第七章「狂母」第百十二話
私とパッラスはお面を被って、リウィッラ叔母様の寝室側から大声で叫んだ。
「ローマ人が襲いにきた~!」
「サビニ人は娘を隠せ~!!」
ドタバタと足音を立てながら、クラウディウス叔父様に渡された脚本通りに演じている。すると暫くすると、リウィッラ叔母様が、寝室からふらりと出てきた。
「貴方達は…誰?!」
「逃げろ~!!」
「ちょっと!?私のドムスで何を遊んでるの?」
「逃げろ~サビニ人は今すぐ逃げろ~!」
「あ、アグリッピナ?!」
やばい。
ばれちった。
「何をやってるの?」
「…。」
「もう一人は…母さん所の奴隷のパッラスね?二人とも何してるの?」
すると、ナルキッススが平面版を置いた。リウィッラ叔母様が大好きな、奥行きのある景色が描かれている美術舞台。すると、クラウディウス叔父様がギリシャの演劇者の様に仰々しく語りを始める。
「"時は700年前、ローマ建国間もなき頃。ロムルス王はネプトゥーヌスの祭りを開き、サビニ人女性を誘い出して略奪をした。そして彼女達を取り戻そうとサビニ人達はローマ人とついに対面したのであった。"」
後からやって来たナルキッススが、二人の男女を連れてきた。きっと叔母様びっくりされるだろうな。パッラスは略奪をしたローマ人を演じている。
「"ああ、なんという事か。我らは理解されぬまま、彼らサビニ人と戦わなくてはいけないのだろうか?"」
私は略奪されたサビニ人女性達を演じている。
「"いけません、彼らは私達の父であるのです。どうか、その刃を収めることはできませんでしょうか?"」
ナルキッススはサビニ人の男性達を演じている。
「"ローマ人の卑怯者共め!今すぐ剣を抜け!"」
パッラスは剣を仕方なく抜いて語り出す。
「"サビニの女性達よ。元はと言えば、彼らが異民族間での婚約を許さないから、こうする他なかったのだ。"」
「"ですが、彼らが負ければ私達は孤児になり、貴方達が負ければ未亡人になります。どうか、どうかおやめください。"」
パッラスは抜いた剣を眺めながら、ついにその剣を下ろした。
「"サビニ人よ!我らと協定を結び、共に国家を形成しようではないか!"」
ナルキッススも剣を下ろして同調する。
「"おおお!分かった!ローマのロムルス王万歳!サビニのタティウス王万歳!"」
すると、ナルキッススが連れて来た二人の男女がリウィッラ叔母様の前へやってくる。そしてクラウディウス叔父様はシメの言葉をリウィッラ叔母様へ捧げた。
「"サビニとローマはこうして互いに妥協し、共に国家を形成していった。ローマの根底にあるのは妥協という名の寛容さである。我が女神ユーノに仕える者よ。どうか彼ら二人の若い婚約の証人として、目を開き、お手を掲げてください。"」
リウィッラ叔母様はびっくりしていた。なんと二人の男女は、クラウディウス叔父様の息子ダルサスとセイヤヌスの娘のジュリアだったからだ。
「クラウディウス?!これは?」
「さぁ、みんなも女神ユーノに仕えるリウィッラ様へ、婚約の証人としてなっていただける様、懇願するのです。」
クラウディウス叔父様に言われた私達は、お面を外してお辞儀をした。
「やっぱり!アグリッピナ。パッラス!貴方は背が高いからすぐ分かりました。そっちはナルキッススか。クラウディウスの奴隷には気付きませんでした。」
すると、クラウディウス叔父様の息子ダルサスが語り出した。
「リウィッラ叔母様、この度、私、ダルサス・クラウディウスと、ジュリア・セイヤヌスとの出逢いの機会を与えていただき、心より厚く御礼申し上げます。」
「私、ジュリアは、ダルサス様を一目見てから聡明な方だと見受けました。これもリウィッラ様の眼力と言えるでしょう。」
リウィッラ叔母様は、手を顔に当てて涙を流していた。そしてしゃがんで子供のように泣いていた。哀しいからじゃない、嬉しいからだ。自分を誰かが信頼してくれる、それだけで叔母様の一人で抱えていた孤独は、ほんの少しでも和らぐのかも。
「姉さん。息子のダルサスも、セイヤヌスの長女ジュリアも、二人とも素直に婚約を納得したよ。これなら、母さんが強く婚約に望む本人達の愛の絆の道理に合ってるだろう?」
リウィッラ叔母様は溢れる涙を拭きながら、弟のクラウディウス叔父様による洒落た気遣いに感謝した。
「クラウディウス。我が愛しい弟。ありがとう。私はこれだけで十分幸せよ。だから、ダルサスとジュリアも、本当に自分達の愛の絆をしっかりと確かめ合ってから、もう一度決めても良いんだからね。」
しかし、クラウディウス叔父様はニコニコしながら笑った。
「あははは、姉さん。その言葉は私が100万回以上彼らにいった言葉だよ。彼らはきっと聞き飽きてるだろう。」
ダルサスもジュリアもお互いに手を繋いで照れながら笑ってた。
「本当に良いの?」
「はい、リウィッラ叔母様。」
「僕達は親に進められただけで婚約するのではありませんよ。」
叔母様は、また目尻に涙を溜めながら素敵な笑顔を魅せてくれた。そして、その後には顔を振って鼻をすすり、腰に手を置いて男っぽく叫びだした。
「よっしゃー!今日はトコトン葡萄酒呑むぞ!みんなで宴会しよう!」
私は微笑みながら、クラウディウス叔父様を見上げた。叔父様も微笑み返してくれた。私達はこれで身内が再び仲良くなれる事だと思っていた。
「クラウディウス!あんたは今日は葡萄酒飲み干すまで帰さないよ!」
「えええ?!姉さんと飲み比べ?!勘弁してよ!」
けれど、この後の直後。
ダルサスとジュリアの結婚式の前日に、悲劇は突然やって来た。そしてリウィッラ叔母様は、二度と戻れない暗闇の道へと突き進む事になる。長女の高慢ちきリヴィアを巻き込んで…。
続く