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第65.5話② 報告のヴァルキュリス

第65.5話② 報告のヴァルキュリス


 賑わう庭の方を見下ろしながら、ここヴァルキュリス領の領主である、ソア・ヴァルキュリスは空間属性の精霊術を駆使した通信術で対話していた。


「……ええ。恐らく何かしらの変化があるはずよ。」


 手のひらサイズの正四面体。

 その中には上半身の輪郭を模った姿が朧に映し出されており、その人物らしき者に向かって話しかける。


「こっちでも意外な人物からのコンタクトがあったし、統合に乗じて事を起こそうと企んでいる輩がいることは確かね。」


 そう言って、ソアは庭の見える窓から離れ、執務用の椅子に腰かけた。

 そのタイミングで、正四面体に映し出されている人物、アルテミスから質問が投げかけられる。


〝そう言えば、この前送ってもらった術式道具……、アクセサリーだったか。あれは英霊に反応するもので合っているだろうか?″


 アルテミスの言葉に出てきた、アクセサリーと呼ばれるもの。

 それは、この世界に充満している精霊のエネルギー、精霊力を術式で編み込んで作られるアーティファクトの様なものである。

 その殆どが、予め身に付けておかないと効果が発動しないものが多く、それ故にアクセサリーと呼称されるようになった。


「意味合いとしては合っているわ。でも、そのアクセサアリー、【探究の羅針】はその人物の中に内包されている特殊な精霊力を探知するものよ。」


 アルテミスの認識の相違を指摘し、本来の使い方の例として話しを続ける。


「対極の属性を持つ者や保有する精霊力が豊富な者、後は特異点の探索にも役立つわ。」

〝なるほど。″


 列挙された使用用途を聞き、アルテミスは粗方の理解を示した。


「そう言う特性だから、ヨヅキの英霊にも反応を示す筈って前に説明したのだけれど……、ちゃんと聞いてたのかしら?」


 【探究の羅針】を渡したときに説明をしていた筈だったが、正しく伝わってはいなかったのだろう。

 ちゃんと説明したのにと言わんばかりに、呆れ口調になっていた。


〝英霊にも反応するからヨヅキにも使えると、都合よくその部分だけが印象に残っていたみたいだ。……すまない。″


 あっさりと非を認め、アルテミスの声には気まずさが混じる。


「過ぎた事だし、別にいいわ。」


 その気まずさを払おうと、ソアは気にしていないと言う意思を端的に告げた。

 世界の存亡に関わる重要な連絡の機会ではあるが、全てが全てそうという訳ではなく、少なからず私的な内容の話しもある。

 最愛のパートナーとの楽しい時間を、気まずい雰囲気で過ごしたくはないからだ。


「それがあればヨヅキの居場所をすぐに突き止められるし、別行動するときに丁度いいと思うわ。私からのプレゼントなのだし、大切に使ってね。」


 私からのプレゼントの部分を強調し、ソアは明るく伝える。


〝……。″


 それに対してアルテミスの返答は無く、まだ気にしているような態度であった。


「何よ、まだ気にしている訳?」


 気にし過ぎなくていい。

 そういう意味も含めてソアは尋ねる。

 しかし――、


〝いや……、実は今手元の無いんだ。″


 返ってきた言葉は、ソアが予想していたものとは違っていた。


「それはどういうことかしら?」


 ソアは不満そうに尋ねる。

 無くしたり壊したりとは考えにくいが、彼の為にと思って用意したものが手元にないというのだ。

 怒りを覚えない筈はない。

 しかし、何らかの理由があるのかもしれないし、一先ずは弁明を聞く事で込み上げつつある怒りを抑え込んだ。


〝英霊に反応すると聞いていたから、英霊を持つヨヅキが使用できればと……、別行動をとる前に渡してしまった……。″


 数秒の沈黙――。


 恐らく、英霊に反応して力を引き出すと解釈したのだろう。

 その為か、本来の目的である探知としての機能には気付いていない。

 それならば仕方がない――、とはいかず、ソアの怒りはアルテミスへの叱責となる。


「貴方がヨヅキと別行動をとるって言っていたから、検知できれば少しは安心かと思って用意したものを、検知すべき本人に渡してしまってどうするのよ。」


〝……すまない。″


「そもそも私が貴方にって渡したものなのよ?最愛のパートナーからのプ・レ・ゼ・ン・ト。相手がヨヅキとは言え、それを別の女に渡すとか信じられないわ。」


〝……申し訳ない。″


 怒涛の如く吐き捨てられる叱責に、アルテミスは只々謝罪しか言葉にならなかった。


「それに、ヨヅキを探知するだけじゃなく、統合後には私にも反応すると思うから、私を見つけやすいようにっていう目的もあったのだけれど、私の事はどうでもいいわけね。」


 所々に嫉妬心が垣間見えるほど、ソアの言葉から棘が伺える。

 しかし――、


〝そこは心配しなくてもいい。″


 アルテミスはその棘を受け止めた上で、自信を持って率直に答えた。


〝何よりも先に、ソアの元へと向かう。″


 根拠は示されていない。

 しかし、アルテミスの言葉は確信を帯びている。


「探知なしでどうやって探し出すつもりかしら?」


 その確信が何処から出てくるのか、それを確かめるべく、ソアは不機嫌なまま質問を投じた。


〝何も心配はいらない。ソアが私を信じていてくれる限り、その想いを辿って見つけ出すことができる。″


 どういう理屈なのかを聞きたかったのだが、予想外の返答にソアの思考が一瞬止まる。


「……つまり、根性論?」


 気合で探すみたいな、そんな事が逸早く思い浮かんだ。


〝そうじゃない。″


 だが、アルテミスの言う想い――、その意味するところはそれではない。


〝ソアがくれた【探究の羅針】が、新たな可能性を紡いだんだ。君のおかげで、何より大切な君を探せるようになったと言う事だよ。″


 それは、ソアの不機嫌を鎮めるだけでなく、トキメキの様な高揚を生み出し絶大な効果を発揮する。


「もしその時、私が……、凄くピンチだとしても?」


 私は何を聞いているのだろうと、そう自分でも驚くほど乙女らしい質問が出ていた。

 その事も相まって、急に意識し始めた胸の高鳴りが押さえられない。


〝ピンチであれば尚更、直ぐに駆け付けてみせる。″


 とどめの様な追撃に、先程までの怒りは綺麗に消え去っていた。

 そして、不思議な程気分がいい事に、ソアは珍しく戸惑う。


「……や、約束だから……ね。」


 いつもの平常心を保てないことに戸惑いを隠しきれないまま、感情が指し示すままに言葉が溢れ出ていた――。


 その後、少し微妙な雰囲気のまま情報交換は進んでいく。

 そして、制御しきれなかった高揚感が収束し始めた頃、今回の連絡も丁度終わりを迎えたのだった――。

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