『私』の親友(2)
少し遅れて、瑠美の鞄の中のラジオからも、くぐもった音声で同じ内容が流れはじめる。
〝魔物警報です。午前五時五六分に〇×県〇〇市××区〇〇町で魔物が発生しました。一部地域に魔物警報が発令されています。警報区域内にいる皆様は、不要不急の外出は控え、自宅内で待機してください。また、外出中の方は速やかに建物内へ避難してください。警報区域は〇×県〇〇市××区――〟
ラジオから淡々と流れる音声に、二人は黙って耳を傾けた。
「なんか、近くない?」
近い。というか、なんだかまずい気がする。つい最近にもこんなことがあったような…。
「と、とりあえず、コンビニに避難しとこう!」
瑠美が私の手を取り、勢いよくベンチから立ち上がる。その拍子に、まだ口のつけていないアイスが地面に落ちた。
少し溶けかけのアイスに、すぐに蟻が数匹寄ってくる。
…いや、でもまさか。ここでも魔物に遭遇するなんてこと、ないよね?
不安を感じつつも、魔物の発生率が上がっている町ならともかく、そこから一時間半は離れているここで、さすがに遭遇はしないだろうと思い直す。
とにかくここから離れようと顔を上げて――瑠美が私の手を取ったまま、公園の入り口を向いて固まっていた。
公園の入り口から、真っ黒な魔物が静かにこちらを見ている。
赤い目を光らせて、ゆっくりと魔物が足を動かした。
五、六歳くらいの子どもの背丈に小さな足で、どこかぎこちなく一歩ずつ歩く姿がより不気味に感じた。
「ひっ…!」
私の手を掴んでいる瑠美の手に、ぎゅっと力が入る。
ゆっくりと魔物がこちらに近づくにつれて、真っ黒なその姿がはっきり見えてきた。
全身が焼け焦げたかのような真っ黒さに、口元は嘴の形で、頭にはひび割れたお皿とその破片のようなものが乗っている。
……真っ黒に焦げた、河童?
『――そうそう。他には、春になると河童も増えるんだよね』
河童で思い出したのは防犯ブザーを買ったあの日、小鳥遊さんから教えてもらった、春に現れる魔物の話だ。
『河童ですか?』
『アヒルみたいな嘴に、頭にお皿が乗ってるからすぐにわかるよ。河童と遭遇した時に一番いい対処法は、大量の塩をお皿めがけて投げることなんだ』
『しお…?』
『まあ、塩なんて持ち歩くことは少ないと思うから、未来さんは赤い防犯ブザーをお皿を狙って投げて。もし当たらなくてもすぐに走って逃げること』
『河童は臭いより、音の方が苦手だから』
さすがに塩はもってない。というか、なんで塩に弱いんだろ…。
そっとポケットに手を入れて防犯ブザーを取り出し、それが赤色なのを確認する。
頭の中で動きをシミュレーションしていると、遠くであの三拍子のブザー音が鳴っていることに気がついた。
あのブザー音は、魔物討伐隊の高機動車から発せられる音だと前に教えてもらった。
つまり、少し時間を稼げれば助けが来るはず。
「大丈夫」
魔物が少しずつ近づくにつれて震えが大きくなる瑠美に、小さく声をかけた。
静かに、深く深呼吸をする。
ゆっくりと歩く魔物が、五メートルくらいの距離まで近づく。
私はポケットから防犯ブザーを半分くらい取り出したところで、
――ジュゥッ
何かが焼ける音と同時に、一瞬感じた焦げた臭い。魔物の首が、ころんと落ちた。
ころころと転がる首の真っ赤な目から、徐々に光が消えていく。河童の目の色が徐々に黒く変わると、頭がふわりと浮いた。
頭が浮いてびっくりしたが、よく見ると頭を鷲掴みにする手。そのまま視線を手の持ち主にたどっていくと、無地の黒い着物を着た人が立っていた。
中性的な綺麗な顔立ちに、腰まであるまっすぐ伸びた黒髪を後ろで一つに結んでいる。
その人のもう片方の手には、一メートルくらいありそうな抜き身の刀。
初めて見る長い刀に目を奪われ、思わず「銃刀法違反」という言葉が浮かんだ。あ、でもこの世界に銃刀法ってあるのかな?
「あの、ありがとうございます。…魔物討伐隊の方ですか?」
私がどうでもいいことを考えていると、瑠美が着物の人に声をかけた。
「…」
着物の人は、瑠美が声をかけても反応がなかった。というか、私と目が合ってる気がする。
じゃり、と下駄で地面を踏み締めて近づいてきた。片手には刀、もう片方の手には河童の頭。
咄嗟に私を庇おうとしてくれたのか、手を繋いだままの瑠美が一歩前に出る。
しかし、着物の人は瑠美へちらりとも視線を向けず、目を細めて鋭い瞳で私を見ていた。
手を伸ばせば届きそうな距離まで近づくと、薄く唇を開く。
「……まともに機能しなかったのはコレのせいか」
「?」
ぽつりと、ぎりぎり聞き取れるくらいの小声。
そして突然、くるりと背を向けた。
そのまま歩き出したので去るのかと思えば――ぴたりと足を止める。
またくるりとこちらを向くと、早足で先ほどの距離感まで戻ってきた。
「これ、迷惑料。数ヶ月は肌身離さず持っておくのをお勧めするよ」
目の前で河童の頭を地面に投げ置くと、刀を腰の鞘に仕まう。
そして袖口に手を突っ込み、手の甲を上にして何かを握りしめた手を差し出された。
「あのっ、あなた誰ですか? 魔物討伐隊の人じゃないんですか?」
さすがに初対面で、怪しげな人から差し出された物を受け取るのを躊躇していると、瑠美がもう一度声をかける。
それでも着物の人は、まるで瑠美が存在していないかのように反応せず、私に話しかけた。
「早く受け取って。今のままだと魔物がよってきて大変なんじゃない?」
「え?」
着物の人の言葉に目を見開く。
…なんで知ってるの? この人は何を知ってるの?
驚いて目の前の真っ黒に染まった瞳を見つめるが、相手は感情が分からない瞳を返すだけだった。
「早く。いらないなら捨てればいい」
驚きと戸惑いで固まっていると、着物の人は次第にどこか焦った様子で周囲を気にしだす。
それでも受け取らない私に痺れを切らしたのか、私の左手を取ると持っていた物を強引に握らせた。
「お守り」
そう最後にはっきり声が聞こえた瞬間――ザアッとどこからか木の葉が舞い散り、視界を塞いだ。
「きゃあ!?」
「!」
視界が塞がれたのは一瞬だった。
すぐに大量の木の葉は消えて視界が晴れたが、着物の男の人と一緒に、河童の死骸までが目の前から消えていた。
「何いまの…」
二人で一瞬の出来事に唖然としていると、ラジオから最初に聞いた魔物警報とほとんど同じ内容が流れだす。
「とりあえず魔物討伐隊に通報しないと!」
瑠美がラジオから流れる音声で我に返ると、携帯で電話をかけた。
その姿を見て、はっとする。
……これ、また私、疑われたりしないよね?




