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紺青のユリ  作者: Josh Surface
第七章「狂母」乙女編 西暦20~21年 5~6歳
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第七章「狂母」第百一話

《ピソの裁判》


この私、クラウディウスは、ピソの兄ゲルマニクス毒殺嫌疑に関する裁判の記帳をしている。二日間で窮地に追い込まれたピソは、最後の望みを捨て切れず、自分と共謀したセイヤヌスに脅しを掛ける。


「おい!セイヤヌス、待ってくれ!」

「何ですか?ピソ様。」

「一体どういう事なんだ?!話と違うではないか?!皇帝陛下からの恩恵は無く、貴族派からの後ろ盾も全くない。ましてはあの忌々しい平民共のうるさい声ときている!あははは…まさか、私はこのまま処刑されるわけではなかろうな?」

「さぁ…。」

「さ、さぁ?!貴様、それが目上の者に対する態度か?!」

「目上の者?立場でいえば貴方は格下のはずだ。それがこのような状況で不躾にもこの私に対して礼節を欠き、何をのたうちまわってる?!」

「クッ…。」

「あれ程醜態を晒し、間抜けにも証拠を処分しない老人へ、みすみす差し伸べる手などあるものか?先ずは己の愚かさを恥じるがいい!!」


だが、ピソも蛇の異名を持つ者。トカゲの異名を持つ若造から、己を蛇以下のトカゲの尻尾切りと扱われて黙っている男ではなかった。


「そうかい、それが貴様ら若造のやり方か…。ならば、こっちにも考えがある。あれらの証拠が私一人の一存だけで出されたとでも思うか?ゲルマニクスを疎ましく思っていたのは、私だけでなく貴様も同じだったはずだ。」

「何の…事だ?」

「セイヤヌス。お前は用心深い人間で有名だろうが、私はお前が指摘したように、あらゆる書簡を処分しない間抜けな老人でな。」

「?!」

「それだけではない。私がローマへ帰還した日に開かれたクラウディウス氏族による祝宴にて、貴様は一体誰と戯れていたんだ?!」

「ピソ!?」

「皇帝陛下のケツの穴だけでは飽き足らず、今度は皇帝陛下の実の息子の嫁リウィッラの唇を奪うとはな。お前は私の友であればこそ見逃してやったものを…。」

「何が望みだ?!」

「このまま貴様が非情に徹するならば、六日後の法廷ではその書簡及び貴様の悪行に関する証言を法廷に持ち込むつもりだ。それが公になれば、貴様も平気なツラをしていられないはずだ。だが、私の待遇を考慮してくれるのであるならば、書簡及び証言の辿るべき道を、セイヤヌス、貴様へ譲るのもやぶさかではないぞ。」

「分かった…。暴動を制圧し、再びここで会おう。その時に詳細を。」

「フフフ、お前は実に賢い若い世代だ。」


だが、ピソは六日間を待たずして、自らの喉を掻き切って自決した。セイヤヌスの話を信じればの話であるが、理由としては民衆の圧力に耐え切れず、また嫌疑を掛けられた自分の家族の保護も求めてという事であった。しかし、私が数年後調べた結果によれば、ピソの傷口はどう見ても不自然であったとの事。ここ、ローマでは神君カエサルさえも暗殺されたのだ。ピソが自決でない可能性は多いにあり、粛清があっても不思議ではない。


「原告側は、被告側へ以下の処罰を要求します!」


ピソの自決を経てもなお、被告の原告ゲルマニクスに対する殺害容疑の裁判は続けられ、原告側は故人である被告ピソへ「記憶の抹消刑」であるダムナティオ・メモリアエを求めた。「記憶の抹消刑」とはその名の通り、その者の記憶及び記録、生きた証の存在自体をローマの歴史から抹消することであり、社会的な名誉を重んじるローマ人にとっては最も厳しい罰である。そしてピソの家族にも処刑を求めていた。皇族派の元老院議員達もほぼ、原告側の意見に賛同していた。


「ここまで提示されれば致し方ないだろう。」

「原告側は申し分無い仕事をしたのは疑う余地は無い。」

「彼らは悪感情を押し殺し、ティベリウス皇帝陛下が開廷前に示唆したとおり、冷静に公正に務めていたのだからな。」


元老院法廷では判決に先立って指導的な議員の意見を尋ねる。評決の前に最初に意見を述べたのが今年の執政官のバルバトゥスとメッサリヌスだ。しかし、ティベリウス皇帝は評決前にさいし、判決に干渉してきたのであった。


「どうであろうか?執政官のバルバトゥスとメッサリヌス殿達よ。ゲルマニクスは命を失い、その容疑を疑われたピソも自ら家族を守る為に命を絶った。その上、嫌疑が掛けられていたといえども、ピソもまた故人である。故人からその命ばかりか名誉までも奪う必要性があるのであろうか?また、原告被告双方ともに、証拠不十分の向きも否めない。よってピソの残された家族の処罰についても、これ以上、ローマ人の血を流す事は恥のなにものでもないだろうか?」


ティベリウス皇帝陛下の正論は、いちいち最もであった。ピソも己の命を持って家族の身を案じたということで「記憶の抹消刑」は回避され、その息子もその身を守られ、ピソの妻プランキーナにいたっては、大母后「アウグスタ」の権威に保護され無罪となった。


「これにて、本法廷は閉廷とする!」


ティベリウス皇帝の均等を図った判決への干渉は、多少なりとも原告側では不服を申し立てるものもいた。しかし、やはりピソの自決という事実がぶら下がっている建前では、控訴も困難と判断し、原告側もこれで十分と判断した。一方、民衆は最もシンプルな反応であった。ピソが自決したことによって、ゲルマニクスの無念は晴らせたと大喝采で、中には泣きだして喜んでいた者までいた。


「クラウディウスさん、これで一応の結果が出た事になりますね。」

「ドルスッス様も、本当にお辛い立場でありながら、よくぞ抑制を貫き通されました。」

「ピソは我が師でもありました。だが、ゲルマニクスもまた、我が友。一筋縄では行かない気持ちが何度もよぎります。」

「でしょうね…。」

「クラウディウスさん、浮かない顔してどうしたんです?やはり…ピソの自決にはきな臭いものを感じますか?」

「ええ、二日目のピソの様子から、どうしても自決を図る様には思えなかったのです。彼は確かに追い詰められてはいました。また、身内からも掌を返されたような状況に陥りました。しかし、狼狽えながらもあれ程生に執着するほど、自尊心の強い貴方の師が、家族を守る為に命を絶ったなどと到底信じられないのです。」

「それには、父上の評決前の干渉もあったからでしょうか?」

「あまりにもバランスが良すぎるのです。バランスが…。ですから後味が悪く感じます。」

「果たして、これからどうなって行くのでしょうか?クラウディウスさん。」

「本当ですね、ドルスッス様…。」


ローマ市内が喜びに包まれ、新たに兄ゲルマニクスの神話が増幅されていく瞬間である。それに便乗した原告側の貴族が、兄の銅像を神殿へ設けることを皇帝へ進言するが、それらの提案は速やかに却下される。あくまでもティベリウス皇帝陛下は、法の下ではピソもゲルマニクスも平等であるというスタンスを崩す気はないのである。さて、兄の妻であるウィプサニアはどんな反応をするのだろうか?彼女に便乗して支援を申し出ていた、クラウディウス氏族に対する共和政支持者の貴族達も、彼らの今後の動向も気になる。兄はローマにて神格化されたのかもしれないが、残された我々家族は、やらなければいけない事柄や思いもよらぬ人間達に翻弄されていくのかもしれない。 クラウディウス著 自宅の寝室にて。


という事であった。

私も覚えているのは、民衆のお父様や私達家族に対する熱狂的な声。ピソがこんな経緯を経て自決したなどと知らなかった事もある。ただ、外や他所の血相とは別に、お母様のあまりにも物静かな佇まいが、不気味な雰囲気と存在感を出していたのは覚えている。まるで、嵐の前の静けさのように…。


続く

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