いつもと変わらないはずの、しかしいつもとどこかが違う日常(2)
スーパーはアパートから徒歩だと二十五分、自転車だと十分くらいで着く距離にある。
自転車を漕ぎ始めて数分、いつものスーパーへ向かう道に、なんだか違和感を覚えた。
不安を感じながらもスーパーに着くと、シャッターは開いていて営業中の看板にほっとする。
そのまま店内に入って、気がついた。
…人が、いない。いくら田舎でも夕方のこの時間、誰もいないなんて今までになかった。
そういえば、ここに来るまでも人とすれ違っていない。
買い物客が私以外見当たらないことに不安も感じつつも、いつもの店員のおばちゃんがレジにいるのが見えたことで少し安心する。
ここのスーパーは都会にあるスーパーほど大きくはないが、それなりに種類が豊富で気に入っている。特に野菜や果物が比較的安く手に入るのがありがたい。
家の冷蔵庫は小さめなので必要なものだけをカゴに入れていると、端の方に大量に積まれた色々な種類のカップ麺の山が目に入った。
少し悩んだ後、カップ麺もいくつか多めにカゴに追加する。
ほら、昨日みたいな嵐でいつどんな被害があるかわからないし。災害用に準備しとかないとね。
「お願いします」
カゴをレジに置いてポイントカードを探していると、レジのおばちゃんからの視線を感じて、顔を上げた瞬間、目が合った。
「あんた、大丈夫なのかい?」
「え?」
「いやねぇ、今回の警報の範囲は広かったし、数時間でここまで来ることはないとは思うけどさ。でもほら、ついこないだの坂田さんのこともあったじゃないか」
「…?」
目の前のレジのおばちゃんは、私がこのスーパーに通い始めたころからよく顔を合わせているベテラン店員だ。
年齢は知らないが、見た目は五十歳くらい。うなじくらいの長さの髪は紫に染められ、パーマをあてているのかくるくる巻いている。
恰幅の良い体型で、スーパーの制服とも言える明るい緑のエプロンが似合っていた。
愛想が良く、長話をするほどではないが、いつも笑顔でその日のおすすめ商品を教えてくれる人――だったのだが。
今日のおばちゃんは世間話がしたい気分なのか、私の反応も気にせずに話し続ける。
「あのじいさんも頑固だったからさ、娘さんも大変だったらしくて。新聞で取り上げられたのは一部だったみたいでねぇ」
知っていて当たり前かのように話している内容は、私には何のことか理解できなかった。
坂田さんって誰だ…? 新聞で取り上げられたってことは、この辺では有名な話なのかな。
考えながら無意識に首が傾いていたようで、そんな私を見たおばちゃんは驚いた顔をする。
「あんなにニュースになってたのに、もしかして知らないのかい!? ただでさえ十五年ぶりに死者がでたってことで、町中噂だったじゃないか! まあ、あのじいさんも警報が出てる中、家族の反対を押し切って酒を買いに外に出たってんだから自業自得だけどさ。それでも世間ってのはお門違いなところを叩いてまあ――ああ、ごめんね。…はい、ポイントカード。いつもありがとね」
とりあえず話を聞き流しながら、財布の奥に詰まっていたポイントカードをなんとか取り出して渡すと、やっとおばちゃんのお喋りが止まった。
「スタンプは貯まってるけど、ポイントは使う?」
「いえ、そのままで」
「合計二千三百円ね。誰もいないしここでカバンに詰めちゃいな」
お会計も終わって、お言葉に甘えてその場でエコバッグに商品を詰めていく。
エコバッグに商品を詰め終わって帰ろうとすると、その様子をじっと静かに見ていたおばちゃんがまた口を開いた。
「ほんとに気をつけなさいね。人生は何が起こるかわからないんだから」
また長いお喋りを聞かされるのかと身構えたが、レジのおばちゃんは最後に一言そう言っただけで口を閉じた。
それにしてもあのおばちゃん、こんなにもお喋りだったっけ? …なんだか買い物だけでいつもより疲れたし、早く家に帰ろう。
帰り道でもやっぱり人に会わなかった。
ただ、行きと違って、聞き覚えのないサイレンのような、ブザーのような音が遠くでなっていることに気づく。
パトカーでも救急車でも消防車でもない、初めて聞く音だ。
笛のように高いブザーのような音が、ビー、ビー、ビー、と三拍子のリズムで鳴り響いている。
なんの音なんだろう? この町に住み始めて二年、こんな音は初めて聞いた。
遠くで聞こえるその音に耳を澄ませながら自転車を漕ぎ進める。
そして、あと三分もあればアパートに着く辺りで――
――――ゴォォォッ
竜巻きが、私を襲った。




