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第67.5話 リカル

第67.5話 リカル


*** レイラの視点 ***


 私には弟が一人いた――。


 私の父は、ハイデンベルグ王国騎士団の名家であるヘイム家の長子である。

 その父の後継者として生を授かった私の弟は、虫も殺すことが苦手な優しい性格であった。

 優しいといえば聞こえはいいが、周りからは臆病者と蔑む声が聞こえてくる。

 そんな不名誉な噂話など気にする素振りを見せず、父は常に背中で語っていた。

 治安維持の為の魔物討伐で成果を上げ、汚名などなかったかのように払拭していく姿は、娘の私にとっても誇らしく思えた事を今でも覚えている。

 そんな父に憧れて、私は女の身でありながら騎士になる道を選んだのだった――。


 ある時、国王より妖魔種討伐の任を受けた父は、私達3人が戦乱に巻き込まれないよう、母の実家へ退避するよう手配する。

 母の実家はベロックス国のベロの町にあった。

 まだ国の危機でも無い状態で、他国への避難はご法度といえる。

 しかし、父には王国への懸念があったため、どんな手を使ってでも私達を脱出させたかったのだ。

 結果として、父が不在の間に限り母の実家に帰省が認められ、3人の帰省が認められる。

 けれど、私は父に同行する道を選択したのだった――。


 妖魔領域へと出立する朝。

 国事として執り行われた勇者出立の式典で、私達家族は再会を約束して別れた。

 弟との会話の内容はあまり覚えていないが、泣き崩れる母に寄り添い、背をさすりながら話す父の言葉は良く覚えている。


『サレの事は頼んだ……。サリナは俺の命に代えてでも守り通すから……、またこの地で再会しよう。』


 詭弁であること、これが最後になる事も私は理解していた――。


 そして、結局――、敵の大将である魔王の姿すら拝む間もなく、私と父は海の底に消えることとなる。


 一瞬の出来事だった――。


 魔王の力がどれほど強大なのか、私達親子は文字通り身を以て知る。


 無念だった――。

 何もできなかった悔しさと、何もさせてもらえなかったあっけなさが只々そこにあった――。


 意識が消えかかる中、父は私の手を強く握りしめていのだろうと思う。

 消えかかる記憶の断片と共に、水の中でも伝わった温もりが残っていたからだ。


 父の事だ――、手を握りながら、巻き込んでしまった事、守り通せなかった事を謝罪していたのだろう。

 でも――、私が共に居たいと言い出したのだし、最後が尊敬する父と一緒だったことは、後悔ではなく誇らしい記憶として、今尚私の中に残っているのだ。


 生き返る――、が正しい表現なのかはわからないけれど、今こうして生前の記憶を持ったままこの場で生きている。

 生きているという表現も可笑しいのかもしれないけれど――。


 兎も角――、こうして死んだはずの私が100年近く先の未来で活動できている事を知れば、きっと後悔の念に囚われているであろう父も驚き、『それなら良かった』とでも思ってくれるだろう。

 母と弟は無事ベロに到達できたのか――、到達していれば弟の子孫に出会えるかもしれない。

 私のかわいい弟に手を出した、どこぞの馬の骨の家柄も調べなくてはいけないし――。

 うん――、絶対に調べ上げよう。


 新たな決意を胸に、本来の目的を忘れそうになりながらも、私は拝宮殿の内部を探索していくのだった――。




*** ??? ***


 久々に公宮こうぐうから出てみれば、まさかこのような場所で思わぬ人物を見かけることになろうとは思いもしなかった。


 あの容姿――。

 あの歩き方――。


 着ている服は現代に寄っているが、この僕が見まちがえる筈がない。


「もう無いと思っていたけれど、こんな所にたのしみが落ちているなんて……。」


 つい、楽しみの度が過ぎて声に出してしまったようだ。

 まぁ、誰も僕に気づく事はできないのだけどね。


 もう一度獲物を確認し、僕は舌なめずりをする。


「クククッ。もう少しだけ待っていてね、小隊長様……。」


 言葉としては認識できない程の小さな物音程度を残し、僕は姿と存在を隠した――。

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