お祭り(1)
ビー、ビー、ビー…ビー、ビー、ビー…
遠くで鳴り響くブザーの音。
“――午後三時二十六分に、〇〇県××市〇〇区××町で発生した『小鬼』は、現在も東へ移動中。一部地域に魔物警報が発令されています。警報区域内にいる皆様は、不要不急の外出は控え――”
ラジオから流れる魔物警報。
今までであれば、この後すぐに魔物と遭遇していたのだが。
私はそれを、駄菓子屋のおばあちゃんと一緒に、お茶を飲みながら聞いていた。
「未来ちゃん団子食べるかい? ついこないだ買ってきたのよぉ」
「いえ、お気持ちだけで大丈夫です。ここで待たせてくれるだけで助かってますから」
ラジオから流れる音声は、何度か同じ内容がくり返されている。まだ魔物は討伐されていないみたいだ。
昨日は仕事が休みだったこともあり、いつもより早起きした私は、以前たどり着けなかった駄菓子屋に足をのばした。
六畳くらいの広さの店内に、壁一面の棚にも敷き詰められたおやつを見ていると、なんだか懐かしい気持ちになる。
…小さいころ、駄菓子屋さんでよくお母さんに買ってもらったなあ。
私がお菓子を選んでいると、ラジオから魔物警報が流れはじめた。
それを聞いたお店のおばあちゃんが「警報が解除されるまで休んでいきなぁ」と声をかけてくれたので、お言葉に甘えることにしたのだ。
お店の扉や窓は、おばあちゃんのかわりに私がシャッターポールで全てシャッターを下ろして、鍵もしっかり閉めた。
おばあちゃんは店の奥からプラスチックの椅子を持ってくると、レジ台を机にお茶とお菓子も用意してくれた。
「はやく討伐されるといいねぇ」
「そうですね…」
今日の夜のバイトまでに間に合えばいいけど…。
冷房の効いた店内で冷たいお茶を飲んでいると、背中にかいた汗が冷えて、少しだけ震えた。
この世界に来て、もう五ヶ月が経つ。
こうやって、突然魔物警報が流れる日常にも慣れてしまった。
最初の三ヶ月と少しは、頻繁に魔物と遭遇していた。
その後いろいろあって、戸坂さんの姉と出会い、気になることを言われて。
跡取り息子の戸坂さんが、家に戻らない原因を聞き出すように頼まれて。
戸坂さんに聞くと、「本人に聞くのがいちばん」と謎の発言をされて。
実はそれからここ二ヶ月近く、戸坂さんとまともに話ができていない。
ただ、しばらく戸坂さんを観察していて気づいたことがある。
戸坂さんは、日によって性格が変わるのだ。あと、私の呼び方が違う。
『流田ちゃん』と呼んでくるのは「本人に聞くのがいちばん」と発言したことから、たぶん『流田さん』呼びが戸坂さん本人。
…でも、どっちも見た目は戸坂さんにしか見えないんだよなあ。
二重人格とか? それか戸坂さんは双子だった?
正直『流田ちゃん』呼びの戸坂さんの方が話しやすい。だけどあれからは、関係のない話しかのってこない。それ以外は「ゼッタイ言えない!!」の一点張り。
なので、『流田さん』呼びの戸坂さんに聞くのが一番だとはわかってはいるのだが。
…ものすごく、話しかけづらいんだよね。
話しかければ普通に返事はしてくれる。無愛想ではない。なのにどこか固い空気を背負った感じが、声をかけづらくしていた。
あれから哨子さんにも会っていない。
そういえば、今更だが連絡先も交換していないのに、もし家に戻らない原因を聞き出せたとして、どうやって教えたらいいんだろう?
…会っていないと言えば、魔物討伐隊の人たちとも会わなくなった。これはいい意味で。
実は戸坂さんからお守りをもらってから、近くに魔物が現れても遭遇しなくなったのだ。
おかげですごく生活がしやすい。
――ザザッ
“――午後三時二十六分に、〇〇県××市〇〇区××町で発生した『小鬼』は午後四時四十分頃、無事魔物討伐隊に討伐されました。これにより、魔物警報が解除されます――”
私がこの世界に来てからを思い出していると、ラジオから魔物が討伐された知らせが流れた。
「おや。討伐されたみたいだねぇ、よかったよかった」
おっとり笑う駄菓子屋のおばあちゃんにお礼を伝えて、購入したお菓子を持って家に向う。
歩いていると感じる、蝉の声と熱気で歪む視界。乾いた汗がまた流れだした。
途中、携帯でメッセージが届いた通知音が鳴る。
開いてみると、瑠美からだった。
【お祭りいこーよー!】
……もうそんな季節かぁ。
短い返事を送る。
家に向かう足取りが、少しだけ軽かった。
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「未来ー! こっちこっちー!」
ざわざわと喧騒の中、聞き覚えのある明るい声が聞こえる。
きょろきょろと辺りを見渡していると、手をふりながら近づいてきたのは、私の唯一の親友の瑠美だ。
「瑠美! ひさしぶり!」
私も小走りで瑠美に近づく。
瑠美は私の手を取ると、ぶんぶんと上下に揺らした。
「浴衣じゃないじゃん!」
「えーと、着るつもりだったんだけど…家に見当たらなくて」
私の記憶では、去年も瑠美と浴衣を着てお祭りに行ったことがあった。
それから、アパートの襖の奥に直した覚えがあったのだが、見つからなかったのだ。
「えー!? 早く言ってくれたら私の貸したのにぃー!」
そう頬を膨らませた瑠美は、淡いピンクの浴衣を着ていた。
髪の毛はハーフアップにしていて、おろした部分は綺麗に巻かれている。
「ごめんね。瑠美、浴衣似合ってる。可愛いよ」
素直に感想を伝えると、瑠美は一瞬目を丸めてからにこっと笑った。
「まあね。ありがとう! …でも次は未来もぜったい浴衣着ようね!」
去年は瑠美の地元のお祭りに行った。そのため、今年は私の住む町のお祭りに行きたい、と瑠美が希望したのだ。
二人ともこの町のお祭りに来たのは初めてだ。
普段は子どもたちが走りまわっている広めの公園。周囲はいっそう頑丈そうな分厚いフェンスに囲われている。
公園の敷地いっぱいには出店が並んでいて、すでに人もそれなりに集まっていた。
それから、公園の隣には人二人分がならべる石畳の階段。その上には小さな鳥居が見えた。
階段を登りたい気持ちはあったが、階段前はしっかり太めのロープで塞がれていて、登れないようになっている。
なんとなく鳥居が気になって見上げていると、そこに数人の人影が見えた気がした。
「未来〜、何見てるの?」
「え? ……ううん、なんでもない」
瑠美に横から覗き込まれ、そこから目を離す。また見上げると、今度は何も見えなかった。
「私、わたがし食べたいー!」
「私も食べたる! あとミルクせんべいと!」
「いいねー! ベビーカステラも買って帰らないと…って、食べものばっかじゃん!」
二人で笑いながら目当ての食べものを探すため、人混みの中に進んでいく。
食べものを見つける前に、途中で瑠美が輪投げをしたり、くじ引きを引いたり、二人でお面を選んで頭につけた。
ちなみに、お面の種類はすごく豊富だった。…主に魔物の種類が。
初めて知った魔物も多かった。魔物には見た目が恐ろしいものしかいないと思っていたのだが、お面はデフォルメされている効果もあるのか、可愛らしい魔物もいたみたいだ。
瑠美はほとんど兎にしか見えない灰色のお面――お面を売ってるおじさんが『岩兎』と言っていた――に、私はベタだけど狐のお面を選んだ。
『妖狐』って、この世界では魔物として実在するんだ…。
「未来、狐のお面似合いすぎ!」
「それは褒められてるの?」
「うんうん! なんかちっちゃい子みたいで可愛い!」
「…」
唇を尖らせた私に気づいた瑠美が、慌てて謝る。さっき挑戦した輪投げの景品の飴を目の前で揺らす姿に、ふっと笑ってしまった。
前が見えるように頭の右側にお面をずらして、また二人で食べもの探しを再開する。
「りんご飴食べたくなってきたかも」
「あっ、あれ! あそこりんご飴売ってるよ!」
瑠美に手を引かれてやっとたどり着いた食べもののお店。
そこで、二ヶ月ぶりにその人を見かけた。
「「……あ」」
お互いに目が合う。
気づいたのは、ほぼ同時だった。




