この世界で(2)
退勤してコンビニを出ると、駐車場に見覚えのある車が止まっていた。
「未来ちゃんーー!!」
車から飛び出してきたのは、大粒の涙を流した秋田ちゃん。
私の元まで駆け寄ってくると、両手をぎゅっと握りしめられた。
「秋田ちゃん…!?」
「ぅうー、未来ちゃんっ、今日で、っ最後だからぁ…!」
「えっと、そうだけど…この辺りにコンビニはここしかないし! 全然来るし会えるよ!?」
想像以上に泣いてる秋田ちゃんを落ち着かせようと頭を撫でる。
それでも、涙で赤くなった目を擦る手は止まらなかった。
ポケットからハンカチを取り出して、秋田ちゃんの化粧っ気のない顔にそっと添えた。
「……わざわざ、会いにきてくれたの」
こんな朝方から。
車の運転席には秋田ちゃんの母親らしき人が乗っている。
サングラスをかけていて、目が合ったのかもわからなかったがとりあえず会釈をした。
「だって、だってぇっ…!」
「……魔物討伐隊に入るんだから、心配もしてるんでしょ」
秋田さんの言葉を引き継いだのは、ちょうど店から出てきた戸坂さんだ。その隣には店長もいた。
「……店長まで」
「そりゃあ、流田さんには二年以上もお世話になったんだから。お見送りくらいするよ」
すでに関わりの深い人たちとは挨拶を済ませていた。にもかかわらず、店長はわざわざ見送りに来てくれたみたいだ。
瞬きをしながら、秋田ちゃんに視線を戻す。
――私は、来月から魔物討伐隊に入隊する。
二ヶ月前の、あの日。
小鳥遊さんが魔物討伐隊に入った本当の理由を知った日。
私は、他人のために自分の命をかけたくないと思っていた。それは今も変わらない。
だけど、小鳥遊さんが自分の目的のために魔物討伐隊にいることを知った。
命を懸けて人生を歩む姿に、その強く輝く瞳に憧れた。
少しでも、そんな小鳥遊さんの姿に近づきたいと思った。
どうしてここまで心が動かされたのか、私にもわからない。
それでも私は、憧れた人に近づくために、私も命を懸けて人生を歩みたいと、そう思った。
その選択をいつか後悔する日が来るのかもしれない。でも、いつか良かったと実感する日が来るように、そう信じて進み続けよう。
先のことなんてわからないけれど、それでも、私はやっと見つけた、進みたいと思えた道を選んだ。
「秋田ちゃん、戸坂さん…、店長」
顔を上げた三人と、順番に目を合わせる。
「今まで、本当にありがとうございました…!」
この世界にきて、私は初めて三人に、心からの笑みを向けていた。
「ぅぅうううー…。ぜっったいに、会いに来てくださいね!!」
「うんうん、頑張ってね! でもこんな田舎のコンビニで働いてた人が魔物討伐隊なんて、すごいねぇ」
「…流田さん。あー、これ、“狐”から」
少し言葉を詰まらせた戸坂さんから、巾着を差し出される。
秋田ちゃんや店長は「狐?」と首を傾げていたが、私には意味がわかった。
受け取って中を覗くと大量の飴が入っていて、ふっと笑みがこぼれる。
そんな私を見て、秋田ちゃんは思い出したかのように慌てて紙袋を車から持ってきた。
「これっ! 私たちっ、店長と、私と、戸坂さんと、百田さんとっ……全員から!」
並べられた名前は、私がこのコンビニでお世話になった人たち。
この世界に来てからは、あまり関わってなかった人もいた。
だけど……今度は私の目に、大粒の涙が溜まる番だった。
「ありがとう……っ」
紙袋を受け取りながら、いろんな気持ちが入り混じった涙を拭う。
この世界ではどんな人たちか知らないままの人もいたのに、なぜか心が温かかった。
秋田ちゃんが乗った車が見えなくなったころには涙も落ち着いていて。
まだ私を見送るまで待ってくれていた戸坂さんと、店長にもう一度お礼を伝える。
顔を上げると、戸坂さんは私が初めて見るとても優しい瞳をしていた。
――それは、生い茂った葉の色が変わりはじめる、夏の終わりの季節だった。
『私』が二年間、そして私が半年と少し働いていたコンビニに背を向ける。
ふわりと吹く風に背中を押され、私は歩きはじめた。




