表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紺青のユリ  作者: Josh Surface
第七章「狂母」乙女編 西暦20~21年 5~6歳
100/300

第七章「狂母」第百話

《ピソの裁判》


この私、クラウディウスは、ピソの兄ゲルマニクス毒殺嫌疑に関する裁判の記帳をしている。元老院裁判が、法律という名の脚本に基づいた劇ならば、法廷はまさに舞台といえよう。では二日間の被告ピソは、この舞台劇ではどのような役者だったのだろうか?己の権威に慢心し、セリフを忘れて追い詰められ、焦りの中で四方八方へ噛み付く事しか脳の無い蛇である。


「断じてありない!何故ゲルマニクスのエジプト入国を私が止めなかった事で、私が奴に殺意があったと変わるのだ!?慢心していたのはゲルマニクスの方であろう?!ローマへ刃を向けるために、エジプトへ入国したに決まっている!」

「では、原告ゲルマニクスは何故エジプトから再びシリアへ戻ったのでしょうか?」

「え?」

「もしも、ローマへ刃を向けるつもりならば、貴方が原告へ抑止力となれるはず。ところが原告はギリシャの衣服に身を包んで家族と健やかな時間を過ごすだけ。一方、貴方はローマの危機と知りながらも何も策を打たず、むしろシリアで、原告の指令した命令の撤回を強制的に行っています。」

「そ、それは!ゲルマニクスがシリアに不在だったから状況に応じた変更であったのだ!」

「ならば、何故、原告ゲルマニクスがローマへ刃を向ける為にエジプトへ入国した理屈が生まれてくるのでしょうか?事実、原告はシリアに戻り、再度被告のあなたによって撤回された命令を再発令し、ローマへ刃を向けるどころか、二つの国を属州へ編入させている。これでもまだ、原告のゲルマニクスが国家反逆の意思があったと主張されるのですか?」

「!!!!…。」


さらに、彼の身を包む布から叩かれたものは、ピソのローマに対する忠義ある誇りではなく、ピソのローマへ晒した醜態という名の埃であった。彼は兄の軍に自分へ寝返るように買収までもしており、属州の民が働いた悪事を無放置状態にさせ、さらに兄の死を知るや、妻のプランキーナと共に感謝祭と生贄を捧げる犠牲式まで行っていたという。これにはさすがの皇族派元老院議員達でも、呆れたようなため息を辺りに蔓延させた。原告側は、これらの動かぬ証拠を、丹念に一つ一つ提示しては、的確に窮地の崖へとこの蛇を追い込んで行く。


「これらの証拠を併せても、被告が作為ある理由で原告側を陥れようとした事実は明確であります!」

「待ってくれ!こんなのは原告側のでっち上げだ!!大体、この短期間の間に何故これら全てを集められるというのだ?!」

「はい?今、何と仰いましたか?」

「え、これら全てを短期間に集められるのかと…。」

「"これら全てを"…。と、今仰いましたね?」

「え?」

「何故、貴方は一目見ただけで、"これら全て"と認識できるのでしょうか?」

「?!」

「つまり、これら全ての動かぬ証拠を、以前から認識していたという事の表れであります。」

「違う!嘘だ!私はこんなものは一切知らん!!」


醜態を晒すピソがいる一方で、そういった意味では、ウィプサニアがこの舞台に一切姿を表さない事は、世界中の悲劇を一人で抱える哀母という演出は効果的であった。主役不在の舞台劇の中で、不在故の存在感を誰もが雄弁に物語ってくれるからである。


「これにより、原告であるゲルマニクス殿の妻であるウィプサニアと、残された家族、及び実の母親であるアントニア様の心情を察すれば、計り知れない悲しみに苦しまれている事は、誰の目から見ても明白な事実。それでもなお、被告は罪の言い逃れをしようと醜態をさらけ出し、ローマ人としてはこの上醜い生き様としか思えない。」


二日目においては、ピソの妻であるプランキーナも、次第に彼から距離を置きはじめる。プランキーナは飛蚊の如く狙いを変え、古い付き合いでもあった大母后リウィア様の恩恵を盾に、己に集中した毒殺の嫌疑の罪も全て夫一人の企ててあった事と証言し始める。さらに、息子達や彼の幕僚達も、ピソ一人だけに罪を重ねようと別の弁護人を立ててきた。どうやら役者では、ピソよりも一枚も二枚も上だったらしい。身内の寝返りは、例えローマ市民や元老院議員内からの屈辱には耐えられてきたピソであっても、相当に堪えた流れであったろう。


「それでもなお、貴方には殺意が無かったと言えるのでしょうか?」

「何度も言わせるな!殺意など無い…。少なくとも、食事の席でゲルマニクスだけに毒を盛る事などは不可能であった。なぁ?プランキーナ?そうであったろう?!」

「…。」

「何故だ?何故答えてくれぬ?!そうだ!使用人だ!シリアの奴隷達だ!あいつらに聞けば…。」

「貴方は、ローマ自由市民でもない、しかも属州の現地で調達した奴隷の証言を盾に、このローマ国家へ無実を証明するおつもりですか?」

「?!」


ピソは度々旧知の友であるティベリウスにも、減刑を訴えるような目で懇願した。だが、裁判長を務めるティベリウスが開廷前に述べた通り、彼は法の元では誰もが平等である姿勢を崩さず、眉一つ動かさなかった。


「それが…旧知の友である私への仕打ちなのか?」

「…。」

「答えてくれ!何故だ?!何故、私だけがこうして苦境にさらされなければいけないのだ?!ティベリウス、お前は我が戦友では無かったのか?!」

「…。」


外の群衆はますます孤立無援に追い込まれたピソへ、更なる追い討ちを掛けるかのように、彼の銅像をなぎ倒し、処罰に値する人間を処刑する広場まで引きずり持っていった。軍人ならば腹を決めろ!と言わんばかりに、兄ゲルマニクスを殺したピソを、決して許さない意思の表明であった。


「セイヤヌス。」

「はい、皇帝陛下。」

「外の騒ぎを鎮めてきなさい。」

「はっ!」


民衆の暴動になりかねない状況をセイヤヌスが制圧する為、裁判は六日間、休廷とする事となった。自分の旧知の友、妻、息子達、そして取り巻き達、彼ら全てに掌を返されたピソは、最後の手段としてセイヤヌスへ脅しを掛ける。これが彼の命運を分けたのかもしれない。


続く

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ