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紺青のユリ  作者: Josh Surface
第七章「狂母」乙女編 西暦20~21年 5~6歳
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第七章「狂母」第百十話

リウィッラ叔母様…。

セイヤヌスとの二度による過ち。その頃の私と同じくらいの時に、甘えられるべき父親を亡くした事で、きっとリウィッラ叔母様は心を閉ざされていたのかもしれない。


"ゲルマニクス兄さんなんかに負けないから!"

"リウィッラ!いい加減にしろよ。お前は女なんだぞ!"

"だから、なに?"


勝気な性格で男勝りで、私の父ゲルマニクスとはいっつも兄妹喧嘩をされていた。その一方で、自分の孤独感を埋めるように、フレスコ画や透視図法にのめり込んでいく。


"もう、棟梁!"

"描き直すんだ!もっと平面図にしてくれ。"

"あのね、この透視図法って技術は、500年前のギリシャの舞台美術で使われていたんです。"

"ダメだダメだ。こんな奥行き出されたら、広告が本物に見えて目立たなくなるだろ?"


初めてご結婚されたのは、私の母ウィプサニアのお兄様であるガイウス様。しかし、その孤独感を埋める事なくガイウス様が死去。再婚されたティベリウス皇帝陛下の実の息子ドルスッス様の優しさに、叔母様はやっとご自分の孤独感を埋められる場所に出会えた矢先だった。


"私のドルスッスだけは誰にも渡したくないの!あの人には見捨てられたくなの!あああ、これ以上、もう孤独なんて嫌!"


セイヤヌスの突然の来訪以来、私は気まずくなって、リウィッラ叔母様のドムスへ行かなくなった。叔母様はそれでも優しいから、いつでもいらっしゃいと言ってくれたけど、本音ではきて欲しくなかったのかもしれない。今日は、アントニア様のドムスで、身内だけの宴会。先日終わったネロお兄様と高慢ちきリヴィアの結婚式を、身内だけで行おうとしていた。参加者は、母を筆頭としたゲルマニクス家と、ドルスッス様とリウィッラ叔母様、ティベリとゲルマの双子。それにクラウディウス叔父様のご家族。なぜ、二回も結婚式の宴会をするか?それはアントニア様の強い願いがあった。


「ネロ、リヴィア。二人とも、私の可愛い可愛い孫達。結婚は家族との結び付きを強くさせる物でしょうけど、同時にお二人の絆を強くさせる事も大切なの。一番はそこが揺らがないように、お互いで努力していくのです。」


アントニア様の言葉に説得力があるのは、決して再婚をされないからだった。二人の愛を大切にしなさい。この言葉をしっかりと刻み込ませる為に、アントニア様は敢えて、二回も宴会をされるのであった。


「クラウディウス、そういえばあんたん所の長男のダルサスって、誰かと婚約決まったの?」

「うーん、リウィッラ姐さん。実はまだなんだよ。」

「もう、いい年齢でしょ?そろそろ誰か探してあげないと。」

「ダルサスのやつは、私と似てて、浮いた話には興味ないみたいなんだ。」


アントニア様も少しため息混じりに話し始める。


「この間、ダルサスとは二人っきりで話したんだけどね。ふぅ~、親のクラウディウスに似てて、そっち方面は本当に疎いんだから。」

「母さん、そんなあからさまに言わなくたって。」

「親のあんたが、カビ臭いパピルス書物に埋れて、葦のペンで一日中研究ばっかりしているからですよ。」


リウィッラ叔母様。

本当にセイヤヌスに頼まれたことをされるんですか?私の心はハラハラしていた。


「それにしても、リウィッラが突然クラウディウスのダルサスを心配するなんて、どんな風の吹きまわし?」

「いや、知り合いの方からジュリアちゃんって、とても可愛い長女がいるようなんで、どう?って頼まれたの。」


アントニア様とドルスッス様は少し不思議な顔をしていた。それもそのはず、リウィッラ叔母様はそれほど交友関係が広い方ではなかったから。でも、クラウディウス叔父様は、ご自分の姉の優しさに素直に喜んでいた。


「リウィッラ姉さん…。やっぱりいつでも優しいんだな。きっとダルサスも喜ぶよ。」

「あはは、でしょう?うちのリヴィアだけ幸せになったら悪いじゃない?だから、どうかな?って思って。」


ドルスッス様はそれでも、叔母様の心遣いを優しく受け止めようとされていたが、母親であるアントニア様は、ご自分の感じた違和感に素直に反応した。


「リウィッラ…。ジュリアって娘はどこの氏族の娘だい?ユリウス氏族には、私の知っている限りではいやしないよ。」

「あ、あー。うん、ユリウス氏族ではないの。階級が違うから。」

「え?階級が違う?」

「両親のね、今のクラウディウスと同じ騎士階級のエクィテスで、エトルリア出身らしいのよ。」

「僕と同じ騎士階級か。」

「いいでしょう?クラウディウス。ねぇ?」


リウィッラ叔母様は少し焦ってるように薦めていた。しかし、今度はドルスッス様がエトルリア出身と聞いて反応された。


「エトルリア出身の騎士階級?まさか、セイヤヌスでは無いだろうな?リウィッラ。」


リウィッラ叔母様は見事に当てられ、動揺してカチコチに固まってる。アントニア様はやっぱりっと、ため息つきながら顔を横に振った。


「その話はダメよ、リウィッラ。」

「…。」

「セイヤヌスは今は静観しなければいけない人物なんだ。確かに父さんの右腕としては有能だが、血生臭い噂もある。」

「でも、母さん。せっかくリウィッラ姉さんが持ってきてくれた話じゃないか。最後まで聞いたって。」

「クラウディウスは黙ってなさい。」


だが、アントニア様はクラウディウス叔父様の意見には、最初から聞く耳を持っていない。


「リウィッラ、あんた如何いうつもりだか知らないけど、セイヤヌスはあんたもトカゲって嫌ってたじゃない。それが一体如何してこんなに心変わりするのかね?!」

「…。」


180度も女性が心変わりする時、それは必ずその根底に男か金が絡んでいるとアントニア様は睨んでいた。きっとアントニア様はすでにリウィッラ叔母様の秘密を、女性の勘で分かってらしたのかもしれない。貞操をしっかりと守る事が女性の一番の役目と生きていたアントニア様には、だからリウィッラ叔母様の抱えている孤独の穴を、生涯通じて感じる事は出来なかったのかも。


「言いづらいんだったら、あたしが言ってあげようかしら?リウィッラ!」

「もうイイわよ!どうせそうやってあたしの意見をまた否定するんでしょ?!」

「また癇癪起こすわけ?いい加減にして頂戴!」

「母さんがそうやってあたしをいつも追い詰めるからでしょ?!あたしだって起こしたくて起こしてるわけじゃ無いわよ!」

「だったら、当たり前に考えても、おかしい事をいちいち言い出すんじゃ無いの!」


しかし、叔母様はもう勘弁がならない様子で、辺りの物を床へ落とした。


「いちいち指図すんじゃねーよ、クソババア!てめぇがいっつもそうやってかたっ苦しくあたしを育てたから、こっちは息苦しくてたまんねぇーんだよ!」

「あんた!またしても孫達がいる前で!」

「母さん、やめなよ。リウィッラ姉さんもやめなって!」


しかし、クラウディウス叔父様の言葉は右から左だった。


「そんなに貞操守ってる女が偉いのか?あん?ウェスタの巫女でもないんだから、なんでそんなに男に潔癖になる必要があるわけ?そのせいで、少なくともあたしはちっちゃい頃から誰にも甘える事が出来なかったんだよ!」

「リウィッラ!あんたはもう立派な大人でしょうが!いい加減に自分のちっちゃい頃の事を持ち出すのはやめなさい!恥ずかしくないの?!」

「だったらうちの血脈はもっと恥ずかしいわよ!お爺さんのアントニウスはお母さん達子供の事なんかお構いなしに捨てて、あのギリシャ人のクレオパトラに溺れて欲望に走ったんだから!母さんは、そんなんでよく今でも生きてられるわね?!恥ずかしくないわけ?!」


最悪の言葉だった。

誰もが聞きたくなかった言葉で、誰もが胸が苦しくなる思い。中でもアントニア様は、本当に呼吸困難になってしまって床に倒れてしまった。


「リウィッラ!今のは言いすぎだ。アントニアお義母さんに謝りな!」

「貴方まで!?本当の事を言ってなにが悪いの?」

「リウィッラ!」

「貴方だって思ってた事でしょ?どうせ私と結婚したのは、こんな血脈に生まれた哀れな女だって。根底ではそう思ってるんでしょ?!」

「リウィッラ!なにを言ってるんだ。」

「あんたはいつだって上から憐れむのが好きな男じゃない!あたしが旦那のガイウスを亡くした時は『僕が一生守る』なんて格好いい事言って、今度ウィプサニアが兄さんを亡くせば『我が子以上に守る』なんて格好良い事言って!結局、あんたは誰かを憐れんでいるのが好きなだけなのよ!」

「…。」


叔母様は去って行った。

セイヤヌスが言っていた通りに、他人から信頼してもらいたい気持ちが大き過ぎて、自分から信頼できなくて、つい棘を出さずにはいられなかったのかもしれない。でも、今回のは余りにも代償が大きかった。少なくともドルスッス様もアントニア様も、さすがにリウィッラ叔母様を許す様な表情はされていない。私のお母様ウィプサニアは一言もなにも言わず、散らばった料理や食器を片付けている。呼吸を苦しくさせながら、アントニア様は淡々と片付けている母へ感謝の言葉を述べている。ドルスッス様も、お母様へ謝っていた。


「大丈夫です。今日が身内だけで良かった事を感謝しなければですね。」

「本当ね…。ウィプサニアの言う通り。もし貴族や他のお客様がいたら、一家の恥を晒すところだったわ。」

「本当にありがとう、ウィプサニア。妻が本当に申し訳ない…。」

「良いんですよ、ドルスッス様。」


ネロ兄さんと高慢ちきリヴィアの宴会は重苦しい空気になったのに、お母様のドルスッス様への笑みは、まるで大理石の彫刻の様に美しかった。だが、私は何処かで、このお母様の笑顔や言動は不謹慎だと思った。


続く

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