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気づけば異世界にいた私の非日常  作者: だいたいぶくふく


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それぞれの事情(4)

 


 色々聞きたいことがたくさんあったのに、店の外に出るといつの間にか環さんは姿を消していた。


 ……いや、本当に。瞬間移動したみたいに一瞬で消えたのだ。さっきまでは隣にいたのに…。


 数秒目を瞬かせ、軽く息を吐いた。

 深く考えるのはやめよう。


 周りを見渡すと見覚えのない場所。街並みからして田舎ではないけれど、都会というほどでもない。

 …ここ、どこだろ。


 とりあえず帰り道を調べようと、その場で携帯を触っていると、前から誰かが近づいてきた。



「すみません、ちょっといいですか?」


 私の前で足を止めた人が声をかけてきたので、顔を上げる。


「さっきあなたと話していた女性について、聞きたいことがあるんです」


 目の前に立つ人を見て、目を丸くした。


 どこにでもいそうな風貌で柔和な笑みを浮かべている男性は、つい先ほど環さんが“探している”と言っていた写真に写っていた人だった。


 ……哨子さんの、元婚約者だっけ。


「えっと…、なんでしょう?」


 男性は辺りを見渡すと、少しだけ私に距離を詰め、声をひそめた。


「彼女とやり直したいんです。お願いします、相談にのってくれませんか?」

「……はあ、」


 ……もう帰りたいな。

 今の時間は午前九時過ぎ。そろそろ眠気も疲労も限界に近づいてきた。

 おまけに今の季節、この時間の外は十分暑い。…よし、帰ろう。


「すみません、ちょっと急いでいるので……」

「まっ、待ってください! お願いします、僕にはもう後がないんです…! どうか!!」


 男性は大声で叫びはじめると、そのままその場で土下座をした。

 人通りが少ないとは言えない場所での男性の行動に、さすがに焦る。


「えっ、ちょっ!? やめてください!! ……っわかりました、ちょっとだけなら話に付き合いますから!!」


 引っ張って立たせようとしても肩を揺すっても動かなかった男性が、私の言葉にばっと顔をあげる。

 肩にかけた手を、両手でがしっと包み込まれた。


「ありがとうございます…! 流田さん…! 本当に、ありがとうございます!!」

「…? いえ、ほんとにちょっとだけですよ」


 ほんの少し男性の反応にひっかかったが、それが何かわかる前に男性に腕を引かれる。


「僕、笠松かさまつと言います」


 一見穏やかな笠松さんは、つい先ほど公共の場で土下座をしていた人には見えない。

 思わずじっと見ていると、にこっと人の良さそうな笑みを浮かべた。


「……流田です」

「ここから五分くらい歩いたところの公園に、ベンチがあるんです」


 私が名乗ると、前に顔を向けてそのまま歩き続ける。

 そして私も、腕を掴まれているので仕方なく足を動かした。


 ――この時。色々と面倒になってきた私は、適当に話を聞いたらさっさと帰ろう、と思考を放棄してしまっていた。


 そして、この後。

 私はその判断を、ものすごく後悔することになる。



 笠松さんは「五分くらい先にある公園まで」と言っていた。

 しかし、腕を引かれ歩き続け、すでに五分は経っている。


 暑さではない汗が、背中を伝う。


「あの……笠松さん?」


 最初は笑顔で話しかけてきたのだが、次第に口数が減っていき。とうとう私が声をかけても反応しなくなった。


 周囲を確認すると人通りが減っていて……というか、人がいない?


 ……これは、ちょっとやばいかも…。


 そう感じた瞬間、ぐっと足を止めてその場に踏ん張った。


「笠松さん!」

「……僕の相談に、のってくれるんですよね?」


 振り向いた笠松さんの底の見えない黒い瞳を見た瞬間。

 私の意識が反転した。






 『ここはどこ……』


 あ、このセリフは久しぶりかも…と、周囲を確認した私はあえてずれたことを考える。


 そして瞬きを数回。

 やっぱり目の前の景色が変わらないことに現実逃避は諦めて、少しずつ思考を巡らせた。


 私は見覚えのない古屋の中に転がされていた。


 八畳ほどの広さの部屋の真ん中にはソファと、その前に置かれたテレビ。

 床の端の方には、「呪いの儀式に使う道具」と言われてもすぐに納得できる怪しげな小物が、乱雑に置かれている。


 蝋燭が何十本とあったり、大きめの紙に描かれた魔法陣のようなものや、まだ傷んでない果物……。


 私の両足は歩けないように、両手も後ろに縛られていて、口はガムテープで塞がれていた。


 ……これは、笠松さんの仕業だよね。


 なんとか体を起こして座る体制に持ち込むと、逃げ道や私の持ち物を確認する。


 扉は一つだけ。この世界で見慣れた分厚い窓ガラスから見えるのは、閉められたシャッターの裏側。

 ポケットにはいつも入れている防犯ブザーがなく、もちろん鞄も辺りに見当たらない。


 …………さて。どうしよう!?


 次第に大きく跳ねる心臓を落ち着かせようと、鼻から深く息を吸う。


 呼吸に集中していると、軋んだ音を立てて木製の扉が開いた。



「あれ? 起きてたんだ」


 部屋に入ってきたのは笠松さんだった。

 そしてその背後――扉の外を視界の端で確認すると、外には緑が広がっていた。


 あれは…庭? それとも森?


 緊張に身体をこわばらせながら、笠松さんの動きを追う。


 笠松さんは私を特別気にする様子はなく、部屋の真ん中に置かれたソファにどかりと足を広げて座った。



「…ああ、そうだ。相談なんだけどね、僕はこれでも、本当に哨子ちゃんのこと、愛してたんだよねぇ」


 私に話しかけてるのか、ひとり言か。

 判断ができないまま、笠松さんは真っ黒なテレビ画面を見ながら、語り始めた。


「僕さ、哨子ちゃんと婚約してたんだ。婿入りだけどそれなりに大きい家だし、哨子ちゃん可愛いし、満足してたんだよ。……五ヶ月前に、あいつに嵌められるまでは」


 ……五ヶ月前?


 声色が変わった最後の一言で、空気がぴりぴりと張り詰める。


 私は笠松さんを刺激しないように、息をひそめた。


「環……あいつさえいなければ……あれは義弟じゃない、血のつながらない奴が……婿入りしたって……そもそも親父も親父だ……どうせ裏切る……見る目が……」


 小さい声でぶつぶつと呟き、静かなはずの部屋でも聞き取れたのは断片だけ。

 そんな笠松さんをじっと見つめていると、突然私に視線を向けて、目が合った。


「君も関係あるんだよ」


 ……え?


「環と一緒に何を企んでたのか知らないけど、君も巻き込まれて、利用されて、可哀想にね?」


 急にソファから立ち上がった笠松さんに、びくりと肩が揺れる。

 この人が何のことを言っているのか、理解できない。


 笠松さんは、ゆっくりと私に近づく。

 ロープで手足を縛られている私は身動きが取れず、笠松さんを見つめることしかできなかった。


 しゃがみ込んだ笠松さんの手が、私の顔に近づき――口を塞いでいたガムテープが、無理矢理に剥がされる。


 ……いたい。

 力づくで剥がされたせいで、頬がひっかかれて、口まわりはひりひりした。


「それにしても……君、どうやってその体(そこ)に入ったの? それも環がやったの? 僕にもその方法、教えて欲しいなぁ」


 首を傾げながら顔を近づけてくる笠松さんに、思わず顔を背ける。

 横目で笠松さんを確認すると、何の反応もなく私の全身を観察していた。


「ねえねえ、君がそこに入った方法を教えてくれるなら、解放してあげてもいいよ」

「……どういう意味ですか」


 笠松さんは光を感じない瞳で私と目を合わせて、にこっと笑った。


「だって君、流田未来じゃないでしょ?」





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