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担当新卒がおっさん女子だった件  作者: 五平


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第3話:飲み会という名の「無償労働」への回答

 「新卒の歓迎会、金曜の夜でセットしといたから」

 課長のその一言がオフィスに響いたとき、俺は隣のデスクに座る佐藤の様子を、恐る恐る窺った。

 二十二歳の新卒女子だ。週末の夜が潰れることに落胆するか、あるいは「親睦が深まりますね!」と無理に笑顔を作るか。だが、彼女の反応はそのどちらでもなかった。


「……あー、金曜っすか。一週間で一番、肝臓と体力が限界迎えてるタイミングっすね」


 佐藤は、モニターを見つめたまま、おっさん特有の「深すぎる溜息」を漏らした。

 彼女にとっての飲み会は、キラキラした交流の場ではない。拘束時間に対するリターンが極めて不透明な「調整業務」のひとつなのだ。


 そして当日、十九時。

 駅近くの居酒屋。店選びを担当した若手社員が「ここ、女子に人気の映えるカクテルが多いんですよ!」と自慢げに紹介する中、佐藤はメニューを開くやいなや、店員を呼び止めた。


「すんません。とりあえず、瓶ビール。あと、お通しカットできます? できないならいいっす、代わりに『枝豆』と『エイヒレ』、今すぐ出してください」


 流れるような注文。カクテルはおろか、生ビールですらない。

 「瓶の方が、自分のペースで注げるし、温度管理が楽なんすよ」と彼女は小声で俺に囁いた。

 宴が始まれば、新人は立ち回らなければならない。サラダを取り分け、空いたグラスに目を光らせ、上司の話に適切なタイミングで「すごーい!」と相槌を打つ。それがこの業界の、いや、日本社会の「儀式」だ。

 だが、佐藤の立ち回りは、俺の想像を遥かに超えていた。


「部長、その『昔はもっと厳しかった』って話、結論から言うと『今の環境は恵まれてるから、甘えるな』ってことっすよね? 分かります。私も今朝、ネットの回線が遅いだけでキレそうになりましたもん。インフラへの感謝、大事っすよね」


 彼女は、部長の長い説教の「骨子」だけを瞬時に抜き出し、自らの日常レベルにまで落とし込んで、一瞬で肯定してみせた。

 「ほう、お前……話が早いな」と、毒気を抜かれた部長が酒を煽る。

 彼女は、取り分け作業も最小限だ。大皿のサラダを全員に配るような非効率な真似はせず、近くの上司の皿にだけ、好物の「唐揚げ」を無造作に放り込む。


「佐藤さん、女子力低いよ! もっと甲斐甲斐しく動かないと」

 茶化す先輩社員に対し、彼女は冷めた瞳でこう返した。

「『女子力』で売上上がるならやりますけど、今は親睦が目的っすよね? だったら、皆さんが自分の好きなものを好きな時に食べるのが、一番の自由。私は、この『エイヒレ』の炙り加減を見守るのが、今のミッションっす」


 彼女は、卓上コンロでエイヒレをじっくりと炙りながら、自分のグラスに瓶ビールをトクトクと注ぐ。その手つきは、完全に仕事終わりのベテランだ。

 そして、開始から一時間が経過した頃。

 宴会が中だるみし、誰かが「二軒目」を口にしそうな気配を察知した瞬間、彼女は勝負に出た。


「課長、明日の朝、部長とゴルフっすよね? あまり深酒して、一打目のティーショットで腰言わせたら、今シーズンの戦績に響きますよ。今日はこの辺で『一本締め』、決めてくれません?」


 上司の健康と趣味をダシに使った、完璧な強制終了。

 「……そうだな。佐藤さんの言う通りだ。よーし、お開き!」

 部長の号令が掛かった。

 周囲がダラダラと会計を待つ中、佐藤は既にコートを羽織り、カバンを完璧にセットしていた。


「お疲れ様っす。私、これから家の風呂で『セルフサウナ』して、血行改善しないと明日動けないんで。……あ、佐々木さん、飲みすぎですよ。駅前のコンビニでシジミの味噌汁買ってから帰りなさいね」


 彼女は、またしても俺の肩をポンと叩くと、夜の街へと消えていった。

 滞在時間、わずか九十分。

 新卒としての愛想を振りまく代わりに、上司の満足度を最短ルートで稼ぎ、自らの休息時間を死守する。

 その徹底した「生存戦略」を前に、俺はただ、自分のぬるい生ビールを飲み干すことしかできなかった。


「……あいつ、本当に二十二歳か?」

 誰かの呟きが、居酒屋の喧騒に消えていく。


 翌朝。

 出社した彼女のデスクには、既に「濃い茶」のペットボトルが常温で置かれ、彼女は昨日よりもシャッキリした顔でマクロを組んでいた。

 頑張らないために、飲み会すらも「整える」。

 それが、おっさん女子・佐藤の流儀だった。


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