ラジオと護身具と(1)
肌を刺すような冷気も、昇りきった太陽のおかげでだいぶ和らいできた。
そんな気温の変化を感じながら、私はメモを片手にとあるお店へ向かっていた。
一昨日の深夜、ビシャと言う魔物が勤務中に現れ、魔物討伐隊に通報した。
戸坂さんが魔物討伐隊の事情聴取を終えたタイミングで、ちょうど顔を青くした店長が駆けつけて来た。
店長は魔物討伐隊と数十分くらい話した後に、一週間の臨時休業が決まった。
コンビニを出たビシャがどこへ向かったのかは不明。現在も捜索中のため、店長は一週間の休業を勧められたみたい。
最低一週間の期間を提示された理由は、ビシャの魔力量を考慮したものだという。
魔物はその姿形を維持するために常に魔力を消費し続けるようで、今回現れたビシャの魔力量を考えるに三日から一週間で消滅すると見られている。
その間に人を襲う可能性も一応はあるが、ビシャの性質を考えるにその確率は低いそう。
とりあえず一週間休みになったので、私はこの機会にラジオを買いに行くことにした。
目的地は少し遠いが、按田さんから紹介してもらったお店だ。
電車に揺られて乗り換えて一時間半。
たどり着いた街は平日の昼過ぎにも関わらず、車や人通りが多かった。
そびえ立つビルやモールは数ヶ月前にも来た時の記憶の通りだが、どの建物もガラス扉はデフォルトで分厚く、シャッターも完備されているのが当たり前のようだ。
特にブランドなどの高級店は、有刺鉄線や扉前にいるガードマンが堂々と見せつけるように銃を持って立っていた。
この世界では魔物討伐隊以外でも銃を持っていて当たり前なのかな。
そういえば、沙良木さんに護身具も持ち歩くのが当たり前だと言われていたんだっけ。教えてもらった護身具の中に、さすがに銃はなかったけど。
ラジオを買うついでにそれも見てみようと予定に加えた。
住所を打ち込んだ携帯のマップを確認しながら案内通りに進むと、たどり着いたのは怪しい雰囲気が漂う三階建てのビルの前だった。
メモには住所の横に二階と書いてあったので、このビルの二階のはず…。
階段を登ると、意外にもそこにはレトロ調のアンティークな雑貨屋さんがあった。
アパートの一室のようだが、開きっぱなしのドアにはオープンの札がかけられていて、周りには植木鉢や花瓶などたくさんの植物が無造作に並んでいる。
部屋に足を踏み入れると、センサーでも仕掛けているのか、どこからかちりんちりんと鈴の音が聞こえてきた。
部屋の中は誰もいないようで、色とりどりのレトロ雑貨が床や棚にぎっしり並べられ、壁一面にも飾られていて部屋が少し狭く感じる。
部屋の中に唯一あるドアの前にはレジ台が置かれていて、その隣辺りにラジオが置かれているスペースがあった。
近づいてみると、置かれているラジオはどれも見た目が異なっていた。
大きさも手のひらサイズから、両手で持ち上げるのも重そうなものまでさまざまだ。
値段は三千円から数万円まで差があり――欲しいのは携帯ラジオなのでさすがに重そうなものはいらないが――どれがいいのか分からない。
「おや、珍しいお客さんだね」
重さを確かめつつ、電源の入らないボタンをぽちぽちしてると、レジ台前のドアが開いたタイミングで声をかけられた。
ドアから出てきたのは穏やかな瞳の、お洒落なで紳士然としたおじいさん。
白髪の髪は丁寧に後ろへ整えられ、濃いブラウンのスーツにベージュのチョッキ、胸元に赤い蝶ネクタイがアクセントになっている。
「ラジオをお探しかな?」
「はい、携帯ラジオが欲しくて。あと護身具もあれば探しているんですけど、どれがいいのかわからなくて…」
「一般的なのはそのオレンジのタイプになる。電池を入れて使えるし、万が一電池がなくても手動で発電もできるものだ。その隣三つも見た目が違うだけで、同じだよ」
そう言われてオレンジのラジオを手に取る。
手のひらにちょうど収まるくらいのサイズで、裏には折りたたみ式の手動発電ハンドルがついていた。
「それにしても、こんな辺鄙な店にようきたなあ」
どれにするか悩んでると、隣からのんびりした声をかけられる。
「魔物討伐隊の方に教えてもらいました。按田さんって言う人です」
「英史の紹介か。珍しい」
「お知り合いですか?」
「ああ、こんなに小さい頃から知ってるぞ」
こんなに、とおじいさんは笑顔で手を腰より低くかざした。
「…ところで、お嬢さんは魔物討伐隊をどう思う?」
「命懸けで街を守ってくれていて、すごいと思います。あと、とても感謝もしています! 私も助けられたので」
「そうかい」
いきなりの質問にびっくりして、思ったことをそのまま口にしてしまってから自分の語彙力のなさに落ち込んだ。
「すごい」って…「あと、とても感謝」って…特に「あと」って、慌てて付け足したみたいじゃん…。
そんな子どもっぽい感想になってしまったが、目の前のおじいさんは穏やかな瞳を優しげに細めてくれた。
それからしばらく無言が続き、なんだか気まずく感じてしまった。
このまま店を出るか、もう手に持っているラジオに決めてさっさと購入して帰ろうかと悩んでいると、ちりんちりん、と来客のベルが鳴る。
ベルが鳴り終わると同時に現れた人物に目を丸くしたが、それは相手も同じだった。
「あれ? 未来ちゃん?」
「お久しぶりです、小鳥遊さん」
現れた小鳥遊さんの顔には「どうしてここに?」と疑問が浮かんでいる。
それはそうだろう。
私もびっくりしたが、よく考えると按田さんが紹介してくれた店なので、仲の良さそうな小鳥遊さんが知っててもおかしくはない。
「ちょうどいいな。彼蓮、お嬢さんにラジオと護身具を選んでやりなさい」
おじいさんは小鳥遊さんとも知り合いのようで、名前で呼びかける。
その言葉に小鳥遊さんは少しだけ眉をひそめた。
軍服姿の小鳥遊さんの腰には、銃と短刀をしっかり身につけている。
きっと何か用事があってここに立ち寄っただけで、今は仕事中で忙しいはずだ。
「じいさん、俺その名前で呼ばれるの好きじゃないって何回言ったら覚えてくれるのかな」
「うん? そんなこと言っとったかな。それより彼蓮、わしは用事があるので任せたぞ」
そう言っておじいさんはレジ前のドアの向こうへ行ってしまった。
小鳥遊さんはため息を一つ吐くと、こちらを向いて柔らかい笑みを浮かべる。
「携帯ラジオと護身具を買いにきたんですか?」
「は、はい。…あの、忙しいですよね? すみません。一人で問題ないですし、仕事に戻ってもらって大丈夫ですよ」
「実は今日、本当は休みなんです。午前中に呼ばれてこの格好なだけなんで、大丈夫ですよ」
困ったように笑うこげ茶の瞳と目が合って、ちょっとだけどきっとした。
私に付き合わせるのは申し訳ないのと、顔を顰めていたので嫌なのかと思ったが、そうではなさそうで少し安心する。
おじいさんと話していた時のような棘も感じられず、先ほどの言葉の通り「彼蓮」という名前で呼ばれるのが嫌だったのかもしれない。
「まずラジオからですね。ここにあるラジオは動力が乾電池、電気コンセント、手回し発電、太陽光発電、魔力の五種類です。使いやすさは乾電池だけど、万が一に備えるなら手回し発電か太陽光発電も付いている方が安心かな。太陽光発電はパネルが小さくて効率も低いから、おすすめは乾電池と手回し発電の両方に対応しているタイプですね」
そう言って、これと、これと…と、並べられたカラフルなラジオの中から、いくつか指で指し示す。
「あの、魔力は?」
「魔力がそれなりにあって魔力操作ができる人なら、魔力が動力の機能がついてると便利だけど…あまりいないので」
魔力って、魔物だけじゃなく人も持ってるの!? ファンタジーだ…。
驚きで目を見開いた私をみて、小鳥遊さんは少し首を傾げていた。
私はどれが魔力で動くんだろうかと、少しわくわくしながら他のラジオも観察してみる。
「…そういえば按田さんから聞いたんですが、また魔物と遭遇したんですよね」
魔力についてもう少し聞きたかったが、その前に小鳥遊さんが話し始めてしまった。
「はい…。目の前を通り過ぎただけで何もなかったんですけど、念のためバイト先が休業することになりまして。せっかくなので按田さんから紹介してもらったお店にラジオを買いに来たんです」
「どうやってこのお店を知ったのかと思ったら、按田さんだったんだ」
「?」
「このお店、路地裏通ったり人通り少ない辺鄙なところにあるし、ネットにも載ってないんですよ。魔物関係の仕事の人が来るところなんですよね」
「え!?」
思わず大きな声が出て、慌てて口を押さえた。
按田さんそんなこと言わなかったのに! でも思い返せば、このお店を教えてもらった時に葉月さんは微妙な顔してたような…。
「別に魔物関係者に限定してるわけじゃないぞ。うちの商品を求めるのが魔物関係者が多いだけだ」
「じいさん。何か用事?」
いつの間にかドアの隙間から顔を出していたおじいさんは、私を見て安心させるように微笑む。
「ああ、ちょっと郵便局までな。ついでに買い物もあって一時間は外へ出るんだが、ここにおるか戻ってくるかどうする?」
「…それなら、俺らも外で休憩しましょうか」
「えっ?」
爽やかな笑顔を向けられてかけられたその言葉に、思わず言葉が詰まった。
「ラジオ以外にも、護身具選びも手伝うので。お礼に俺の休憩に付き合ってください」




