私と『私』と(3)
現れたのは初めて見る顔の、二人の魔物討伐隊の隊員だった。
二人は私たちを見ると驚いた顔をしていたが、すぐに真剣な顔に変わる。
「警報を聞かれてないんですか? この森では魔物が数体発生していて危険です。すぐに避難を」
ちらりと戸坂さんを見ると、目を丸くして私を見ていた。
「魔物が!?」
「…」
戸坂さんは私の腕を掴んで引き寄せると、困ったような顔をする。
「実は、ちょっと散歩をしていたら道に迷ってしまって…。ラジオも途中で落としてしまったんです」
すらすらと答える戸坂さんに合わせて、私もこくこくと頷く。
「そうですか…」
魔物討伐隊の人は若干訝しげな顔をしながらも、一緒に森の外まで着いてきてくれた。
それから歩いて十分くらいで、私たちは森をぬけた。
目の前には、住宅街やお店へとつながる路地がある。
二人のうち一人から名刺をもらった。
『関東第二十三エリア魔物討伐隊支部 佐藤 圭』
「一応連絡先が載ってますので、何かあればご連絡を」
魔物討伐隊の二人は、あっさりと私たちを見送り、また森の中へ入って行った。
その後ろ姿を見つめて、私が不思議そうにそれを呟くと、歩き始めた戸坂さんが教えてくれる。
「そもそも魔物を呼べる呪術師の存在は、魔物討伐隊の中でも一部しか知らないから」
私も呪術師が魔物を呼べる存在だったなんて初めて知ったよ。
「……結局、呪術師ってなんなんですか?」
戸坂さんは質問した私と目を合わせると、少し冷たくも見える表情で説明してくれた。
「呪術師は『魔物と人はわかり合える、だから魔物とも仲良くしよう』っていう主張を掲げる人の集まり」
それは……魔物が人を襲うこの世界で表立ってそんな発言をすれば、魔物の被害に遭った人たちからの反感がすごいことになりそう。
「ただ、そいつらのほとんどは呪力がない。魔物を呼べないし魔物を従えることもできないから、呪力のある呪術師を崇拝するふりをして、自分の利益だけを考えてる連中だ」
呪力を持つ呪術師は、魔物を従えることができる。
頭に浮かんだのは、戸坂さんを「ご主人」と呼んだ狐や、笠松さんや環さんに大人しくついていく小鬼。
「だからこそ、『呪術師』という言葉がそいつらの耳に入ったら、迎合して認められなければ、邪魔者と思われ消されることは珍しくない」
「そう、なんですね……」
戸坂さんの以前言っていた『力のない狂信者』とは、その人たちのことなんだろう。
そして思い出すのは、沙良木さんの『あいつらの中身はただの狂信者なんだ』という言葉。
沙良木さんの言葉に、魂を食べて人を殺した魔物を笑いながら友達と言う笠松さんや、淡々とその事実を話す環さん、表情を変えずに聞いていた哨子さんを想像してしまう。
しばらく無言で地面を見つめながら歩く。
そして、私はあることに気づいた。
「あっ!」
足を止めて、焦りの滲む表情で戸坂さんを見上げる。
「私の鞄が! 携帯もなくて…!」
ものすごく、今更なことを思い出していた。
鞄には財布と家の鍵と携帯と…貴重品しか入っていない。無くすとものすごく困る!
私の様子に、戸坂さんは軽く頷いた。
「大丈夫、たぶん捕まってた古屋にあるだろうから。あとで狐に取りに向かわせる」
「狐…」
私を助けてくれたもう一人の戸坂さんの正体は、初めて見る大きさの狐だった。
「正確には妖狐だけど。一応魔物だけど、あいつは人を襲わないよ」
……うん。
一瞬、魔物をバリバリ食べていた姿が浮かぶ。その後すぐに、飴をくれたり、戸坂さんに怒られる! と焦っていたり、いつも笑顔で挨拶してくれる姿に切り替わる。
「…はい」
無意識に口元が緩み、戸坂さんに頷き返して…ふと気になった。
「あの、妖狐って…魔物警報に引っかからないんですか?」
戸坂さんの代わりに働いたりしていたが、この世界では魔物が現れると警報が出るはずだ。
「…警報が、出ない方法もあるんだよ」
「…それって……」
…やっぱり呪術師って、すごく危険な存在ではないだろうか。
魔物警報に引っかからなければ、魔物が現れたこともわからない。その魔物を使って人を襲ったりもできる。
もしかして、この世界の『私』はそうやって、誰にも知られずに亡くなったのかな…。
呪術師の存在も知られていない中、魔物が魂だけ食べることができることも、あまり知られてなさそうだ。
そして、別の世界の私がこの世界の『私』の肉体にはいったことで、『私』の死は誰にも気づかれることがなくなった。
再び視線が地面に落ちる。
『私』の死を知った人の中でこんな気持ちになる人は、この世界でも私だけだろう。
そう思うと、胸の中が小石が溜まったみたいに重く感じた。
大通りに出るまで俯き歩き続ける私に、戸坂さんは何も言わなかった。
大通りに出ると、疲労が溜まっていたこともあって、できるだけ歩きたくなかった私たちは、二人でタクシーに乗った。
私たちのいた場所は、私の家から一時間もかからない距離で、戸坂さんは先に私の家まで送ってくれた。
「じゃあ、鞄とかは狐に持って行かせるから」
「…戸坂さん、助けてくれて本当にありがとうございます」
頭をしっかり下げる。
色々あってお礼を忘れていたが、そもそも戸坂さんが来てくれなければ、私は笠松さんに殺されててもおかしくなかった。
「…もう、姉貴たちとは関わらない方がいい」
「はい。…でも、どうして私が危ないことがわかったんですか?」
戸坂さんは、私の質問に少しだけ眉を寄せて教えてくれた。
私が哨子さんと関わったことを知った戸坂さんは、妖狐に私の見張りを頼んでくれていた。
そして、哨子さんの動きに違和感を覚えていた戸坂さんは、その後私が連れ去られたことを妖狐に聞き、慌てて助けに来てくれたそう。
もう一度お礼を伝えて、タクシーに乗ったまま軽く手を振る戸坂さんを見送る。
戸坂さんは私が異世界から来たことについて、最後まで触れることはなかった。




