お祭り(2)
「お久しぶりです、小鳥遊さん」
声をかけたのは、私からだった。
「久しぶりだね。未来さん、と…」
「前園です」
小鳥遊さんに視線を向けられた瑠美は、軽く頭を下げる。
そして、小鳥遊さんは瑠美に軽く自己紹介をしていた。魔物討伐隊の隊員だとはっきり伝えていたが、瑠美は特に反応していないように見えた。
「今日は…お仕事ですか?」
少し悩んだのは、小鳥遊さんが珍しく浴衣を着ていたからだ。
柄のない薄いベージュの浴衣に焦茶色の帯と、軍服を着ていない小鳥遊さんはいつもに増して柔らかい印象だった。
ただ、よく見ると腰のあたりには短刀と銃が装備されている。
「一応ね。でも――」
「あー! 未来ちゃんやんー!」
「わっ!? 按田さん今は驚かさないでくださいよ! …ぁあ!」
「…」
何かを言いかけた小鳥遊さんの言葉を遮ったのは、射的銃を持った按田さん。
隣の屋台は射的だったようだ。
そして的を大きく外した葵さんに、それを冷たい目で見る葉月さん。
珍しく、全員が浴衣を着ていた。
…葵さんと葉月さん、今日は角のカチューシャをつけてないんだ。あれも装備か何かかな?
「一応、こういう人の多いイベントは巡回が必要なんだ。さすがに軍服を着てたら目立つし、こうやってその場に適した服を着ることもあるんだよ」
「巡回中に射的をやりたがったバカもいけるけどね」
やわらかく笑う小鳥遊さんとは対照的に、葉月さんは冷たい目で按田さんと葵さんを見た。
「そんなことより未来ちゃん、ひさびさやなあ。元気やった? そっちは未来ちゃんのお友達?」
葉月さんの言葉を思いっきりスルーした按田さんは、にこにこと私たちに笑いかける。
「はい。はじめまして、前園です」
瑠美はそう言うと、また軽く頭を下げた。
「二人ともお面、似合ってるなあ! 前園ちゃんは浴衣なんや、めっちゃかわい――いてっ!」
按田さんが頭を抑えて振り向くと、葉月さんが無言で冷ややかな視線を送っていた。
「なんや、冗談やん。葉月ちゃんもかわい――いてっ! 褒めてんのになんで叩くねん…!」
無言で按田さんの頭や背中を叩く葉月さん。二人の様子に目を丸くして、慌てて間にはいる葵さん。
小鳥遊さんはそんな三人の様子に苦笑した。
「二人で遊んでいたのに邪魔してごめんね。こいつらはあっちに連れてくから気にしないで」
「いえ……、すごく賑やかですね」
「うん。たまにうるさく思う時もあるけどね」
そう言って最後に「楽しんで」と微笑むと、小鳥遊さんは三人の輪に入っていく。
なんとなく後ろ姿を見つめていた私に、瑠美が声をかけた。
「未来、りんご飴かおー」
「うん。………あ」
おいしそうなりんご飴を選んでいると、射的とは反対の屋台に串肉が売っているのが目に入る。
「瑠美、あれ買ってあの人たちにあげてきてもいい?」
「……いいけど」
今でこそ魔物とあまり遭遇せずに過ごせているが、少し前までは頻繁に魔物討伐隊に助けられていた。
それなのに、まともにお礼をしていなかったことに気づいたのだ。
瑠美に一言断ると、串肉を売っている屋台へ向かう。さいわい人が並んでいなかったので、すぐに買うことができた。
振り向くと、四人はまだ射的の前にいた。
「葵へぼすぎやろ!」
「さっき按田さんが驚かせてきたせいですよ! 小鳥遊さん、按田さんをぎゃふんと言わせてください!」
「…え? 俺?」
「ちょっと…それで最後にしてよね」
近づいていくと、銃を構えている小鳥遊さんが見える。
片目を閉じて的をしっかり狙う横顔が、綺麗だと思った。
そして、小鳥遊さんが打った瞬間。
――カコン、と的の缶が倒れた。
「うわっ、ほんまに当てた!」
「さすがです小鳥遊さん…!!」
「はい。もう終わり、次の場所に見に行かなきゃ…」
葉月さんがそう声をかけ、四人が移動しようと動きはじめたので、慌てて声をかける。
「あのっ、よかったらこれ、みなさんで食べてください!」
パックに入った串肉を、ビニール袋ごと差し出す。
四人からの視線を感じる中、受け取ってくれたのは小鳥遊さんだった。
「ちょうどお腹が空いてたんだよね。ありがとう」
「蓮! 一人で食べたらあかんで、未来ちゃんみんなにって言うてんから! 俺も食べるからな!?」
「僕も食べますよ!!」
無事受け取ってくれたことにホッとしていると、葉月さんがポツリと呟く。
「規則では、何を入れられるかわからないから、こういうのを受け取るのは禁止されているのだけど」
「え…」
「私もちょうど小腹が空いてたのよね。ありがとう」
そう言うと、葉月さんは私の目を見て微笑んだ。
そっか、魔物討伐隊もいろいろ規則があるのは当たり前だよね。…危険も、魔物だけじゃないんだ。
軽い気持ちで渡したことを反省していると、按田さんに串肉の袋を預けた小鳥遊さんが近づいてきた。
「未来さん。わざわざありがとう」
「いえ、なんかすみません。私何も知らなくて…」
私が申し訳なさそうに伝えると、首を傾げて葉月さんにちらりと視線を向けた。
「たしかに他の隊員の目があると断らなきゃいけなかったから、今でよかったとは思ってるよ。ちょうどお腹すいてるし…」
小鳥遊さんはそう言ったあと、少し視線をさまよわせ、何かを握っていた片手を私に差し出した。
手のひらには、小さい小鳥のキーホルダーがのっている。
「これ、さっき景品でもらったんだけど…お肉のお返しってことで。…俺には可愛すぎて使えないし」
確かに、手のひらに置かれたピンクの小鳥はフォルムもまるまるとしていて、ファンシーで可愛らしい見た目だった。
これを持ち歩くのは、きっと恥ずかしいんだろう。
「ありがとうございます」
お礼とともに、小鳥のキーホルダーを受け取る。
目が合った小鳥遊さんは、ふわりと優しく笑ってくれた。
「ごめんね瑠美! おまたせ…!!」
「いいよーん」
私が走って瑠美に駆け寄ると、いつのまにか両手にはわたがしと、串肉を持って頬張っていた。
わたがしを分けてもらって食べていると、瑠美がお肉を頬張る手を止める。
「わたせた?」
「うん! ほんとにありがとう!」
感謝の気持ちを込めて力強く伝えると、瑠美は「よかったね」と笑ってくれた。
「それよりわたがしどこに売ってたの!?」
「あっちー! 大丈夫、まだまだ食べないといけないものは多いよ〜!」
それから、目につく屋台の食べ物のほとんどを食べた。
食べ過ぎて飲み物すら胃に入らないくらいに食べて、笑って。
この日は、私がこの世界に来てから一番楽しい思い出の日になった――あの出来事がなければ。




