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第62.5話③ レイラの考察結果

第62.5話③ レイラの考察結果


 創霊94年――、年号が創霊から栄転となった時の事――。

 ラピスの脅威が去ったあと、各国は改めて精霊術の恩恵と脅威について考える時期に差し掛かっていた。

 さらなる研究で恩恵を増幅させるべきなのか、抑止力につながるものが必要ではないのかという議論は、世界的な議題として注目される。

 その中で、ラピスが魔王と成り得た要因――、その方法について研究するチームが幾つか現れ、後に妖魔種の始祖として名を馳せる事となる人物――、アスタルこと、タルタス・アスタリアが魔王化――、後の妖魔化実験の基礎をくみ上げたのだ。


 各国は魔王クラスの精霊術者量産による戦争を危惧し、研究の廃止と彼の拘束に打って出る。

 しかし、彼は研究を続けることを選び、危険が迫る前に、祖国であるアステイト王国から姿を消したのだった。


 アステイト王国は彼の流出を阻止できなかった責任を押し付けられるのではと危惧し、すぐに調査チームを各国へ派遣する。

 その後、彼の実験の痕跡はマナハイム、べロックス、サグリフを中心に発見され、この3国が彼を匿っているのではないかという疑念が新たに浮上したのだ。

 勿論、3国ともこれを否定。

 疑念を払拭するためにと、3国は妖魔化に関連した人物を異端者とし、異端者を排除する組織――、異端者審問機関を立ち上げたのだった。

 その躍進を加速させた、ベロックス、サグリフ、マナハイムの三国協定――。

 これが、ローグリフ協定である。


 ローグリフ協定は、表向きには三国の経済発展に関する約束事と異端者の排斥が並べられたが、その主導権に関しての記載や統括する組織、どの国が中心となるか等の取り決めは記されていなかった。

 主導権を決める事での国家間の軋轢を防ぐためであるともとれるが、恐らくそれは印象操作によるものだろう。

 この協定が成立してから今日に至るまで、教皇府の決定に対しての反論や撤回が一切なかったのだ。


「決定権は元から教皇府にあった……。それを隠蔽するようにして、各国の政策が各々の目的をもって打ち出されている……。一見、各国別々の政策、政治体制のように見えて、その利益の流れの先は教皇府につながっている……。」


 独り言を溢しながら、レイラは真相のピースを組み上げていく。


「妖魔に執着する動機をその研究による情報の独占……、或いは隠蔽であるとするなら……。」


 新たな文明として確立してしまった妖魔種達を今更どうこうしてももう遅い。

 しかし、すべての妖魔種を殲滅や手中に収めてしまえば、その力を独占することは可能にはなる。


「けれど、そんな気の遠くなる程の時間を要してまで、それをする意味や成果はあるのかしら?」


 魔王ラピスの研究資料の隠匿や妖魔化に関する資料の独占。

 そこに妖魔種殲滅という大きな犠牲を伴うリスクを追い続けた先の報酬が何なのか――。

 凡そ、魔王や妖魔種の特性である老化の遅延と強力な精霊術の獲得だと思われるが、リスクの膨大さを考えれば、その先に何か大きな目的がなければ不自然に思える。


「遅老や力が欲しければ、資料を参考に実験を試みればいいだけだし、殲滅を目指す必要性が薄い。殲滅は妖魔化の独占の筋が有力だと思っていたけれど、多分これは違うわね。」


 なら、何万もの命の奪い合いをして残るのは何なのか――。

 全てを独占し、他を圧倒し、自分達の組織の人間種だけが残る世界を目指しているとでもいうのだろうか――。

 それはあまりのも傲慢な考えだ。


「異常も異常……、狂っているわ。空理空論もいいところね。」


 100年以上かかっても、未だに人間種は妖魔種に大打撃すら与えられていない。

 それほど困難で時間も力も必要な殲滅を組織として継続し、目的のためとはいえリスクを支払い続けているている異常さ。

 異常の継続――、異常の恒常化――。


 ――そうしなければいけないのさ。――


 ふと、レイラの脳裏にリスタルテの言葉がよぎった。


「確か……、リスタルテ様もこの計画を実行するにあたって、『そうしなければならない』と、言っていた。」


 そしてもう一人――、別世界では有名な思想家の書籍を引用し、自らの思考と撹拌して考察を深める。


 目的のためなら――、例え他者から異常な事だと思われたとしても、それを過程として行わなくてはいけない。

 それに対する原動力は、目的に対する執着や思い入れの強さで増減する。


「ヴィロー・サイプス著の『英雄論』から引用してみたけれど、彼やリスタルテ様が言うような、そこまで思い詰められる人間は稀だと思うわ。」


 自分自身――、かの対戦で妖魔種討伐に参加した際、他を顧みず戦えたかと問うと決してそうではない。

 死にたくない思いや父を助けたい思い、様々な感情が入り混じった中で判断を繰り返し、結果として成す術なく死を被ったのだ。

 例えどんなに思いが強くても、あの大戦を生き残れたとは到底思えない。

 それが、レイラ本人が納得してしまった、サリナ・ヘイムとしての生き様だった――。


「……っと、脱線してしまったわね。」


 いつの間にか思考の中心が生前の自分に切り替わってしまったことに気づき、考察の流れを修正する。


「つまり、異常というだけでこの仮説を除外はできない。技術の独占も、組織の思惑の一部なのかもしれないわ。それすらも過程……、であるとも考えれば……。」


 レイラは自身に言い聞かせるように言葉を出し、深淵に繋がる考察を再開させたのだった――。


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