写真(2)
私の手首を掴んだ黒いレースの手袋をした人は、戸坂さんと言い合っていた、あのゴスロリ女性だった。
前髪を真ん中で左右に分けた姫カットに、腰まであるさらさらストレートの黒髪。お人形さんのようなぱっちりした目に、真っ赤な唇。
ゴスロリファッションが、それはもう違和感もなく似合っていた。
「貴女、久しぶりじゃありませんか。ええ、久しぶりですわ」
「え?」
「こんなとこではなんですし、わたくしとゆっくりお話しいたしましょう。…そんなにお時間はいただきません、きっと貴女もわたくしと話したいはず。ええ、そのはずですわ」
「ええっ!?」
ゴスロリ女性の勢いに負け、ほぼ強引に手を引っ張られて連れてこられたのは、小さな喫茶店だった。
よくいえば古風、言葉を選ばずにいうと廃れた外観。
店内はそれなりに綺麗だが、カウンターに並ぶイスは三つ、テーブル席は二席しかないのに、通路が狭く感じた。
ゴスロリ女性は店員の案内も待たずにすたすたと進むと、奥のテーブル席に座った。
「飲み物はどうされますか?」
三十歳くらいの男性がメニュー表を持ってくる。
髪をオールバックに撫で付けて、漆黒のスーツをピシっと着こなし、白い手袋までしている。
この人店員さんなの? この外観の喫茶店にスーツの店員って…。
突っ込みたいところが多すぎたが、ゴスロリ女性がドリンクを注文しはじめたので、口元まででかかった疑問をいったん飲み込む。
「わたくしはアイスコーヒーを。貴女は?」
「…私もアイスコーヒーでお願いします」
…これ、あとから数千とか数万とかぼったくられたりしないよね? ぼったくり居酒屋ならぬぼったくり喫茶店とかないよね?
ゴスロリ女性に流されるま…戸坂さんとの関係について興味本意の気持ちもあったけど、ここまでのこのこついてきたことを今更後悔してきた。
「――それで、貴女。哨悟といったいどういう関係なのかしら?」
「哨悟…?」
「まあっ! あの子を呼び捨てにする仲なのね!?」
ダンっと両手をテーブルに叩きつけ、同時に迫ってきた険しい顔に思わず少しのけ反る。
ゴスロリ女性はせっかくの綺麗なお顔を、眉間…と言うより顔のあちこちに皺をよせていた。
客観的にみると変顔をしているようにしか見えない…。
「…お嬢様、アイスコーヒーです」
「ありがとう」
「…ありがとうございます」
テーブルにアイスコーヒーが二つ置かれる。
ゴスロリ女性はコーヒーをひとくち飲んで、顔の皺を消した。
いったん落ち着いたのかこほんと咳払いをする。
「失礼、哨悟のことになるとつい…。自己紹介がまだでしたわね。わたくし、戸坂哨子と申します。戸坂哨悟の姉ですわ」
戸坂さんの、姉…。
『…うるさい姉が一人。しばらく会ってないけど』
姉と聞いて、戸坂さんが嫌なことを思い出したかのように顔を歪めていた姿が頭によぎる。
「は、初めまして。流田未来です」
お互いに座ったまま軽く頭を下げた。
「それで、貴女は哨悟とどういう関係かしら?」
「ただバイト先が同じなだけです…」
「まあっ! わたくし騙されませんわよ!?」
正直に答えたのだが、目の前の女性はくわっと目を見開くと、黒いポーチから何かを取り出した。
ばさっ、とテーブルの上に乱雑に広げられたのは、何十枚とある大量の写真。
その写真の全てに戸坂さんが写っており、完全にプライベートなものからコンビニ勤務中のものまでさまざまだ。
戸坂さんのよだれが垂れてる寝姿とか、ぎりぎり大事なとこが隠れている入浴写真とか、ほかにもたくさん……見てはいけないものを見てしまった。
おまけに戸坂さんの勤務中の写真の何枚かに、見切れてはいるが私も写っていた。
ざっとテーブルに散らばった写真に目を滑らせ、思わず顔が引き攣る。
いつ撮ったんだこれ。というかこの人、戸坂さんのストーカーじゃ…?
そもそも姉というのも怪しく感じていると、哨子さんはとある写真を私に見せてきた。
「こちらを見なさい。貴女、哨悟から何かを受けっているわね」
示された写真は、ちょうど私が見切れて写っているものだった。
写っているのはつい最近、というか二日前に、様子のおかしい戸坂さんから数珠を受け取っているタイミングだ。
「そしてそれを、今も持ち歩いてるのではなくて?」
なんで戸坂さんから貰った数珠を持ち歩いてることを知ってるの…。
「これですか?」
とりあえず、鞄に入れていた数珠を取り出すとテーブルの上に置いた。
「やっぱりそれ、哨悟のじゃないっ! あの子、自分の居場所がばれるのをわかっていて貴女に渡すなんて…」
「…どういうことですか?」
哨子さんは私をキッと睨みつけ、数珠を指差す。
「これは、外部から呪力を感知できないようにするための呪具よ。それも哨悟が自作した特別性!」
「呪具…?」
「簡単に言えば、結界みたいなものですわ」
「結界…」
……ちょっと、何を言ってるのかわからない。初めて聞く言葉ばかりで混乱してきた。
えーと、まずこの数珠は呪具で…って、呪具って呪い系じゃないの? でもこの人、結界って言った?
私が数珠を見つめて固まっていると、哨子さんは怪しげな顔をする。
「あら? こんなこともわからないなんて…もしかして貴女、同業者ではないの?」
「違います。きっと何か勘違いされてると思います」
哨子さんは、首を横に振ってそう言った私と、テーブルに置かれた数珠に何度か視線を動かすと、驚いた顔で手を口元に翳した。
「まあっ! なんてこと…。わたくしったら勘違いを! だって貴女からあまりにも…」
と、そこで何かに気づいたかのように言葉を止める。
次に話しはじめたときには、最初の険しい表情が嘘のように心配そうな顔つきになった。
「まって、貴女一般人なの? それは……魔物がよってきて、今までさぞ大変だったでしょう?」
「え…」
「もしそうなら、哨悟がこれを渡したのも少しは理解できるわ。あの子、お人好しなところがあるし」
どういうことだろう。この人も、何かを知っている?
「あの、私がよく魔物と遭遇する理由がわかるんですか?」
「……わたくしたちは、お互い同業者がわかるのだけど。稀に貴女のような出自を知らない方もいますの」
それは私が聞きたかった答えではないけれど、気になる話だった。
哨子さんが続きを話すのを静かに待つ。
「ただ……不思議なのが、貴女はなんて言えばいいのかしら。纏っているというか、たまたま香りがついただけのようにも視えますし」
「…それが、私に魔物がよってくる原因ですか?」
「ええ。…わたくしたちは、世間には知られていない存在、知られてはならない存在……なのだけれど。貴女ははたして一般人と言えるのかしら? 八代、どう思って?」
哨子さんはそう言って首を傾げると、すぐ近くに控えていたスーツを着た店員――店員というより執事みたいだ――八代と呼ばれた男へ視線を向けた。
八代さんは目を細めて私を見たあと、哨子さんと目を合わせる。
「判断致しかねます。ただ、出自が関係しているのであれば、いつかは同業の誰かが介入するはず。どのみち知ることになるのは時間の問題かと」
「そうね……まあいいわ。せっかくならわたくしもこの状況を利用させていただきましょう」
哨子さんは少し考えたあとひとつ頷き、まっすぐに私を見た。
「わたくしが原因を教えて差し上げます。その代わり、わたくしに協力してくださいな」




