本物のお守り
「ぎゃっ! これ誰のですかあー!?」
小さな叫び声が聞こえ、レジ前にいた私と戸坂さんは顔を見合わせた。
その後、すぐにバックヤードから顔を出したのは、親御さんのお迎えを待っている秋田ちゃんだった。
若干涙目になっている秋田ちゃんがつまんでいるのは、つい最近『お守り』としてもらった真っ黒の人形。
片足をつまんでいるので、逆さになった人形の唯一リアルな部分の髪が、ふぁさふぁさと揺れている。
「あ、それ私の」
「未来ちゃん!? どうしたんですか? まさか呪いたい人でも…」
「ちがうちがう、もらったの。お守りなんだって」
苦笑しながらそう言うと、誰かを思い出すどん引きした顔を向けられた。
「あー…それより、これどこで?」
「ロッカー前に落ちてました」
人形を受け取りながら聞くと、鞄をロッカーに直す時にでも落としていたようだった。
さすがにこの人形を持ち歩くのは、変人だと思われるよね。次からは見られないように気をつけよう。
「それ、ほんとにお守りなんですか…?」
「うん、そう言ってた」
「誰が言ってたんですか?」
「…着物の人」
「…」
その場になんとも言えない空気が漂ったちょうどその時、秋田ちゃんの携帯が鳴った。
駐車場に目を向けると、いつのまにか車が停まっている。
「あ、ママのお迎えが来たので帰りますね。お疲れ様です! …未来ちゃん、誰でも信じちゃだめですよ。気をつけてくださいね!」
秋田ちゃんは、本気で心配そうな顔を私に向けて帰っていった。六歳も歳下に注意されて、微妙な気持ちになる。
手を振って秋田ちゃんが車に乗るのを店内から見届けると、それまで黙っていた戸坂さんが口を開いた。
「その人形ちょっとみせて」
「いいですよ」
人形を渡すと、戸坂さんは特に表情を変えずに観察する。不気味な本物っぽい髪も、躊躇なく触っていた。
私でもさすがに髪を触るのは戸惑うのに。
しばらく観察して満足したのか、私に視線を向けて、真顔で衝撃的なことを言った。
「流田さん。実は俺、霊感あるって言ったら信じる?」
「え?」
急に何を言ってるんだこの人。
たぶん今の私は、さっき秋田ちゃんが私に向けていた表情になってると思う。
「…幽霊でも見えるんですか?」
「うん」
あっさりとした返答に戸惑った。なんか今日の戸坂さん変じゃない…?
まじまじと戸坂さんの顔を確認するが、そこにいつもの笑顔はなく、真剣な顔で私を見ていた。
「霊感のある俺から言わせてもらうと、この人形呪われてるよ」
「え!?」
「だから、この人形は俺が処理しとくよ。その代わり本物のお守りをあげる」
「ええ!?」
抑揚もなく続けられた言葉にまともに返事もできないでいると、「はい」と手を出される。
その手のひらには真っ白の数珠があった。
いろいろと急すぎて話についていけない。
しかし、数珠を持つ手とは逆の戸坂さんの右手には黒い人形がしっかり握られていて、私に返す気はなさそうだった。
私が受け取らずに固まっていると、戸坂さんは首を傾げる。同時に、両耳に付けたいくつものシルバーのピアスもしゃらりと音が鳴った。
「あの…ちなみにその人形にはどんな呪いが?」
「うーん。説明が難しいんだけど、これを持ってると流田さんが良くないことに巻き込まれる呪い」
「よくないこと…」
もうすでに何回も巻き込まれている気がするんですが…。主に魔物関係だけど。
私の顔色から何かを読み取ったのか、戸坂さんはこくりと頷く。
「この数珠があれば、魔物と遭遇するのも……普通になる」
……なくならないんだ。
私が何度か魔物と遭遇していることは、戸坂さんにも話したことがある。そのたびに「ドンマイ〜」と励まして(?)くれていた。
「魔物との遭遇をゼロにはできない。ただ、普通の人と同じくらいの頻度にはなる。だから今よりは減る」
嘘でもなくなるっていえばいいのに、そこが逆に本当に聞こえてくる。
まあ、あの人形も本当に効果があるのかもわからない。渡してくれた人も、正直怪しかった。
それなら付き合いの長い戸坂さんの言う方を信じようと私が思ったのは、自然な流れだった。
このお守りも遭遇する頻度が減るみたいだし、不気味な人形を持ち歩くよりは、白い数珠の方が見られても引かれないだろうし。
「わかりました。戸坂さんを信じます」
「…ありがとう」
私が白い数珠を受け取ると、先ほどまでの戸坂さんの真剣な顔がゆるんだ。
それにしても。やっぱり今日の戸坂さんに違和感を感じる。いつもより笑顔が少ないせいかな?
働きながらも戸坂さんが気になってしまって、ちらちらと視線を向けていると、ちょうど目が合ったタイミングで不思議そうに声をかけられた。
「…どうしたの?」
「えっ、いえ…。えーと、戸坂さんは魔物と遭遇したことありますか?」
見過ぎていたことを誤魔化すために、咄嗟に思い浮かんだことを質問する。
その時、ほんの一瞬。戸坂さんの表情が抜けたように見えた。
「…何度かあるよ」
「そうなんですね。…………えっと、ご兄弟とかいますか?」
「…うるさい姉が一人。しばらく会ってないけど」
そう言った戸坂さんは、何か嫌なことを思い出したように顔を歪める。
…どうしよう、話が続かない。なんだか今日の戸坂さん、話しかけづらい。
視線を彷徨わせてからちらりと戸坂さんを見ると、向こうも私を見ていたようで、またばっちり目が合ってしまった。
「さっきからどうしたの?」
「いえ……あの。気のせいかも知れないんですけど」
「なに?」
「戸坂さんの様子がいつもと違う、気がして…」
目をふせつつ、勇気を出して言ってみた。
数秒の沈黙が流れ、緊張しながらそっと戸坂さんを伺うと――
「そんなことないよ。気のせいじゃないかな」
戸坂さんは、にっこりと笑っていた。
笑っているのに、目がそう見えないのは気のせいだろうか。
なんだか背筋がぞっとした。
「気のせい、だったかもです」
笑顔の戸坂さんに合わせて、私も頬に力を入れた。
その日は忙しく働いた。
お客さんの数はもちろん変わらないので、とにかく暇な時間をなくそうと、特に掃除に力を入れた。
朝の交代の時間に出勤してきた店長が、ぴかぴかの店内や綺麗に陳列された商品を見て、とても感激していた。




