『私』の親友(1)
「未来ー!こっちこっち!!」
人通りの多い改札前で周囲をきょろきょろ見まわしていると、少し離れたところで一人の女性が手を振りながら近づいて来た。
「ひさしぶりー! こんなに未来と会ってなかったの、初じゃない!?」
テンション高く私の両手を握るのは、半年振りに会う唯一の親友――瑠美だ。
…この世界の瑠美と会うのは、初めてだけど。
正直、瑠美と会うのは不安だった。
私が今まで関わっていた人たちは、この世界でも同じところもあれば、違うところもある。
そこが、同じ人だと感じることもあれば、別人のように感じることもあった。
瑠美はたしかに親友だが、この世界での関係はわからない。私の知ってる瑠美とかけ離れていたらどうしよう、と不安に思う気持ちが大きくて。
無意識に視線を落とすと、瑠美は不思議そうに私の顔を覗き込んだ。
綺麗に巻かれたアッシュブラウンの髪が、さらりと揺れる。
高校生の頃から変わらない、綺麗な二重の瞳が心配そうに私を見ていて。
「……っ瑠美、」
「えっ? えっ? 未来どしたあ!?」
気づけば、瑠美の顔がぼやけていた。
"来週の月曜、ひま?〟
そう瑠美から連絡が来たのは、私が『野槌』に襲われて、死にかけてから一週間後のことだった。
送られてきたメッセージを見て、どきっとした。不安はあるけれど、この世界での瑠美と会ってみたい。
そう思って、微かに震える指で返信した。
――そして、今。
涙の止まらない私を周囲の視線から隠すように立ち、慌てながらも心配そうにティッシュを握らせてくる目の前の人は。
私の知っている瑠美だった。
「――落ち着いた?」
「うん。…ごめんね」
「ぜんぜん! びっくりしたけどね!」
涙が落ち着いてくると、頭も少しずつ冷静になる。この歳で周りの目も気にせずに大泣きしたのが恥ずかしくなってきた。
気まずげに眉を下げる私に、瑠美はからっと明るい笑顔を返した。
時刻はちょうどお昼時。
お腹がすいていたのもあって、とりあえず近くのカフェに入ることになった。
「――それで。理由を聞いてもいいの?」
二人とも小腹を満たして一息ついたタイミングで、瑠美はそう切り出した。
「えっと……」
どうしよう。私自身あんなに泣いてしまったのは予想外だったのだ。瑠美の明るい笑顔を見ると、私の知っている瑠美と変わっていなかったことにほっとして、気づけば涙が出ていた。
でも、ここで「私、別の世界から来たの」とか言ったら、頭がおかしくなったと思われるし…。
「ゔ――…」
「……じゃあ、私の話から聞いてもらっていい?」
「…あ、うん」
私が何も言い出せずに唸っていると、瑠美が私を呼んだ理由を話しはじめた。
「私、圭司と婚約破棄になった」
「え?」
「向こうが浮気してたの! 幸せにするからとか言ってたくせに、私の仕事中に家に女呼んでたのよ!! やばくない!?」
机に手のひらを叩きつけ、前のめりに話す姿に目を丸くする。
瑠美のお怒りはごもっともだし、話の内容にも驚いたが、それよりも。
「瑠美、婚約してたんだ…」
「何言ってんのよ。半年くらい前にちゃんと報告したでしょ」
確かに私はこの世界に来る前にも、瑠美と会っている。圭司という人と付き合ってることも聞いていた。だけど、その時話した内容に「婚約した」なんて言葉はなかった。
見た目も変わらない。話してる感じ、性格も同じに見えるのに。
「ちょっと、なんで未来が泣くのよ」
「ないてない」
気づけばまた涙が出そうになったが、ぐっと耐えた。大丈夫、ちょっと目が潤んだだけだ。
「瑠美、大丈夫?」
首を振って気持ちを切りかえる。
今、重要なのは瑠美の話だ。思い出すのは圭司の話をする時の、瑠美の楽しそうな笑顔。
今の瑠美は怒っているように見えるが、好きだった人に裏切られて悲しくないはずがない。
「ぜんぜんへーき。相手の親もいれてきっちり話して、言いたいことも全部言ってやったし!」
食べ終えたお皿を机の端に寄せて、「デザート食べよ!」とメニューを選んでいる姿に、なんて声をかけようか悩んでしまった。
心配はしている。圭司という人に怒りも覚える。だけど、些細な違和感を気にして、今までのように親身になれていない自分がいることに嫌気がさす。
「未来は何食べる? バスクチーズケーキはないけど、チーズケーキならあるよ!」
にこにこと明るい笑顔を向けられるたび、胸が少しずつ重くなっていった。
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「今日はありがとう! いい気分転換になったよ〜」
「私も。誘ってくれてありがとう!」
カフェでいろいろと衝撃を受けた、婚約破棄の報告を聞いたあと。
瑠美の目当ての化粧品を買いに行ったり、私の服を選んでもらったり、カラオケで歌ったり、今までと同じように遊んだ。
一緒に過ごすうちに沈んでいた気持ちはだんだん薄れていき、いつのまにか本気で笑っている私がいた。
時間が経つのがあっという間で、気づけば夕方。
少し早いが、私の最寄駅の終電時間に合わせて解散する流れになった。
帰り道、瑠美は反対方向なのに私の駅まで送ってくれるらしく、二人で歩いて駅に向かう。
「今度は未来の家に遊びに行かないとね!」
「うん。待ってる! 瑠美が紹介してくれたようなものだしね」
「あはは! たしかに〜。それは行かないと! あ、ちょっとトイレ行きたいから、あそこのコンビニ寄っていい?」
「いいよ!」
瑠美を待っている間、なんとなくアイスコーナーを見る。
ここの店舗、いろんな種類が売っていていいなあ。あ、このクレープアイスの味、私のバイト先にはない種類のやつだ。
アイスを眺めていると、用を済ませた瑠美もやって来て、一緒にアイスボックスを覗き込んだ。
「それ美味しそうじゃん! 私も買おうかな。さすがに今の時期なら外で食べても寒くないでしょ」
「それいいね!」
二人でアイスを買って、コンビニの隣にある公園にきた。
夕方ということもあり、遊んでいた小さい子どもたちは帰るタイミングだったようで、親御さんと手を繋いで公園を出ていく。
こうやって公園のベンチで二人で並んでアイスを食べるなんて、高校生以来かも。なんだか懐かしい気持ち。
私が購入したのはクレープアイスのモモ味、瑠美は期間限定のモンブラン味。
期間限定に弱いところも、昔から変わってないみたいだ。
「いただきまーす! ん、これおいしいー!」
一口食べた瑠美が、笑顔で足をばたばたと揺らす。その姿を見て、自然と私の口元も緩んだ。
世界が違うとか別人だとか私が勝手に線引きしているだけで、瑠美からしたら今までの私と変わらないのだ。
結局、瑠美には私の事情を何も話せなかった。
だけどもう、あまり考えずに私が今まで通り接していればいいかと思えていた。
……だけど、いつかは話せるといいな。
「未来も早く食べないと溶けるよ」
じっと見つめていたせいか、私と目が合った瑠美はきょとんとして、食べるように促してきた。
それに、私はふわりと笑顔を返す。
「…うん。いただきま――」
――ザザッ
アイスを口につける直前、私の鞄にぶら下げたラジオから音声が流れはじめた。




