第七章「狂母」第百十四話
「アグリッピナ様、今日も元気ないですけど大丈夫ですか?ドルスス様…。」
「うん、ジュリア。この間、ガイウスの事で母さんにこっぴどく怒られただろう?」
「ええ。」
「あいつはちょっと調子に乗るところがあるから、たまにはお灸を据えないとね。」
「でも…。」
この頃の私はいっつもお母様とは噛み合わなかった。もちろんカリグラ兄さんの事は知らない事だらけというのもあるけど、私だけが疎外されているような感覚だったから。
「アグリッピナ様!」
「ワッ?!ジュリア。」
「今日はお花とお花を結んで、首飾りを作ってみました。」
「ああ!とっても素敵。」
「はい、どうぞ。」
「え?」
「アグリッピナ様に差し上げます。」
「ええ?!私に?!」
「ええ。その為にジュリアは一人で編んだのですからね。」
私はまたしても泣きそうなくらい嬉しかった。そして同時にジュリアが本当に可愛く思えた。彼女の天然さは本当に人の心を和ませる。私には持ってないもの。
「アグリッピナ様っていいなって思います。」
「ええ?!どうして?私は絶対にジュリアの方がいいよ。」
「滅相もない。私なんかつまらない女ですもの。料理や編み物くらいしか得意なものがなくて、いつも父から怒られてました。」
あのセイヤヌスは英才教育をしようとしていたんだ。何気に私が不得意な物が得意で羨ましい。
「ですからね、初めてアグリッピナ様の活発なお姿を拝見した時に、私はアグリッピナ様のようになりたいって思いました。」
「ええ?私のどこがいいの?」
「駆けっこが得意で、木登りも上手で、水泳も得意で、面白い問題を出すところ。」
面白い問題?
あ、フェリックスから教わったインチキな問題か。
「あと、モノマネも得意でしょう?私、アグリッピナ様がパッラス達の前で、大母后リウィア様の真似をされていた時は、御本人かとビックリしました。」
「あははは!あれはね、私が大母后リウィア様に憧れているから。本当に厳しいお方だけれども、でも、ちゃんと頑張れば褒めてくださるの。思っている事もちゃんと言ってくださるし、私が抱えてる悩みも瞬時に気が付いてくれてね。寂しい時なんか…寂しい時なんか、とってもひょうきんな顔で笑わせてくれて。」
あれ?
また涙が出ちゃった。何でだろう?大母后リウィア様の事を思うと、今の私がいるここは、とっても不安に感じてしまう。今のお母様は、リウィア様とは正反対。何を考えているか分からず、私が悩んでいる事なんかお構いなしに冷たい。
「アグリッピナ様…。いつもはとっても太陽の様の笑ってらっしゃるけど、本当は寂しいのですね?」
「ジュリア…。」
「分かりました。ちょっと待ってて下さいね。」
そういうとジュリアはゆっくり歩き出して向こうへ行ってしまった。私は草きれを引っ張って遊んだりしている。すると突然目の前が真っ暗になった。
「え?!何?!何?!」
「だーれだ?!」
とっても低い声が後ろから聞こえる。どうやらその人に目隠しをされているみたい。明らかに女性が低いを声を出してる様で。
「ばぁ!!」
あああ!リウィッラ叔母様。
ジュリアも一緒だ。
「ジュリアから聞いたよ。アグリッピナは今、便秘で落ち込んでるんだって?」
「便秘?!え?!」
すると、ジュリアが慌ててリウィッラ叔母様に耳打ちをする。
「あ!ごめんなさい。センチで落ち込んでたのね。便秘とセンチじゃえらい違いだったね。」
「ありがとうございます、叔母様。ジュリア。でも、もう大丈夫。」
「本当かよ?アグリッピナ。」
「ええ。」
「あんた、うちのリヴィアと違って笑顔で他人を安心させるとこあるからな~。」
さすがリウィッラ叔母様。
見抜かれている。すると、向こうの方でアントニア様が手を叩いてみんなに何かを呼び掛けてる。
「さぁ、みんな支度して!ウェスタの巫女の長である、オキア様の御引退式に出掛けるわよ!」
「ええ?!オキア様がご隠居されるの?」
「そうみたいね、って。アグリッピナはオキア様知ってるの?」
「ええ。だって大母后リウィア様に無理矢理連れてってもらって、何度もお会いした事が…。」
「へぇー。アグリッピナってすごいのね。」
と、いう事は!
必ず大母后リウィア様もいらっしゃるに違いない!どうしても、どうしても今悩んでいる事を聞いてもらいたい!
「リウィッラ叔母様。お母様に内緒で大母后リウィア様にお会いする事できませんか?」
「ええ?!ウィプサニアに内緒で?」
「ええ。」
とは言っても私はずる賢かった。
叔母様があんまりお母様を好んで無い事は明白だったから。ジュリア!あんた、最高!リウィッラ叔母様連れてきてくれて!
「イイわよ!その話乗った。」
「本当に?」
「ええ。この間、弟のクラウディウスと一緒に私を元気付けてくれたし。こんなに素敵なジュリアと巡り合わせてくれたしね。」
リウィッラ叔母様は、私とジュリアの頭を撫でてくれた。私はジュリアと微笑んでいる。
「そっか…。アグリッピナは大母后リウィア様に憧れていたのか。今までゴメンね、あんたの前で女狐なんて言っちゃって。」
「あははは、それは大丈夫です。元々はアントニア様が言ってたのですから。」
「あのクソババは、昔っから口が悪いからな~。」
叔母様も母親譲り…。
とは言えなかった。
「ヨッシ!ジュリア。あんたも手伝いな!」
「はい!私もワクワクしてきました。なんか犯罪を犯すようですね~。」
ジュリアは…とっても天然だと思った。変な勘違いされないとイイけど。とにかく、リウィッラ叔母様とジュリアは、聖職者団ウェスタの最高神祇官であるオキア神官長様の御引退式に、私が大母后リウィア様と会える為の計画を立ててくれたのであった。
続く




