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妖怪村一丁目のハロウィーン


 マリアは本から顔を上げた。鼻の頭には活字のインクがこびりついていて、背中までのふわふわ赤茶の髪はいつも通りに絡まっている。それでもはしばみ色の瞳は大きく開いて輝いていた。

 何か、いたずらを考えたときの輝きだった。



 大きく黒いとんがり帽子を揺らし、マリアが叫びながら走ってくる。ふわふわの赤毛が光を反射して輝いている。

「リック!聞いて!いいこと思いついたわ!」

「俺にはよくない言葉しか聞こえてこないよ」

 ハンモックで昼寝をしていたリックは尻尾をふさりと揺すると、身体を反転させた。ひらりと地面へ着地する。マリアが来たので寝ることを諦めたのだ。

 マリアの思いつきはリックを巻き込んでいつも騒動を起こす。ため息を吐くと、リックは口を開いた。

「小さいマリア、今度は何を思いついたんだ?」

「ちょっと、わたしはもう16歳よ!それにおばあ様は昨年長老になったんだから、もう“小さい”マリアじゃないわ」

 マリアはハムスターのように頬を膨らませる。

 リックからしてみれば小さいころから面倒を見てきたし、自分の肩にも背が届かないマリアは今でも“小さい”ことに変わりは無い。それを言っても更に怒らせるだけなので心に留めておいた。

「では偉大な魔女マリア様、何を思いついたんでいらっしゃいますか」

 面倒を見てきただけあって、マリアの扱い方は心得ている。案の定気分を良くしたマリアは鼻息一つ吐くと尊大に言った。

「教えて差し上げてもよろしくてよ」

「最初に聞いてっていったのはマリアじゃないか」

「なにか言った!?」

 思わず呟くとギロリと睨まれた。両の手を顔の位置まで上げて降参の意を示す。

 偉そうに一つ頷いてマリアは笑い、インクのついた鼻を高くした。

「ハロウィーンパーティーをやるのよ」



 ここは妖怪村一丁目。人里離れた森の奥。

 今日も今日とて、長老の孫マリアの思いつきで一丁目は騒がしかった。

 大工でキメラのドロイはのみでカボチャを削り、ラミアのネヤはお菓子の材料になる木の実を集めている。あとで妖精のチチェたちとたくさんのパイを作るそうだ。

  急にお祭りをやるとなっても誰も反対はしない。マリアには昔から巻き込まれているし、どうせ長老命令になるだろう。だが、なにより皆楽しいことが好きなのだ。

 皆が慌しく動き回るのを長老の家から見下ろして、魔女マリアは満足そうに頷いた。

「みんな楽しそうね。提案してよかったわ」

 その様子に柱に寄りかかって見ていた狼男のリックがため息を吐く。

「一体なんだって人間の祭りを妖怪たちがやらなきゃならないんだ」

「あら、楽しければなんだっていいじゃない。今じゃ人間たちだって起源を忘れてるわ」

 そういって、ドアへ歩いていく。柱の木の出っ張りに自慢のとんがり帽子を掛けると、マリアはゴムで髪の毛をまとめた。

「リックは広場の手伝いをしてあげなさい。わたしはとっておきのハーブキャンディーを作ってくるから、キッチンには入ってこないでね」

 以前料理中にキッチンに入って、料理に毛が入ると怒られたリックは素直に首肯した。素直でよろしいとマリアも頷く。

「とっても美味しく作るから、楽しみに待っててね。リックも設営楽しんで!」

 笑顔で手を振るマリアにリックも少し口角を上げた。そして開けっ放しの窓から身を落とした。

「まったく、玄関から出られないのかしら」

 いつものことだ、怒る気はしないが文句も言いたくなる。準備に加わる後姿を眺めて、マリアも袖をまくった。

「ようし、頑張るぞ!」



 ぱちぱちと木が爆ぜる。広場の中央には組み木が置かれ、巨大なキャンプファイヤーが燃え盛っていた。その周りで妖怪たちが踊っている。子供たちは大人たちにお菓子をせびっていた。

 すこし広場から離れた場所に、リックとマリアは立っていた。その周りにも子供が集まっている。

「ハロウィーンてこんな祭りだったか…?ほら、ター坊」

 リックはミノタウロスの子供タトルに菓子を放る。タトルはありがとうと叫んで次の大人へと駆けていった。

「みんなが楽しければなんだっていいんだってば。はい、トージ。ハッピーハロウィーン」

「マリアありがとう!ハッピーハロウィーン」

 マリアのハーブキャンディを嬉しそうに手で包んで河童の子は広場へ向かっていった。

 子供全員に菓子を配ると、やっと二人の周りは静かになった。リックはさも疲れたというようにため息を吐く。なんだかんだ言っても子供に好かれているし、手伝ってくれる狼男にマリアは笑う。

「わたしたちも広場へ行きましょうよ。お昼から何も食べていないでしょ」

 マリアが歩き出すと、リックはもたれかかっていた木から背を離した。するとマリアから何かが投げられた。片手でキャッチすると特製ハーブキャンディだった。

「大きい狼男さんにも差し上げるわ!ハッピーハロウィーン」

 目を向けると、とんがり帽子が広場へ駆けていく。それを追いかけながら、リックはキャンディを口へ放り込んだ。甘さの中にほんのり苦味があり、ハーブの香りが心地良い。思わず浮かんだ笑顔には気がつかなかった。

 


 子供達が家へ帰るころ、大人たちは更に盛り上がっていた。長老の秘伝果実酒が皆に振舞われているせいでもある。

 秘伝酒を舐めながら、出来上がった皆を眺め長老は本当に見えているのかわからない目を更に細めた。リックは長老に近づいた。

「おばば、俺の分はまだあるか」

「おや、ルー坊。まだまだたんまりあるよ、心配されなさんな」

「いい加減ルー坊はやめろよな。もう成人しているんだからよ」

「何を言う、成人したのなんさついこの間だろ。おまえなんぞまだまだルー坊で十分さ」

 手近な杯に果実酒を注ぎ、リックに手渡す。この長老だけはまだまだリックを子供扱いする。それに嘆息して、杯を舐めた。その様子を横目で眺め、長老は首をかしげた。

「はて、マリアはどうしたね。一緒かと思っておったが」

 リックは答えず広場の先、森の入り口を指した。そこには闇に紛れそうになる赤茶髪の少女がいた。その向こうには二丁目の屋敷に住む吸血鬼サウラが立っている。

「また言い寄られておるのか。サウラ坊も懲りないやつさね」

 ひっひっひと魔女に似合いの笑い方をする。狼男は笑わない。ただ無表情で酒を舐め、二人の様子を眺めている。

「のう、ルー坊」

 ふと声音の変わった長老にリックは目を向ける。枯れているが頭の隅まで染み渡るような声。子供の頃、マリアを泣かせたときは必ずこの声で諭されていたなとふと思い出した。

「わしはな、村の幸せを願っておる。村人の幸せを願っておる。マリアの幸せを願っておる。そして、おまえの幸せを願っておるよ」

 狼男は酒を一口舐め、何も言わず立ち上がった。だが満足そうに長老は笑った。駆け足で広場を横切るリックを嬉しそうに眺める。

「あと一杯だけ残しておいてやろう」

 呟いて、呑みかけの杯に注ぎ足した。



「だから、しつこいって言ってるの。そんな長い耳をしているのに聞こえないの?」

 マリアが捲くし立てる。それすらも流して、サウラは笑みを深くした。

「怒っている君も可愛いね、マリア。燃えるような髪が今日も素敵だよ」

「あんたのそういうところも嫌い。デートなんて行かないから、とっとと帰ってよ」

 寒い言葉にマリアの肌が粟立った。腕をさすって後ろへ一歩引くと、サウラの手が伸びた。肩をつかまれる。それを払おうとすると、サウラが微笑んだ。

「おっと、危ない。後ろにヘビがいるよ」

「へ、ヘビ!?」

 マリアの体が硬直する。ヘビはマリアの天敵だ。小さいころ襲われて以来、言葉を聞くだけでダメだ。ラミア族などの妖怪は大丈夫なのに、野生のヘビは見るだけで体が竦んで動けなくなる。

 動けないマリアにサウラが一歩近づいた。軽く抱きしめて背をさすってやる。

「大丈夫、森の奥に逃げて行ったよ。僕がいるから安心して」

 ヘビが去っていったと聞いてマリアの体から力が抜ける。サウラの手で頬を包まれ、顔を上げられた。目尻に溜まっていた涙を拭われ、髪を撫でられる。サウラのエメラルド色の目に自分の顔が映る。わたしってこんな顔してたかな。ふと思った。だんだん大きくなる瞳の中の自分が驚いていた。


「マリア!」


 ザッと草をける音がして、リックの声が聞こえた。その声の方向に顔を向ける。幼馴染の狼男が肩で息をしている。

「リック!何かあったの」

 こんなに取り乱している幼馴染を見ることは最近なくなっていた。それに驚き、村の方で何か騒ぎが起きたのかとマリアは問いかけた。リックは憮然とした顔をしている。

 耳のそばでくすりと息が漏れた。それがくすぐったくて思わず肩を竦める。

「今日はここまでかな。また誘いに来るね、お姫様」

 耳元でサウラがそう囁いた。背筋が粟立って思わず目を閉じたとき、頬に柔らかい感触がした。それが何かと考える前に横に引っ張られる。今度は温かい毛皮の中にいた。見上げると狼男は不機嫌な顔でサウラを見下ろしていた。

「じゃあ、リックもまたね」

 毛皮の主は答えず一つ息をこぼした。それに満足そうに笑い、サウラはマントを翻して姿を消した。

 呆気にとられサウラがいなくなった空間を見つめているマリアの頬を、リックは強く擦る。

「ちょっと、痛いわ」

 思わず抗議すると、リックはため息を吐いた。抱きかかえていた手を離し、マリアを自由にする。

「リックが来てくれて助かっちゃった。サウラったらしつこいんだもの。でも、皆に何かあったの?」

「いや、特に」

 歯切れの悪いリックにマリアは首をかしげる。確かに、火の周りでは皆が楽しそうに談笑している。何か問題があったわけではなさそうだ。

「…おばばが、そろそろ寝る時間だと」

「あら、おばあ様ったらまだわたしを子ども扱いするのね!」

「孫だからだろ」

 もっともなことを言われ、マリアは口を噤む。リックがマリアの家へ身体を向けたので、渋々ついていくことにした。

「ああ、楽しかった!」

「そうだな」

「もっと遊びたいのにな」

「…成人したらな」

「そしたらリックとお酒も飲めるわね」

「少しにしておけよ」

 他愛も無い話をしながら家への帰路を進む。家が見えた所でマリアはふと思い出した。

「リック」

 足を止めると、狼男が振り向いた。続きを求めるように見下ろす。

 そんなリックにマリアは手を差し出した。

「トリック・オア・トリート!」

「は?」

「お菓子かいたずらよ。お菓子持ってないの?」

「おまえは子供か」

「まだ未成年ですもの」

 いきなり子供に戻ったマリアにリックは嘆息した。手を広げて持ち物が無いことを示す。

「持ってないよ。チビたちに全部やっちまった」

「じゃあいたずらね」

 マリアの目がきらりと輝く。リックに向けて飛び込んできた。軽い身体を抱きとめると、頬に軽い感触がした。

「びっくりした?」

 思わず硬直したリックに、マリアは意地悪く笑う。

「また明日ね、おやすみ」

 止まったままのリックをすり抜けてマリアは家へ走る。

 二人の頬を広場の火が照らしていた。



「おや、ルー坊。マリアは帰ったのかい」

 長老は隣に座った狼男に声をかける。

 それには先ほどまで飲んでいた杯を傾ける狼男に、長老は意地悪い笑いを向けた。

 その頬は、深い毛に覆われているがほんのり赤く色づいている。酒のせいか、それとも。

 偉大な魔女はひっひっひと似合いの笑いをこぼして、狼男が差し出す空の杯に軽くなった酒壷を傾けた。

 まだ祭りは終わらない。




 ここは妖怪村一丁目。人里離れた森の奥。

 魔女のマリアと狼男のリックが巻き起こす騒動だらけの毎日。

 気に入ったなら寄ってらっしゃい見てらっしゃい。

 なんなら越していらっしゃい。

 きっと退屈しないで一生過ごせるだろうよ。

 一生?ええ、死ぬまで、一生。

 語り部はそろそろお暇しましょう。

 それでは、今宵も楽しんで。

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