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気づけば異世界にいた私の非日常  作者: だいたいぶくふく


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飴 

 



「あれ? 秋田ちゃんどうしたの?」

「…っ、未来ちゃんんんん!」



 出勤してバックヤードに入ると、そこにはパイプ椅子に座って俯く秋田ちゃんと、その隣に立つ戸坂さんがいた。


 私が呼びかけると、二人とも同時に顔をこちらに向ける。

 秋田ちゃんは私を見るなり立ち上がると、勢いよく胸元に飛び込んできた。


「えっ、秋田ちゃん? どうしたの!?」

「うわぁぁあん……! っ、ひっく、ぅう……っ」


 涙の止まらない秋田ちゃんを抱きとめながら、状況のわからない私は戸坂さんへ視線を向ける。


「流田ちゃんオハヨ〜。なんか、さっき彼氏にフラれたらしいヨ」

「えっ!」

「…っ」


 秋田ちゃん彼氏いたのか。というか、今日の戸坂さんはいつも通りだ。いやちがうちがう、今は戸坂さんのことより秋田ちゃんだ。


「大丈夫…?」

「なんかぁっ、他に好きな人できたって…っひっく、さっきケータイみたらっ、連絡きててぇ…」

「……そっか」


 ………これ、私はどうしたらいいんだろう?


 せっかく頼ってくれてる秋田ちゃんには申し訳ないが、生まれてこの方彼氏ができたこともなく、告白すらしたことのない私には、振られた時の慰め方がわからない。


 学生時代はフラれて泣いている子がいても、他の子が励ましてたりで、私は積極的に慰めに行くタイプではなかった。

 瑠美も基本的に、泣いたと思えば怒って愚痴って気づけばけろっとしてるタイプだから、泣き止まそうとしたこともないんだよね…。


「流田ちゃん、オレが店頭に出とくから、秋田ちゃんがお迎え来るまでヨロシク〜。こーゆーのはオンナノコ同士の方がいいって聞いたヨ」

「ええっ!?」


 そう言うが早いか、泣いてる秋田ちゃんとひっつかれた私を置いて、戸坂さんはバックヤードから出て行ってしまった。

 いや、たしかに店頭に誰もいないのはだめだから仕方ないんだけど。こういうの慣れてない私に任されても困る…!


「…とりあえず、椅子に座ろ」

「ジュンくんがぁ、好きになったってこっ…清楚系なのぉ〜! 令美と正反対じゃん〜!」


 ジュンくんは彼氏かな? …うん。たしかに正反対だね。

 秋田ちゃんをパイプ椅子に誘導しながら、心の中で何て言葉をかけようか悩む。


 そのあいだもいつも笑顔で明るい秋田ちゃんが泣いている姿を見ていると、だんだん胸が苦しくなってきて。

 気づけば、言葉がこぼれていた。



「悲しいよね……」

「…………未来ちゃん?」



 ぽつりと、小さく呟く。


 それを口にした瞬間、胸の奥がどこかぎゅっと重く感じて――


 涙が流れていた。


 自分でもわからない。ただ急に、今まで出会ってきた人たちの顔が頭に浮かんで……私が覚えてもいない、()()()()の父の笑顔を想像してしまったのだ。


「っごめんね急に! 悲しいのは秋田ちゃんなのにね」

「未来ちゃん、」

「…でもね、秋田ちゃん。悲しい気持ちも、いつかは思い出に変わる時が来るんだよ。あの時あんなことがあったなあって、いつかは笑って話せる時がくるんだよ」


 目が合った秋田ちゃんはすでに涙が止まっていて、静かに私の話を聞いてくれた。


「この世界は、いつ死ぬかわからない危険な世界だけど。生きていれば、いつでも会えるしいつでも笑えるから」

「未来ちゃん…」


 涙が止まった代わりに、眉を下げて心配そうな表情の秋田ちゃんに、私ははっと我にかえった。


「…そうですよね。前を向かなきゃはじまらないですよね。…あんなやつ、さっさと忘れてやるっ!!」


 きゅっと顔を引き締めた秋田ちゃんが、ぐっと拳を握って立ち上がる。


 その姿を見て、だんだん頭も冷静になってきた。

 …ちょっと感情的になり過ぎた。『この世界』とか、『いつ死ぬかわからない』とか。もとは失恋の話しだったのに、急に話を広げすぎでしょ!! 


「……お迎えは大丈夫?」


 頬が赤くなるのを誤魔化すように、秋田ちゃんに声をかける。


「あっ! …えーと、そろそろ着くみたいです!」

「そっか、気をつけてね」


 恥ずかしさと心配の気持ちが混じりながら微笑む。


「はい! 未来ちゃん、ありがとうございます。私、未来ちゃんのこと大好きです!」


 秋田ちゃんはそう言って、いつもの明るい笑顔を返してくれた。

 ……ちょっと、つけまが外れかけていて、ヨレたアイメイクがパンダになっていたけど。


 それでも笑顔の秋田ちゃんは、とても可愛かった。





「あ、流田ちゃんオツ〜」

「戸坂さん…」


 秋田ちゃんがバックヤードから出て行くのを見送った後、少し経ってから私も店頭に出た。


「大丈夫だった〜?」

「はい…」


 私を置いていった時は、あとで戸坂さんに文句を言ってやろうと思っていたのに。すっかりそんな気持ちはなくなってしまった。


 車の止まっていない駐車場に目を向ける。


 ……あのとき。泣いている秋田ちゃんにかけた言葉は、きっと私が、自分自身に言い聞かせたかった言葉だったんだと思う。

 でも急にあんなこと言い出した私に、秋田ちゃんが引かなくてよかった…。



「流田ちゃん、ちょっとこっちきて」

「なんですか?」


 外をぼーっと見ていたら戸坂さんに呼ばれる。近づくと、いつのまにか両手に飴を持っていた。


「いちごかミルク、どっちがすき〜? どっちも食べればいちごミルクもできるヨ」


 そう言うと飴を持った両手を近づける。首を傾げて私の返事をまった。


「ミルクで…」

「ハーイ!」


 戸坂さんはにこにことミルク味をくれた。


 お礼を言って受けとると、さっそく飴を口に入れながら戸坂さんの様子を観察する。


 今日はなんだかテンションが高い日だ。こないだはもっと静かだったし、こんなに話しかけてこなかった。

 …まあ、テンションが高い方が話しやすくて、頼まれごとには好都合だ。


「あの、戸坂さん」

「どうしたの〜?」


 戸坂さんはいつものようにパイプ椅子をレジ前に置き、そこに座るといちご飴を食べた。


「飴ほしいノ? コレね、最近オレがハマってるおやつなの」

「いえ、飴はもうもらったので大丈夫です」

「そう?」


 戸坂さんは飴を口に入れたとたん、がりがりと噛んで飲み込む。するとポケットに手を入れて、また飴を口に入れた。


「あの、戸坂さん。ちょっと聞きたいことがあるんですけど」

「うん? なになに〜?」


 私を見上げると、飴を噛み砕いて飲み込む。またポケットから飴を取り出して口に入れる。がりがりと音がする。


「……戸坂さん、前にお姉さんがいるって言ってましたよね」

「…そうだね、いるヨ」


 一瞬、飴を噛み砕く音が止んだ気がしたが、すぐに次の飴を口に入れた。

 …そのポケット、どれだけ飴が入ってるんだろ。


 ついポケットから無限に出てくる飴に気を取られながらも、話を続ける。


「こないだ、ほんとに偶然なんですけど……私、会いました」

「…誰と?」

「戸坂、哨子さんに」


 その名前を口にした瞬間、飴を噛み砕く音が止む。

 少しの間、その場から音が消えた。


「トサカ、ショウコ…」


 座っている戸坂さんは私から視線を外し、正面に顔を向けたことで、立っている私からは戸坂さんの顔がわからなくなる。


「……ああ、アイツか」


 いつもより少しだけ低い声でそう呟くと、すぐに口の中の飴の残りを噛み砕いた。


「えっと……戸坂さんのこと、心配してました」

「フーン」

「家に戻ってきて欲しいって…」

「へー」


 明らかに、どうでもいいと思っているような返事だった。


「…戸坂さんは、どうして家に戻りたくないんですか?」


 思い切って質問すると、戸坂さんが私を見上げる。

 その表情は思っていたよりも飄々としていて。そのままこてんと首を傾けた。


「さあ……戻りたくないんじゃネ?」

「どうしてですか?」

「ウーーン。ソレは本人に聞くのがいちばんデショ」


「……………えっ?」

「………アッ、今のなしデ!」


 どういうこと? 本人って、自分のことじゃないの?

 目を丸くして目の前にいる戸坂を凝視する。


 戸坂さんは慌てた様子でポケットから飴を取り出すと、片手いっぱい握りしめて私に押しつけた。


「コレっ! 飴あげるから今のなしネ!!」

「大丈夫ですっ、こんなにいりません…!」


 必死に押しつけてくるので、咄嗟に飴を握り締めた手を掴む。

 お互いの指の隙間から、ばらばらと飴が床に落ちた。


「そっそれより! 今の発言はどういうことですか!?」

「怒られる! 飴あげた! 忘れる! 忘れた!」

「意味がわかりません!!」


 それからは何を聞いても同じ言葉のくり返しで、まともに会話にもならない。

 しまいには私が声をかけるだけで、戸坂さんの肩が跳ねるようになった。



 とりあえず、いつも通り働きながら様子を伺う。

 途中、何度か質問してみたが何を聞いても「怒られるからダメ」と、くり返すばかりだった。




 

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