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紺青のユリ  作者: Josh Surface
第七章「狂母」乙女編 西暦20~21年 5~6歳
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第七章「狂母」第百七話

「あはは!そんな事言ったの?あいつ。」

「はい、もう台無しでした。」

「タハハハ~!もう、ごめんねアグリッピナちゃん。リヴィアには後でキツく言っとくから。」


今日のリウィッラ叔母様のドムスで開かれた、私と二人だけのお洒落教室は、ぶっちゃけ愚痴言いまくり大会。身内だろうが、皇帝だろうが、葡萄酒飲みながら毒舌かますぞ!って感じ。さすがリウィッラ叔母様。


「あーアグリッピナちゃんでいいかしら。」

「リウィッラ叔母様、もう!呼び捨てでいいですから。」

「そう?それじゃアグリッピナにしよう。その代わりあんたも私の事、叔母様やめてよ~。」

「えー?それは無理。」

「何で?」

「だって一番下の妹と同じ名前なんですもん。」

「そっか…。それは、ウィプサニアに感謝しないと、いけないっか。」


お母様はレスヴォス島で三女のリウィッラを産む時に、その間に私達子供の面倒を見てくれた叔母様に感謝の気持ちを込めて、叔母様と同じ名前をつけたのだ。リウィッラ叔母様はゆっくり葡萄酒を注ぎながら、まだ、母と仲が良かったあの頃を思い出しているようだった。


「あ、叔母様?」

「うん?」

「葡萄酒入れ直しましょうか?」

「あ、ごめんなさい。」

「大丈夫ですよ。」


私は混在酒器から葡萄酒を注いだ。もちろん水を多めに入れて。叔母様酔っ払うと大変だから。


「しかし、あんた本当に気が利くわね?うちのリヴィアなら絶対に無理よ。」

「それは…大母后リウィア様のおかげです。」

「大母后リウィア様?」

「あたし、お母様がお父様の所へ同行される代わりに、たった一人ローマで大母后様の教室に通っていたので。その時に色々な事を学びました。」

「そっか、そうだったね。あれには本当に感心したの。結構、他の奥様達も、あんたが泣かずに大母后様の所で一生懸命やってるって聞いて、あれで大母后様のイメージもガラって変わったのよ。」

「本当ですか?!」

「ええ、大母后様もえらく感心されてたし。肝っ玉が全然違うって。」

「嬉しい!」


私はすっかり大母后リウィア様に心底憧れていたから、大母后様の事を見直されたと聞いた時は、幼いくせに自分の事のように嬉しかった。


「私もウィプサニアの真似して、自分の娘リヴィアに大母后様の教室通わせてみたけど、ありゃダメね。リヴィアのやつは根性なしだから、水泳とかてんでダメだったでしょう?」

「あはは…。ええ、まあ…。」


インチキして私の果物を奪った事は、今日は暴露しないでおこうっと。


「ねぇ、アグリッピナ。あたしって女として魅力無いかな?」

「え?!いきなり如何したんですか?」

「もう、33歳でしょう?最近目尻に小皺もできてきたし、お肌も水が弾かなくなってきて、胸も昔より垂れてきた感じがするし。」


タハハハ…。参った。年齢の愚痴大会になってしまうのか。


「でもあたしって運動からっきしダメだし、面倒くさがり屋だしさ。どうしたらいいと思う?」


っと言われても非常に困る。

水泳がいいなんて年下の私が言えたもんじゃ無いし。


「アグリッピナは若いけど、でもお肌本当にすべすべしてるよね?羨ましいわ。」

「あはは…。あ!リウィッラ叔母様の、小さい頃ってどんな感じでしたの?」


何とか話をそらしてみた。

本当はアントニア様から聞いてるから知っているけど。


「あら?私の幼い頃の話聞きたいの?」

「ええ、もちろん。聞きたいです!」

「そうね…。そう考えると、あたしも長女のリヴィアにはキツイ事言えないけど、あたしは本当は絵描きになりたかったのよ。」

「ええええええ?!!!」

「何、そんなに驚く事じゃ無いじゃない。」


驚いた。

絵描きになりたかっただなんて…。


「よく、ポンペイで遊びに行くとさ、いっぱいフレスコ画があって、私も真似して描いてたの。そしたら結構上手いからやってみたらって親戚の知り合いの棟梁に言われてね。」


アントニア様はウツボに首飾り、お父様のゲルマニクスはわざと平民の喋り方をして、クラウディウス叔父様は歴史の研究に没頭して、リウィッラ叔母様はフレスコ画の絵描きになりたかったなんて…。やっぱりこの家族は少し変わってる。


「ところが、フレスコ画の棟梁と喧嘩しちゃったの。」

「ええ?何でですか?!」

「透視図描いたから。そんなものは広告にはいらない!って。」

「透視図?何ですかそれ?」


リウィッラ叔母様は目をキョロっとさせている。


「あれ?アグリッピナは美術の話とかてんでダメな感じ?」

「はい。」

「透視図っていうのは、簡単に言うと、平面の絵に奥行きのある絵を描いた絵の事。」

「へー。」

「例えばね、ここの部屋あるでしょ?手前の天井の線と、奥の天井の線、長さが違って見える?」

「長さが…?」

「同じ場所から、親指と人差し指でそれぞれの線の長さをそれぞれ測ってご覧。」

「あああ!本当だ!違ってる!」

「これが奥行き。これを作り出す為に、一点から放射線状に線を書くの。その線にさっきの天井の線みたいに横線とか縦線とかを結びつけると透視図の出来上がり。」

「ヘェ~。」

「実際にやってみよっか?」

「はい!」


リウィッラ叔母様は、チョークを持ち出して、中庭の床に透視図を描き出した。上、右、左っと三つの点を書き、それぞれから線を引っ張ってきた。


「今から500年くらい前、ギリシャの演劇の舞台美術で、平面板を置いてその上に奥行きのある絵を描いたのが始まりなんだって。」


次第にその線に沿って色々な線を組み合わせて描いていく。絡み合った線の中には、円柱の支柱やらポルティコだったり。


「哲学者のアナクサゴラスとデモクリトスは、その透視図法に幾何学的理論を当てはめたらしいけれど、私が見たのは、アルキビアデスが自分の家に飾った透視図。これがとっても素敵な絵だったのよ。」


リウィッラ叔母様は話しながら、みるみるうちにユピテル大神殿を横から見上げたようなダイナミックな絵を描きあげた。


「どう?こんな感じ。」

「すっごい!!!本物みたい!」

「そうそれ。それがいけなかったのよ。」

「え?」

「ポンペイのフレスコ画の描かれた壁に奥行きのある絵を描いたら、みんな本物だって間違って通るだろって!棟梁がさ、怒ったのよ~。透視図くらい描かせろ!ってんだ~。」

「あはははは!」


それにしても、リウィッラ叔母様は意外な特技の持ち主だった事にびっくり。何気に透視図を作る時には角度の計算もしていたから、本当に計算が苦手なわけじゃないんだって思った。


「あら?誰かしら?」

「お客様ですか?」

「うーん、こんな時間に?」


それは、あの皇帝陛下の右腕であり、この間リウィッラ叔母様の唇を無理矢理奪ってたセイヤヌスの来訪だった。


続く

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