【SS】玉砕
一.
俺は宇宙人だ。
この星の人間との差異は双眸に加えて退化した眼が額にあることと、眼球が宝石で組成されていることくらい。つまり、注意深く見なければ地球人と見分けがつかない。
閑話休題、俺は『駅』というものを右顧左眄、右往左往しながら探していた。
街路樹が冷たい風に吹かれて騒めく。
道路を行き交う自動車は星を汚しながらエンジンを噴かす。どこかの中華料理店から香ばしい香りがもくもくと油まみれの換気扇から漂ってくる。そして前後から押し寄せてくる波。
そのような情景の中で特に目につくのは知らぬ顔をして俺を素通りしていく人々の宙のように冷たい瞳だった。
どうやら地球人の思考回路には優しさというものは取り付けられていないらしい。皆、擦り切れて偽善さえ失っている。
俺は仕方なく、街を当てもなく流浪する。
この星では春と呼ばれているものがどうやら来ているらしいのだが、まだ手先は冷える。俺はポッケに手を入れ込み、かつかつと靴でリズムを刻みつつ歩く。
「あ、あの……」
後ろから呼び止められた。女声だった。
二.
振り向くとそこには目鼻立のいい艶やかな黒髪の女が立っていた。薄墨色のデニムに桜色のオーバーサイズのニットを着用しているその姿は俺には眩しかった。特に瞳はとても澄んでいて、俺のよりも宝石という言葉に相応しい。
「私に何か用でしょうか」
俺は恭しく言った。
「もし違うなら申し訳ないのですが、道に迷っていませんか?」
彼女も俺に調子を合わせて丁寧に問うた。
どうやらこの女はこんな宇宙人に助け舟を出してくれるらしい。
「ええ、駅というやつに行きたいのですが生憎地球に来てまだ日が浅いもので、地図の見方がわからないんですよ」
俺はうっかりと失言した。しばらく、雑踏音を聴いていた。空気が凍てつく。車のクラクションがあたかも街全体に響いているように思えた。
しかし、その沈黙を彼女が崩した。行き合いの女はくすりと笑っていた。どうやら失笑してしまったらしい。
「出会ってすぐなのに……面白いこといいますね…。宇宙人じゃあないんだから……」
彼女は笑いを堪えながらしかし笑いを言葉に滲ませる。
「あ、駅ですね。駅はこっちをまっすぐ行って突き当たりを右に曲がってもらえれば見えると思います」
彼女は気持ちを切り替え、俺の後ろの方を指さしてそう言った。なるほど、俺は逆を行っていたらしい。
俺が軽くお辞儀して、踵を返そうとすると、彼女は慌てて引き止める。
「ここで会ったのも何かの縁ですし。名前、訊いてもいいですか?」
前屈みになって俺の目を見つめる。髪が艶かしく輝く。その目は俺を見透かすようだった。
「ノドン・スフェ」
俺は無視するつもりだったのに、そう口走った。偽名を名乗るでもなく、本名を言った。
それを聞いて彼女はさらに興味深そうに俺を見つめる。地球人と言うやつは好奇心が旺盛なのか?
「ノドン、ノドンさん。へぇ、外国の方だったんだ。日本語お上手です。ほんとですよ、お世辞とかではなく。」
しばらく彼女は俺をよくわからない言葉でおそらくは褒め続けてきた。そして、彼女は思い出したかのように手を叩く
「あ、私の名前ですよね。狭山真帆って言います」
彼女はそう言うと俺に微笑み手を振り、群衆の中に消えていった。
俺は何度も何度も『サヤママホ』という言葉を口に出して反芻する。
サヤママホ、サヤママホ……。
うむ、不思議な響きだ。
風が前から吹きつけてきた。寒さはあまり感じなかった。むしろ、暖かかった。こんなどこか暖かくて、甘い匂いのする風を春風と呼ぶのだろう。
俺はそれを知った。
三.
彼女から道を教わったあの日から、俺は度々あの道を意味もなく闊歩する。ゆっくりと歩くことで通行人の顔をまじまじと見ることができるからだ。
あいつも違うこいつも違う。記憶を辿っていつも彼女を探す。恩人、サヤママホを。
俺は彼女がこの辺りにいるかなんてわからない、なんならサヤママホは旅人で同じ立場だと推測された俺を助けたにすぎないのかもしれないと、自身を冷笑した。しかし、何事も行動から結果は生まれるのだと己を鼓舞した。
そうして無為な時間を過ごしていた。しかし、こうした時間こそが地球を調べる上で大切なのだ。
……本性とは無駄な時間にこそ現れるのだから。
深呼吸をしてみた。都市部の空気は不味い。地球人の感覚に合わせていうならばタバコというものが垂れ流す副流煙を無理矢理吸わされるような気分だ。
俺は不快さを紛らわせるべく歩道を打ち鳴らす。
今日は人通りがいつもより少ない。おそらく時間帯というやつだろう。まったく、地球人はよく働くものだ。
お題目としては地球という星の調査をしている俺だが、実際は左遷に近い。我が星から遠く離れたこの星に移住する者など、俺の知る限りでは存在しない。せいぜい犯罪者の流刑地にされるのがオチだ。
……その意味でもサヤママホを探している。この星が流刑者で溢れる前に、彼女を連れて母星へ帰る必要がある。
*
サヤママホの捜索は一旦中断し、駅前の店に入った。ファミリーレストランというジャンルの店らしい。
店内には優雅なBGMが垂れ流されている。また壁には無数の絵画が飾られていた。
地球の文化について調べていたからわかる。あれはこの星の宗教、その教典にたびたび記述がある『天使』というやつだろう。
ふむ、どうやらこの店は大変格式のある店だと窺える。
俺は店員を呼んで注文を行うことにした。
本来はスマートフォンなるデヴァイスを使う必要があるらしいのだが、俺にはそんなものを購入することはできないし、『回線契約』というものも不可能だ。
したがって店員を呼ぶ。
間の抜けた電子音が店内に響き渡る。
「ご注文をお伺いします」
その声を聞いた瞬間、俺は目を見開いた。
そこには店員の装いをしたサヤママホが立っていたのだ。
今までの苦労はなんだったのだろうと臍を噛むような気分になったが、そんなことはどうだってよかった。
サヤマに再び会えたことが幸せだった。
「……あれ、もしかして、ノドンさんじゃない?」
彼女はとても小さな声で呟く。
俺はそれを首肯する。
「そうだ、俺がノドンだ」
つい舞い上がって言ってしまった。
「お、お久しぶりです…」
彼女は目を細めながら言った。俺には笑っているように見えた。彼女もきっと、俺に会えたことが嬉しいのだろうか?
「ああ、久しい。サヤマも元気そうで良かった」
「ええ……おかげさまで…」
そういうと、彼女は手に持っている携帯端末、とどのつまり、スマートフォン。それを一瞥した。
「それで……ご注文はいかがなさいましょう?」
俺はミラノ風ドリアとカルボナーラを注文した。
四.
俺はミラノ風ドリアとカルボナーラを完食した後、また彼女を呼び出した。
「お客様、いかがなさいましたか」
いつもと違う口調のサヤママホというのは新鮮でやはり良い。
「サヤマ、この労働が終わった後会いたい。いいだろうか」
サヤマはしばらく目を閉じ、顎に手を当てて考え込んでいた。この姿がまた愛らしい。
「……わかりました。二十時にこの店の前で集合しましょう。少しだけ興味がありますから」
彼女はそういうと足早に戻っていく。恥ずかしかったのだろうか。
しかし、彼女が俺に興味を持ってくれていると言うのは嬉しい。好きの反対は無関心というらしいから尚のことだ。
俺は壁にかかっていた時計を見る。時刻は午後四時、待ち合わせまでにはまだ間がある。
ふと彼女にあげるプレゼントが必要なのではないかと思った。俺はそれを手作りすることに決めた。
五.
あれから時分は飛んで、午後八時。
俺は手作りしたネックレスを持って彼女を待っていた。
「……ノドンさん」
後ろから声をかけられる。振り返るまでもなく、サヤママホだった。
「こんばんは、サヤマ」
「こ、こんばんは。その……ノドンさん、額の絆創膏はどうされたんですか?」
彼女は訊いた。
「…………少し、転んでしまいましてね。」
俺はそれを隠すように覆った。
「……サヤマ、行こう」
「ノドンさん、駅前までですよ」
俺は彼女の言葉を聞いてむしろ好都合だと思った。
俺は駅前で告白するつもりだったからだ。
六.
彼女の隣を歩きながら、夜の街を散歩する。
これがなかなか気分が良いもので夜風が心地よかった。
街は俺たちを祝福するように煌々と輝く。自動車のヘッドライトを眩しく思いつつ、駅前へと向かう。
「………ノドンさん、あなたはどこの国の出身なんですか」
そう訊かれたが、返答に困る。俺はこの星の住民ではないため、故国を言ったところで意味朦朧だろう。
「この国からすごく離れたところにある国さ」
「ブラジルとかですか?」
「そう思っていてくれても構わない」
歩みを進める。駅前のピロティで、プレゼントと思いの丈を伝えるつもりだ。
*
駅前のピロティには無事に到着できた。
道中、サヤマが退屈にならないように常に話していた、途中からは俺の方が楽しくなっていたが。
「……ノドンさん、お別れですね」
彼女はそういうと駆け出していきそうだったので、手を掴んだ。
「……伝えたいことがある」
俺はそう伝えた。握った手をこちらに引き寄せ、俺は話す。
「俺はあなたと出会った時からあなたのことが頭から離れなかった。ずっとずっとあなたのことだけを考えてた。あなたを探していた。そして今日、また出会うことができた。俺はそれが何事にも変え難いくらい幸せだ」
自分でもだんだん口調に熱を帯び出してきているのをひしひしと感じる。高揚感の中、彼女の手をさらに強く、硬く握りしめる。
「つまるところ、俺はあなたが好きだ! 愛している!」
俺は彼女の手にネックレスを握らせた。ネックレス、俺の額の目をカッターで抉り出し、やすりで加工して石座に寄るようにして、作り出したそれ。
俺はそれを渡すと、彼女の手を離した。
彼女は震えていた。よほど嬉しいのだろう。歓喜のあまりに身を震わさざるを得ないのだろう。俺は必死にそう思った。
冷たい沈黙の中、彼女は重い口をあげる。
「あんた、何言ってるわけ?」
俺はもう一度説明しようとした。それを聞いて彼女はため息を吐く。
「私はあんたのことなんか何も知らない。そんなんで付き合えると本気で思ってるのかと訊いてんの」
彼女は冷たく言い放つ。目には光る雫。それが零れ落ちた。それは俺にとって青天の霹靂だった。
「あんた、気持ち悪いよ。ちょっと優しくされたぐらいでこんなことしてさ。おかしいよあんた、やっぱり宇宙人だよ」
そういうと彼女はネックレスを突き返してくる。しかし俺はそれを受け取らなかった。
受け取ってしまってはもうこれは終わりになってしまうから、いやもう終わっているのだが。要するに意地だ。
しかし彼女はそんな意地など知らず、受け取らなかったネックレスを捨てた。そうして、改札の方へと消えていく。
俺は呆然と立ち尽くし、彼女を追いかけることもできなかった。
ネックレスは電灯の光を受けて鈍く輝いていた。
その輝きに人々は目にもくれない。
改札を抜けて現れた人間の塊がそれを踏みつける。
何度も何度も、何度も何度も。
彼らが通り過ぎた後には、割れた眼球もとい、玉石だけが残っていた。
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