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第68.5話④ アルテミスとドランクの再会

第68.5話④ アルテミスとドランクの再会


 ヨヅキと別れた後、アルテミスは遊戯邸を訪れていた。


 今回の来訪は、レッドリバーの神殿で記憶を取り戻した後、ヨヅキと共に訪れて以来となる。

 あれから30年――。

 人間種としての感覚であれば、中年層に差し掛かった人が幼少期の幼馴染に出会うくらい長い年月だが、妖魔種としての感覚であっても、人間種の約3分の1――、10年くらいの年月が経っている感覚だ。

 それ程の年月が過ぎれば、お互いに多くの変化を経験してきている。

 人間領域で起こった変化をドランクが知らないように、妖魔領域での事件をアルテミスはまだ知らない――。


 屋敷の中へと入ると、中は静まり返っていた。

 本来であれば、彼の従者であるメーディスやユナが対応しそうなものだが、人気が感じられない。

 異変が起きているとまではいかないにしろ、妙な雰囲気が感じ取れる。

 そんな屋敷の中を進み、アルテミスは応接室へと向かった。


「ドランク、居るか?」


 開いていた扉をくぐり、アルテミスは声をかける。

 すると、そこにはソファーに深く腰かけたドランクの姿があった。


「すまない。随分と人間領域で過ごしてしまった。」


 リネ協定国への仲介を取り次いで貰って以来、ろくに連絡もしていなかった事も含めて謝罪の言葉から入る。

 別段、連絡や情報交換を約束していたわけでもないが、予想以上の滞在となった事がアルテミスの中で引っかかっているようだった。


「おお……、アルテミスか。随分と久しいな。」


 突然の来訪にドランクは戸惑いと驚きを見せるが、彼からの謝罪の言葉に気付き言葉を付け足す。


「まぁ、それだけ滞在できたのなら、俺も紹介した甲斐があるってもんだ。」


 冗談を交えて気にする必要はない事を伝えると、彼はせわしなく更に言葉を続けた。


「積る話もあるだろうが、先に今回の目的を聞いてもいいか?」


 アルテミスの知る彼の性格であれば、人間領域での事を根掘り葉掘り聞いてくる筈なのだが、どこか落ち着きのない様子で焦りが出ている。


「何かあったのか?焦っているように思えるが……。」


 彼らしからぬ言動や態度に違和感が拭えず、アルテミスは逆に質問を投げかけた。


「いやいや、大した事じゃ……。」


 自身の態度から気を遣わせたと思い、ドランクは大した事じゃないと、そう返そうとしたのだが――、


「いや……、そうも言ってられないのかもしれないな。」


 今起きている異変と、この30年を省みた結果から助力を乞うべきだと判断して訂正する。


「できればお前と、あの嬢ちゃんにも協力を要請したいところなんだが……。」


 どこか歯切れ悪く、もったいぶる様な言い回しで始まり――。


「そうだな……、どこから話すべきか……。」


 簡潔に伝える為、話の切り出しを少し整理してから彼は話し始めた。


「近年立て続けに魔王の戦力が削られていてな……。もう、部隊の隊長格が3人もやられたというのに、犯人の情報や目的に関して全く掴めていないのが現状だ。」


 妖魔領域の秩序の担い手として君臨する、強大な組織である魔王――。

 その主戦力を背負っているであろう者達を、正体を掴ませずに削いでいる手際は、アルテミスに30年前の襲撃を彷彿させる。


 魔王城での勇者の暗殺未遂やバラックでの夜襲は、魔王や協力関係にあった夜盗との共闘により難なく阻止できた。

 しかし、結局の所、黒幕につながる情報は一切掴めていない。

 襲撃してきた烈風の剣も雇われていただけに過ぎず、黒幕の情報は持っていなかったのだ。


「烈風の剣が関係している可能性はないのか?」


 当時と同様に関わっている可能性はあるだろう。

 そう思って尋ねてみたが、ドランクの口から告げられたのは意外な事実であった。


 「それはあり得ない。何せ、烈風の剣はもう崩壊したからな。」


 烈風の剣が崩壊している。

 長らく妖魔領域に居なかったため、その情報をアルテミスは知らなかった。


「崩壊したのか……。まぁ、30年も経っていれば、そうなることもあるか……。」


 長年離れているとこういうことはあり得る。

 しかし、ドランクから告げられる次の言葉に、アルテミスは衝撃を受けることとなった。


「あれは、烈風の剣が数年振りに夜盗を襲撃した夜だ。謎の刺客によって夜盗と烈風の剣は崩壊した。魔王に救援を求めてきたホークアイ以外、双方のグループは全滅か行くへ不明となっている。」


 全滅――。

 つまりは、死んだということだ。

 僅かな時間だが、共に旅をした仲間であり、眷属契約のアイテムである月虹石を託す程の間柄と成ったオーヴィとそのグループ。

 戦友とも呼べる彼等が亡くなっていた事――、それを今まで知り得なかった事に胸が痛んだ。


「……間違いではないんだな。」


 ドランクはこんな場で嘘を挟むような男ではない。

 疑う余地はないとアルテミスも知っているが――、だからこそ彼の口から真実を確認たかった。


「ダイスとその側近の……、フロイヒといったか、その二人が直ぐに駆けつけて確認を取っている。微精霊分解が始まる前にオーヴィとその刺客、夜盗のメンバーの遺体を確認したとのことだ。間違いはない。」


「そうか……。」


 そこまで判明しているのであればそうなのだろう。

 納得しきれない個人的な感情は抑え、認めるしかなかった。


「話は戻すが、そういう事から今回の犯人は烈風の剣ではない。しかし、謎の刺客の正体も不明な点から、繋がりが全くないとは言い切れないのも事実だ。その刺客が組織であるなら、今回の件に関わっていても可笑しくはないしな。」


 事実を知ったばかりのアルテミスと違い、ドランクにしてみれば過去の話である。

 現在進行形で被害が出ている今回の事件を重要視するのは当然だ。


「関連の可能性も残っているか……。一先ずその件への協力は承知した。私も行く先々で情報を集めてみよう。」


 関連しているのであれば、過去の襲撃の黒幕とも繋がりがあるかもしれない。

 そう思い、アルテミスは彼の要請を承諾した。


「そう言って貰えると助かる。」


 アルテミスの協力を得られたことに安堵し、ドランクはソファーから立ち上がる。


「俺の話ばかりで忘れていたが、茶もろくに出していなかったな。」


 そう言って、ドランクは自らテーブルの上のティーポットに茶葉を入れ、徐に水を注いだ。


「俺に何か用があって戻って来たんだろう?今度はお前の要件を聞こうじゃないか。」


 ティーポットを火鉢のような器具で煎じながら彼は要件を聞いてくる。


「ああ。要件と言うほどの事でもないんだが……。」


 彼の依頼の内容を聞いた後では、こちらの用など要件とも言えない。

 そんな風に思ってか、アルテミスは控えめな態度で彼に伝える。


「新たに勇者が転移した可能性が浮上し、ヨヅキが接触を試みようとしている。接触後の迎えを誰かに頼もうと思って来たんだが……、妖魔領域の方が大事になっているみたいだし、忘れてくれて構わない。」


 彼の回答聞き、ドランクは固まった。


「……ん?どうした?……っておい!沸騰してるぞ!」


 ぐつぐつと音を立てるティーポットの事も忘れ、唖然としている彼にアルテミスは忠告する。


「いや、お前……。そっちの方が重要な案件じゃねぇか……。」


 いまいち重要度の基準が分からないまま、アルテミスはドランクと話を続けるのだった――。

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