お祭り(3)
「お腹くるしいよー!」
「もうむり、もう食べられない…」
お祭りの屋台の食べものを見つけるたび、片っ端から食べた。
屋台の食べ物を全て制覇したかったが、さすがに途中で二人とも胃の限界を感じたことで諦める。
時間も時間だったので、そろそろ帰ろうかと公園を出ることにした。
ここから歩いて駅までは、ぎりぎり終電に間に合うかどうか。どうせなら泊まっていくかと瑠美に聞くと、車でお迎えが来ると断られた。
「もうすぐ迎えが着くんだけど、未来も家まで送ろうか?」
「いいよー、私の家こっからすぐだし。正直ちょっとお腹いっぱいすぎて歩きたいかも」
「あはは、それはわかる」
それから、五分後には迎えの車が到着した。
運転席には初めて見る三十代くらいの男性。瑠美に「会社の上司」と軽く耳打ちされたタイミングで、男性と目が合ったので軽く会釈する。
「ありがとう〜。未来、また連絡するね! 次は二人ともぜったい浴衣だからね!? 気をつけて帰るんだよー!」
瑠美は助手席に乗り込みながら、笑顔で手を振った。
「うん! ぜったいね。連絡まってる!」
瑠美が乗った車の姿が見えなくなると、にぎやかな公園から少し離れただけなのに、辺りがしんっと静まり返っていた。
暗い一本道の先を見て、ちょっとだけ、やっぱり送ってもらえばよかったと後悔してきた。
…まあ、星空を見ながらでも歩いていればあっという間だよね。
とりあえず歩きながら、頭につけっぱなしだったお面を外す。
――ザザッ
歩き始めてほんの数分。ラジオから音声が流れはじめた。
“――魔物警報です。午後九時六分に、〇〇県××市〇〇区××町で魔物が発生しました。一部地域に魔物警報が発令されています。警報区域内にいる皆様は、不要不急の外出は控え――”
久しぶりに、かなり近い場所で魔物が発生したようだ。
どうしよう。
魔物討伐隊の人がいた公園の方まで戻るか、それとも家まであと十分くらいの距離を走るか。少しのあいだ悩む。
ラジオから流れてきた魔物の発生場所の住所は、公園と私の家と、そこを三角形でむすんだ辺りだ。
ちらりと鞄の中にある数珠を確認する。
…うん、走ろう。魔物討伐隊が魔物のいる場所に向かってくれるだろうし。
そう思って、走り出そうとした……
道の先に、黒い影が二つ。
「うそ……」
ダンッダンッと低く響く足音と、微かに感じる鼻につくような臭い。
近づくにつれ、見えてきたのは真っ赤な目をした『鬼』が二体。
身長は以前見た河童と同じくらいだが、その姿は河童よりも恐ろしく感じた。
口から歪に突き出た黄ばんだ太い牙。地面をぬらす、粘ついて薄く色づいた涎のようなもの。
人の目に似たぎょろぎょろした目は、瞳孔が開ききっているようで赤く、左右バラバラに動いていた。
咄嗟にポケットに手を入れて、防犯ブザーを二つとも取り出す。
鬼がある程度の距離まで近づいてきたタイミングで、両手に持ってカチッとスイッチを入れ、二体それぞれに向かって投げつけた。
充満する煙と、かすかに鳴る対魔物用のブザーの音。
すぐに来た道を戻り、公園へ向かって走り出した。…が、その足もすぐに止まってしまう。
「……やばすぎでしょ」
足が止まった原因。
私の進行方向の少し先にいたのは――二体の鬼だった。
ダンッダンッと鬼の足が地面につく重い音。鬼の足は早すぎるわけではない。だが、一本道で前も後ろも鬼に挟まれた。
逃げ場があるとすれば、右側にある森につながる深い草むら。
草木が鬱蒼と生い茂っていて道もない。その先がどうなってるのかも見えない。深く進みすぎれば、遭難する可能性すらある。
…いや、それよりも問題は。
そこに逃げ込んで、魔物討伐隊が来るまで逃げ続けられるのか?
あらく息を吐いて、大きく息を吸う。
落ち着け。防犯ブザーはもうない。こんなことならおじいさんのアドバイスを聞いとけば…って、そんなことよりも、何かないか、なにか…、
ゆっくりと息を吐き出し考えを巡らせていると、ふと思い出した。
『――簡単にいえば、結界みたいなものですわ』
数珠だ!!
思い出した瞬間、鞄に手を突っ込み数珠をひっつかむと、鬼に向かって投げつけた。
――パァン!!
破裂音が辺りに響き渡る。
私は破裂音の正体を確認することなく、自分の背丈以上ある草むらへ勢いよく突っ込んだ。
両手で顔をかばいながら突っ込んだので、半袖で服に守られていない素肌の腕に、ばさばさと木の枝や葉が何度もあたる。
そのたびに、腕にびりびりした感覚があった。
どれくらい走ったのかはわからない。私の体力的に、それほど遠くに離れていないとは思う。
私の足も限界に近づいてきて、
「うわっ」
石につまづいて、膝をついた。
「はぁ、はぁ、はぁ…っ、はぁっ…」
一度膝をつくと、足が重くてなかなか動かない。顔にも背中にも汗かびっしょりだ。
…今日、浴衣じゃなくて正解だったな。
息が整ってくるころには、重い足も動くようになってきて、周囲を確認する余裕が出てきた。
おそるおそる後ろを確認するが、鬼の姿は見えない。
ほっとして、魔物討伐隊に連絡しようと携帯を探しはじめて…鞄がないことに気づいた。慌ててポケットを確認するが、そこには何も入ってない。
…もしかして、落とした? …さいあくだ。
「………?」
この場で助けを待つか戻るかを悩んでいると、ガサガサ、バキバキッと草むらをかき分け枝が折れていく音。
その音は、次第に大きくなっていく。
…きっと、助けに来てくれた人、だよね。
右手で、胸元の服を握りしめた。落ち着いたはずの心臓が、再び脈打つ。
緊張しながら、後の方向をじっと見つめた。
……私の寿命は、もしかすると今日で終わりなのかもしれない。
目の前に姿を現した化け物を見て、私がそう思ったのも仕方がないことだった。
四足歩行で歩いていた化け物は、私を見つけると徐々に二本の足で立ち上がり、
――ああぁぉぉぉおおおお
鳴き声なのかなんなのか。
こもった叫び声をあげて、赤い目で私を睨みつけた。
二本の足で立った化け物は、私の三倍はありそうな、縦にも横にも大きい『鬼』だった。
巨大な鬼は、その体にふさわしい大きな手で拳を作ると、上へ上へと持ち上げる。
…ああ、今からそれで私を殴るんだろうな、と察した。
なすすべもなくなった私は、ゆっくりと目を閉じると、その拳が振り落とされるのを待った。
――パァン!
聞き覚えのある銃声。
「大丈夫ですか!?」
続いて聞こえる、焦りの滲む声。
目をあけると、目の前には軍服を着た魔物討伐隊の隊員がいた。
「怪我はありませんか!?」
「えっ、あ、はい」
初めて見る男性隊員の顔が、私の返事にほっと緩む。
しかし、その後も続いた銃声にすぐに顔を引き締めた。
「タロー! こいつやばい、修復してる。魔力量が桁違いだ…!」
そう言って、もう一人いた女性隊員が私たちの元へかけつける。
そしてちらりと私に目を向けるも、すぐに魔物を睨みつけた。
「あれは、僕たちでは倒しきれない。どこまで魔力も削れるか…」
そう呟いた男性隊員の表情は硬く、唇を噛み締めていた。
「…というより、どこまで足止めできるか、だね」
その女性隊員の言葉に、男性隊員の顔つきが変わる。
「私たちがあの魔物を必ず足止めします。あなたは逃げてください」
二人の隊員は、私に向けてそう言った。
覚悟が決まった人の目とは、こういうものなのだろう。
二人の顔をよく見ると、どこかあどけなさが残っている。きっと同じ年くらいか、私より年下。
私は、命をかけて、そんな年若い二人に守られる。
当たり前だ。彼らは魔物討伐隊の隊員で、私はただの一般人なのだから。
魔物がこちらに向かって足を動かす。同時に、それに気づいた二人の隊員も魔物に向かって走り出した。
私は二人の背中から目を逸らすことができずに、その場から足を動かすことができなかった。
響く銃声と不快な魔物の叫び声。
何度目かにふり上げられた鬼の拳が、男性隊員の体に当たる。
吹き飛ばされた男性隊員は、地面をごろごろと転がった。
鬼が近づく。
倒れて動かない男性隊員の前に、女性隊員が立ち塞がる。
銃を構える。撃つ。撃つ、撃つ、
――鬼の拳が、女性隊員へ振り下ろされる。




