あれから三ヶ月(2)
しばらく沈黙が流れた。
それでも私は二人の顔を交互に見つめて、説明を促す。
何度か目が合ったところで、按田さんはわざとらしくため息をついた。
「蓮、ここまで話したんやからええやん。このまま何も知らん方が不安やろ」
「……」
按田さんの視線を追って、今度は小鳥遊さんを見つめる。
すると、按田さんから視線を外したばかりの小鳥遊さんと目が合った。
数秒後、「按田さんが中途半端に話したせいですよ」と、小鳥遊さんは軽くため息を吐き、少しだけ事情を話してくれた。
今回、魔物が発生してから僅か数分で私は襲われた。にもかかわらず、二人の助けが早かったのは、私が魔物討伐隊に監視されていたかららしい。
もちろん、ある程度距離をおいていたそうだが。
……私から聞いておいてなんだけど、いくら疑いがはれたからといってもこの話、聞いてよかったのかな?
急に不安になってきてそう口にすると、按田さんは安心させる笑顔で答えてくれた。
「そら言うたらあかんよ。やからこの話は秘密やで〜」
……あ、はい。秘密にします。
こくこくと頷く。
私が按田さんと頷き合っていると、教えてくれた小鳥遊さんはいつのまにか私達から少し離れ、トランシーバーで誰かと話していた。
「そいえば未来ちゃん、ラジオも燈さんとこで買ってくれてんな」
按田さんはエコバッグの持ち手にぶら下げたラジオを指差す。
燈さんって、燈ノ万屋のことか。
「はい。すごくいいお店で、教えてくださってありがとうございます」
そういえば、お店を教えてくれたお礼をまだ伝えてなかったことを思い出して、軽く頭を下げる。
「ええよー! …ちょっとだけそれ、見ていい?」
「いいですよ」
按田さんの要望に答えて、ラジオのストラップを外して、差し出された手のひらに置いた。
「けっこうええやつ買ったやん」
「安くしてくれて、気に入ってます!」
按田さんがじっくりラジオ全体を観察していると、話し終えた小鳥遊さんがこちらに近づいてきた。
「按田さん。管理の第二班があと五分くらいで到着するそうです」
「そうかあ。未来ちゃん、またいろいろ聞かれると思うけど安心しとき。こっちでもフォローするから!」
按田さんはラジオを私に返すと、笑顔で親指を立てた。
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「……また貴方ですか」
丸い瓶底眼鏡をつまみ、かちゃりと掛け直しながらそう言ったのは、事情聴取担当の水無瀬さんだった。
神経質そうな態度とは裏腹に、眉上のぱっつん前髪に丸い瓶底眼鏡という、個性あふれる格好をしている。
今にも鼻を鳴らしそうな目の前の人に、こちらこそ言いたい。またあなたかと!!
実はこの人、私がコンビニ勤務中にビシャと遭遇した時の、事情聴取担当の人だった。
それ以降も魔物と遭遇するたびに何度か対応してもらっていたのだが、ここ最近は疑われていて、最初の丁寧さは欠片も見えなくなっていた。
この人に事情聴取されると、気分はまるで誘導尋問を受ける犯罪者……それはさすがに言い過ぎか。
しかめられた眉から、今回も怪しまれているのがびしびし伝わってくる。
私が気まずげに視線をさまよわせていると、水無瀬さんの肩に手が置かれた。
「まあまあ、水無瀬ちゃん。来るまでに一応報告は聞いたやろ? あんまり詰めたら可哀想やで」
「水無瀬です。まだ何も言ってませんよ」
按田さんの言葉に嫌そうな顔を隠さず、ふんっと肩に置かれた手を払う。
そのままズレてもいないメガネをつまみ、またかちゃりと整えた。
「仕方ありませんね。ではまず、貴方の外出理由から目的地、魔物と遭遇するまでの経緯、家を出てからのルートやその選択理由に至るまで全てお話しください」
一気にそう言い切った水無瀬さんの手には、いつのまにかメモ帳とペンを構えられている。
その様子に、按田さんは私を見て呆れたように肩をすくめた。
嘘をつく理由もないので、正直に答えた。
連休で早起きしたので、なんとなく散歩に出たこと。小腹が空いたので近くに駄菓子屋があることを思い出して、ひさびさに行こうと向かっていたこと。駄菓子屋までの道はその時の気分で選んだ。途中で警報が出て、近くで魔物が現れたのを知って走って家に引き返していたのに、上から魔物が飛んできたこと。対魔物専用防犯ブザーの魔力香が残り少ないことに気づかず、危ないところで小鳥遊さんたちが助けてくれたこと。
私も一気に言い切った。
水無瀬さんは眉間に皺を寄せながら、ペンを動かし続ける。
「警報が出てすぐ引き返したとのことですが、それにしてはあまり魔物と距離が離れていませんね?」
…元々距離が近かったし、魔物の移動速度が早すぎたんだよ。
「防犯ブザーは二つ持っているとお聞きしていますが、なぜ残り少ない魔力香の方を使ったのですか?」
…ポケットから出すときに確認する余裕なんてなかったし。
「なぜ――」
「ストーップ! もう十分やろうから、水無瀬ちゃんには俺らの報告の詳細も聞いてもらわな。またなあ、未来ちゃん!」
「ちょっ――! まだっ――!」
理不尽にも感じる質問攻めに、顔が引き攣りかけてきたころ、按田さんが水無瀬さんの首に腕を回して、強引に連れて出してくれた。
おかげでやっと落ち着くことができて、ほっとする。
ちょっとあの人、苦手なんだよね。なんでも疑ってかかってくるし…最初はあんな感じではなかったから、実際に疑われてるんだろうけど。
でも、その疑いもなくなったって按田さんが言ってたから、もう大丈夫なはず。私だって、魔物と遭遇したくてしてるわけじゃないのに。
それにしても私、監視されてたのか。
いつから監視されていたのかや、距離を置いてどうやって見張っていたのかも聞いてみたが、さすがにそこまでは教えてくれなかった。
「企業秘密! 知りたかったら未来ちゃんも魔物討伐隊においで〜。歓迎するで!」と、最後に按田さんに言われた。
二人が離れてすぐ、小鳥遊さんが救急箱を持ってきてくれた。
そのまま近くのベンチへ誘導される。
「遅くなってごめんね。大丈夫だった?」
ちらりと向けられた視線の先には、水無瀬さんと按田さんの姿があった。
「はい。按田さんが間に入ってくれました」
「そう、ならよかった。…ちょっと染みるかも」
話しながら、目の前にしゃがみ込んだ小鳥遊さんは、コットンに消毒液を浸し、傷口を軽く拭き取ってくれる。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
絆創膏まで貼ってもらって、救急箱を整理している小鳥遊さんにぽつりと呟く。
「私がこんなに魔物と遭遇しているのって、何か理由があるんですか?」
「……魔物が人を襲う理由っていくつかあって、もしかしたら何か関係があるのかもしれない。俺もあんまり詳しくはないんだけどね」
「それって…」
詳しく聞こうとする私の言葉を遮るように、小鳥遊さんは立ち上がった。
「まあ、ともかく未来さんは護身具をしっかり持ち歩いて、外出時は警報がなくても気をつけること!」
小鳥遊さんはそう言って、ぴっと人差し指を立てた。




