第一章「私」第一話
ここに、『紺青のユリ』という名の回想録がある。
著者は、古代ローマ皇帝ネロの母親であり、そのネロによって亡き者とされた、ユリア・アグリッピナその人である。
この本は、今までたった一人の人物にしか触れられなかった、世界最古の女性による回想録だそうだ。 昨夜、私はこの本を読み終えた。 遥か彼方の国、それも遠い昔の話であるにも関わらず、心から彼女の辿った生き方に恋をしてしまった。今夜、私はこの本を皆さんに、そのままお伝えしようと思います。
コーヒーカップや紅茶を片手に、いや、ワイングラスを片手にでも、いやはやバーボンでもウィスキーでも構わないかな?この彼女自身の素直な回想録を、優雅なひと時の中で、くつろぎながら愉しんで欲しいです。
さて、今回この回想録を発表するにあたり、協力してくれた世界中の友人達へ、この場を借りて、心から感謝の言葉を述べさせて頂きたいと思います。
まずはイタリアに住むジョルジョ・チェリくん。君の緻密なまでの分析と探究心が無ければ、本日こうやって実を結べなかったと思う、ありがとう!次に、彼の同僚である古代文書研究家のアドルフォ・ナポリターノくん。クラウディウス文字で書かれたこの回想録を、最後まで諦めずに解読してくれたこと、本当に喜ばしい限りです!ギリシャに住む女性心理学者であり、古代ローマ研究家のイレーネ・バルツァさん。貴女の女性らしい観点と感性、それを上回る情熱無くしては、きっと、これ程まで素晴らしい回想録はできなかったでしょう!そして、スロベニアに住むラテン語と日本語にも堪能なフーゴ・シュテファンくん。君の実にわかりやすい翻訳が無ければ、私はきっと人生の半分を損していたに違いありません。ありがとう!
その他、多くの手伝って頂いた世界中の友人達に、最後まで付き合って頂いたこと、心から感謝します。
本当に、本当に、ありがとう!
では、そろそろ、この『紺青のユリ』の表紙を、貴方と共にめくることにしましょう。
西暦2011年01月31日 月曜日
Josh Surface
第一章 「私」第一話
それは、百合の雫が教えてくれるのだから、目を閉じる事よりも目を開く事のほうが、きっと容易いのかもしれない。 一番最初の想い出として、私の記憶の中に残っているのは、優しい陽の光を浴びた大草原。 何歳の頃かは正確に憶えていない。けれど、その場所はきっと、私が生まれたゲルマニア州のオッピドゥム・ウビオルム(現在のケルン)にある何処かだと思う。お昼寝から起きた私は、目を擦りながら眺めてた。
遠くの方でお父様とお母様、そして三人のお兄様達が、ポツンポツンと、のどかにそれぞれ散歩していた。生まれたばかりの妹は、私の隣で幸せを一人占めするように、安心してスヤスヤ寝ている。 お兄様やお母様の話によると、小さい頃の私は、寝起きは常に泣いていたそうだ。とにかく不安を泣き声で訴えてたそうで、両親があやしにこなければ、泣き止む事はなかったらしい。
でも、なんでだろう?
その時の私は、不思議と不安じゃなかった。とても落ち着いてて、ずっとずっと両親と兄弟の姿を眺めていた。時折、プクプクした短い自分の足を、クロスさせたり、足の指を触ったり。そばにある草を、自分の指で遊んだりしたけど。でも、やっぱり遠くにいるみんなを眺めていた。
感触は今でも残っている。
冷んやりと柔らかい土と、青々しく茂っている草の茎。そばにあったいい匂いの百合の花に、澄み切った瑞々しい空気。遠くの方まで誘われる青色の空と、それらを小魚が渡るように流れる雲。
そしてその記憶は、百合の雫を一滴浴びた妹が目を覚まし、キャッキャと笑ってる所でいつも終わる。
後々、お母様にも三人のお兄様にも尋ねた事があったが、(妹はさすがに赤ん坊すぎて憶えてないだろうけど。)みんな口を揃えて憶えていないと言う。
これが私の最初の記憶で、大切な大切な想い出。
続く
【ユリウス家】
<ユリア・アグリッピナ(15年-59年)>
主人公。後の暴君皇帝ネロの母。
<ゲルマニクス(紀元前15年-19年)年の差+30歳年上>
アグリッピナの父
<ウィプサニア(紀元前14年-33年)年の差+29歳年上>
アグリッピナの母
<長男ネロ(6年-31年)年の差+9歳年上>
アグリッピナから見て、一番上の兄
<次男ドルスス(7年-33年)年の差+8歳年上>
アグリッピナから見て、二番目の兄
<三男ガイウス=カリグラ(12年-41年)年の差+3歳年上>
アグリッピナから見て、三番目の兄
<次女ドルシッラ(16年-38年)年の差-1歳年下>
アグリッピナから見て、一番目の妹
<三女リウィッラ(18年-42年)年の差-3歳年下>
アグリッピナから見て、二番目の妹
【アントニウス家系 父方】
<アントニア(紀元前36年-37年)年の差+51歳年上>
アグリッピナから見て、父方の祖母
<リウィッラ・ユリア(紀元前13年-31年)年の差+28歳年上>
アグリッピナから見て、父方の叔母
<クラウディウス(紀元前10年-54年)年の差+25歳年上>
アグリッピナから見て、父方の叔父
【アントニウス家系の解放奴隷、使用人および奴隷】
<ナルキッスス(1年-54年)年の差+14歳年上>
父方の祖母アントニア及びクラウディウスの解放奴隷
<パッラス(1年-63年)年の差+14歳年上>
父方の祖母アントニア及びクラウディウスの解放奴隷
<フェリックス(12年-62年)年の差+3歳年上>
父方の祖母アントニア及びクラウディウスの解放奴隷
<アクィリア(17年-19年)年の差-2歳年下>
父方の祖母アントニアの解放奴隷
<シッラ(紀元前15年-60年)年の差+30歳年上>
父方の祖母アントニアの解放奴隷
<リッラ(紀元前15年-59年)年の差+30歳年上>
父方の祖母アントニアの解放奴隷
<クッルス(紀元前15年-59年)年の差+30歳年上>
父ゲルマニクスの親友
<セリウス(紀元前15年-60年)年の差+30歳年上>
父ゲルマニクスの親友
<セルテス(紀元前12年-63年)年の差+27歳年上>
父方の祖母アントニアの解放奴隷
<ぺロ(17年-30年)年の差-2歳年下>
父方の祖母アントニアの飼い犬
【クラウディウス氏族】
<リウィア大母后(紀元前58年-29年)年の差+73歳年上>
アグリッピナから見て、父方祖父の母親。初代皇帝アウグストゥスの後妻
<ティベリウス皇帝(紀元前42年-37年)年の差+57歳年上>
アグリッピナから見て、父方祖父の兄弟。初代皇帝アウグストゥスの養子、リウィア大母后の長男
<ドルスッス(紀元前14年-23年)年の差+29歳年上>
アグリッピナから見て、父方祖父の兄弟の息子。二代目皇帝ティベリウスの長男
【ティベリウス皇帝 関係】
<セイヤヌス(紀元前20年–31年)年の差+35歳年上>
二代目皇帝ティベリウスの右腕。親衛隊長官
<ピソ(紀元前44年-20年)年の差+59歳年上>
二代目皇帝ティベリウスの親友。シリア属州の総督。