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紺青のユリ  作者: Josh Surface
第七章「狂母」乙女編 西暦20~21年 5~6歳
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第七章「狂母」第百六話

女神ユウェンタース。

それは最高神ユピテル、ユノ、ミネルワの3主神とならぶ、ローマにおける青春の女神。成年男子の保護神でもあり、少年の成人式には賽銭を奉るのが決まってる。カピトリヌス丘上にある「至上最高のユピテル神殿」の中にも、女神ユウェンタースの「社」がしっかり与えられ、その最高神ユピテルとは密接な関係として位置づけされている。


「ネロ・ユリウス・カエサル・ゲルマニクス…前へ。」

「はい。」


ローマでは、成年に達した男子が、それまでの子供服のトガ・プラエテックスタから、正式の成人服であるトガ・ウィリリスと替える。それまでの子供服は神々の名の下に燃やされ、ブルラは家の守護神であるラールを祭る寺院に納められる。ブルラを身体から外すのは、新たな女神ユウェンタースこそが、成人男性の保護神となるから。


「ネロ兄さん、やっぱり凛々しいな。」

「本当に…。あー。ドルススお兄様、見て見て!高慢ちきのリヴィアのやつ、目がハートになってヤンの!」

「ユリア…リヴィアさんの話をする時だけ、お前は口が悪くなるな…。」

「そう?だってリヴィア生意気でムカつくんだもん。」

「そうは言ってもお前より年上だろう?」

「あんな高慢ちきはガキンチョだよ!」

「あはは…。」


そのまま、成人式を迎えた長兄であるネロお兄様は、お母様を支援してくださる貴族元老院議員の根回しもあり、通常ならば二十人委員を経てからなるべき国家財政、国庫の管理を職務とした財務官であるクァエストル候補として、元老院に議席を与えられる事になった。この知らせを聞いた時のお母様は、歓喜あまって床にしゃがんで涙を流したほど。さらにそれだけではなく、同時に神祇官であるポンティフェクスにも任命され、父ゲルマニクスの遺児として異例の年齢で顕職を与えられた。つまり、お母様が毎日毎晩手塩に掛けて育てられた結果の賜物だった。


「お前達…。今、一番上のお兄様であるネロは、やっとローマの自由市民として、そして成人男性として、ローマ国家に携わる立派な男性になりました。お前達も、神君カエサル様や軍神アグリッパ様、勇者アントニウス様や初代皇帝アウグストゥス様の血を引く家族として、その名に恥ぬ立派な人物になる為に、常に精進を怠らぬように生きて行きなさい。油断こそが、お前達を蝕み、ローマの魔物へと己を陥れるのです。」


この時ばかりは、さすがにお母様を尊敬した。女手一つで、ここまで本当にネロお兄様を立派に育て上げたのだから。私達は正式の成人服であるトガ・ウィリリスを着られたお兄様に、素直に畏敬の念を抱かずにいられなかった。生真面目で、常にお守りのブルラをトゥニカへ胸元にしまうほど几帳面。真面目で優しいけど、結構凝り性の発明好きで、頼んでもいないのにその日の晩には新しいサンダルのソレラをこさえたり。


「兄さん…。」

「ドルスス。」

「エッへへ、新しいトガ、すっごく似合ってるよ。」

「ありがとう…。」


ネロお兄様はドルススお兄様の耳元で何かを囁いた。


「ドルスス、お前となら一緒にもっと便利に着れるトガを作れるよ。」

「うん!ネロ兄さんなら間違いない!」

「着るのに一時間以上掛かるなんて、不便だよね?」


ネロお兄様とドルススお兄様は笑っていた。ドルススお兄様が鼻水をずっと垂らしてた頃から、二人はしょっ中一緒に何かを作ったりしてた仲間なのだから。私は二人の兄弟としての友情が、これからも永遠であると、この時は信じて疑わなかった。


「ガイウス…。それとも、"カリグラ"様と呼んだ方がいいかな?」

「ネロ兄さん、恥ずかしいよ。身内にカリグラって呼ばれるのは好きじゃない。」

「そっか、そうだよな。お前は幼い頃から、ドルスス兄ちゃんやネロ兄ちゃんがなし得なかった事を出来たんだ。妹達を守れるのはお前の役目かもしれないな…。」

「妹達を?」

「ああ、お前はお兄ちゃんやドルスス兄ちゃんにはない、大胆不敵な勇敢さがあるんだ。そこはきっと誰よりもゲルマニクスお父様譲りさ。」

「ネロ兄さん…。」


カリグラ兄さんとネロお兄様は強く抱擁された。何気にネロお兄様は長男としてしっかりと兄妹を見つめているのかもしれない。


「ユリア…。」

「はい。」

「お前には言いたい事がいっぱいあるから、後ででもいいかい?」

「うん!」


そうすると、次女のドルシッラへ言葉を言葉を投げ掛けた。


「では、ドルシッラ。」

「はい、ネロお兄様。」

「お前の笑顔は、きっと誰しもを魅了する素敵に輝く宝石だよ。」

「ありがとう、ネロお兄様。」

「でも、時には悲しみも怒りも、兄妹には出していいんだからな。」

「はい…。」

「お前は、リウィッラの姉である前に、アグリッピナの妹なんだ。お前のお姉ちゃんは、小さい頃から家族の為に、自ら犠牲になってこのユリウス家の為に一人ローマに残ってくれたんだ。お前のお姉ちゃんアグリッピナがいなければ、僕達は一緒にいられなかったんだよ。」


ネロお兄様は私の事を初めてアグリッピナと呼んでくれた。成人式を迎えたからかもしれない。でも、それは一人の女性として認めてくれた事。ドルシッラの左手に必死にしがみつきながら、右手の親指をチューチューしている三女のリウィッラの番。


「リウィッラ?」

「ダー。ばう。」

「たはは…まだまだ分らないかな?」

「ダーネーロ。」

「?リウィッラ!もう一回言ってご覧!」

「ネーロー!」

「母さん!リウィッラが喋った!」


この時、初めてリウィッラはネロお兄様の名前を生意気にも呼び捨てにして話した。リウィッラは後から聞いてもすっかり覚えてないとかましたけど、私達家族は大喜びだった。三女のリウィッラは二歳になってもラテン語の一つも口にしないほど、無口で泣かない妹。ところがである。言葉を覚えると一番やかましく成長したのはリウィッラ。次女のドルシッラの語彙や装飾語を盗んだと言っても過言ではないほど、生意気にも成長していく。


「我が愛しの妹、アグリッピナ。まだ五歳でありながらも、これほどできた長女はいないだろうな。」

「ネロお兄様…。」


すると、お兄様は私の耳元で何かを囁いた。


「お前の気持ちも分かるけど、お母様に逆らっちゃダメだぞ。」

「ネロお兄様…私は、ただ!」

「ほら、そこ。」

「はい。」

「長女として、お母様の孤独な気持ちを理解できるのは、ゲルマニクス兄妹の中でも、お前だけだよ。」

「…。」

「お母様は、本当は一番仲良くなりたいのはお前なんだから…。」

「どうして?」

「頭の中で、お前の名前を口ずさめば分かるさ。」


私は三度自分の名前を呟いてみた。お母様と同じユリア・アグリッピナ。そっか…。


「お前が産まれた時、お兄ちゃんは9才だったから覚えてるよ。今の三女リウィッラのように何も言えないのに、お母様に抱かれると、誰よりも安心してケタケタ笑ってたっけ。」

「私が…?」

「ああ、お母様を独り占めしているお前を憎いとも思った事さえあるさ!アッハハハ。」


私の記憶に無い、けれど感覚で覚えているお母様に抱かれた私。絶対的な信頼の中で、あの三女のリウィッラを初めて私から抱かせてくれたお母様の母性が、身体からゆっくり伝わってくる。ああ、お母様…。どうして私は素直になれないのでしょうか?


「アグリッピナ。長女として、ドルシッラやリウィッラを守れるのはお前だけだ。それを忘れるな。」

「はい…。」


何度も自分は長女だって言い聞かせてきたのに、五歳にもなってまだまだ自分はお兄様達に甘えているんだって思った。きっとネロお兄様もそれを知ってわざと気付かせてくれたんだと思う。


「そして、来週からあたしがネロ様の奥方で、あんた達のお姉様になるから!ヨロシクね。」


おい!高慢ちきのリヴィア!

今は兄妹との大切な時間だろうが!ったく…。空気読めよ。こうして、「ついでに」ネロお兄様は高慢ちきのリヴィアとご結婚もされた。

はぁー…。


続く

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