うちの桜の木の下には
田舎に住む祖母の家の庭には、大層立派な桜の木がある。
春になれば庭一面を花びらで覆って桜色の海を作り、夏になれば青々した葉が涼しい木陰を提供し、そして時に毛虫を降らせる大樹である。
冬の今では花どころか葉っぱさえなく、木枯らしに揺れる裸の枝は見ているだけで寒々しい。
そんな木を縁側から見上げて僕は何となく呟いた。
「桜の樹の下には死体が埋まっている」
確か小説か何かの一説だったはずだ。
そういえば、この庭の桜は他の桜より色が濃い薄紅の花が咲く。
「本当に死体が埋まってたりして」
死体から血を吸って桜の花が紅くなるとかならないとか、そんな都市伝説を思い出していたら、湯呑みと蜜柑の入った籠をお盆に乗せてやってきた祖母がそんな訳ないでしょと笑った。
死体が埋まってるなんて本当に思ったりしてないよ。
誤魔化すように僕は蜜柑を手に取る。
厨二病みたいなことを口にした場面を祖母に見られ、羞恥心から照れ隠しのように蜜柑の皮を剥き始めた僕の横で、お茶を啜りながら祖母はいつも通りの口調で言った。
「うちの桜の木の下に埋まってるのは死体じゃなくてアンドロイドよ」
「なんて?」
あまりに平然と言うものだから、一瞬何を言われたのか解らなかった。何なら冗談か否かも判らない。
しかし祖母は桜の木を眺めながら再び言った。
「だから、あそこにはアンドロイドしか埋まってないよ」
「婆ちゃん。アンドロイドってスマホの話でなく?」
「人そっくりのロボットの方のアンドロイドよ。最近の子はそんな事も知らないの」
「知ってるけど! そうじゃないじゃん? アンドロイドは普通庭の木の下に埋まってるもんじゃないじゃん?」
「でもうちの庭には埋まってるねぇ」
「何でだよ!」
剥き途中の蜜柑を放棄して祖母に向き直る。
すると祖母はあれは私が子供の頃、とあっさり回想に入った。割とノリが良い。
「未来から来たって言ってたねぇ。でも電力不足で帰れなくて、太陽光発電で必要電力を集めるって言って眠りについたの。あの木に咲く桜の花ね、あれ実は特殊なソーラーパネルなのよ」
「未来の技術スゲェ! でもソーラーパネルが桜の花じゃ春しか蓄電しなくね?」
「だからまだ起きないのかしらねぇ」
「ダメじゃん」
そして僕は祖母と縁側に並んで座り桜の木を眺めた。
正確には桜の木の根元を見ていた。
──桜の樹の下にはアンドロイドが埋まっている、かもしれない。
春になったら答え合わせが出来るだろうか。
シュレディンガーのアンドロイド。




