、この緊張感はゲルマニア突撃のような雰囲気になっていた。叔母様はまさに将軍。私は百人隊長であろうか。そして状況変化の報告がジュリアから報告されてきた。私は叔母様のカスチュラへ入り、早歩きの叔母様と歩幅を合わせて歩いた。


「オキア様は、これからどちらへ?」

「そうね、リウィア。私はスパルタに行ってみたいわ。」

「ええ?!あの猛者達がいた場所へ?」

「私は長い間、純潔を守り通してきたのよ。スパルタの歴史に描かれた猛者達に、身体を踊らせる想いをしてもイイでしょ?」

「わお。神官長とは思えない発言だ事。」

「フフフフ。私も神官長である前に女ですからね。」


リウィッラ叔母様はすかさず小走りで大母后リウィア様へ懇願した。


「お待ちください!大母后様!」


突然叔母様が駆け寄って止まるものだから、私はカスチュラの中で転けて、そのまま表に出てしまった。叔母様もそのまま転げ落ちてしまった。


「イタタタ。」

「リウィッラ?ドルスッスの妻のリウィッラですか?そこにいるのは?まぁーアグリッピナ?!如何したんですか?騒々しい。」

「大変申し訳ございません。突然の急に。実はお一つお願いがあって参りました。」


しかし、大母后様は厳しく細い眉毛を片方あげて睨んできた。


「今日はオキア様の御引退式である事を分かってて、そのような無礼を承知で懇願しているのですか?」

「はい!」


リウィッラ叔母様は、私の代わりに跪いて頭を下げた。


「どうか、ここにいるアグリッピナの悩みを、大母后様自ら聞いていただけませんでしょうか?」


リウィッラ叔母様は真剣だった。

私の抱えていたすれ違いの想いを、きっと誰よりも分かっていたからだと思う。


「お願いがします、大母后リウィア様。少しだけの時間で良いのです。どうか、アグリッピナの悩みを聞いていただけませんでしょうか?!」


続く

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