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気づけば異世界にいた私の非日常  作者: だいたいぶくふく


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ラジオと護身具と(2)

 

 人の縁とは本当に不思議なものだと思う。


 今、目の前にいる人は私の命の恩人だが、本来ならもう関わることもないはずだった。


 私を助けてくれたのがたまたま目の前の人であっただけで、後日買い物に来たお店でたまたま会って。

 そして今、なぜかその人に誘われて一緒にコーヒーを飲んでいる。


 そもそも、私がこの世界に来ていなければ出会うこともなかった人。


 魔物のいない世界では魔物討伐隊なんて存在しなくて、魔物討伐隊が存在しない世界では、この人は何をしている人だったんだろうか。



 燈ノ万屋(とうのよろずや)のおじいさんが一時間くらい店を空けるようで。

 その間、私と小鳥遊さんは近くの喫茶店で待つことになった。


 一番近い喫茶店は、ビルから徒歩十分くらいの距離にあった。

 平日のティータイムということもあってママさんたちの姿が多い。


 とはいえお客さんの人数自体はあまり多くなく、窓際のテーブル席はいくつか空いているので、並ぶことはなさそうだ。


「いらっしゃいませ。何名様でしょうか?」

「二人です」

「少々お待ちください」


 店内に入ると、なんだかあちこちから視線を感じた。


 それはもちろん私が美人だから…ではない。視線の先は隣に集中していて、やっぱり爽やかな青年が軍服を着ていると目立つなぁ──と、思ったのだが。


 小鳥遊さんを見ると顔に見惚れる人もいるが、眉をひそめたり、ひそひそと囁き合ったり、好意的な視線ばかりではなさそうだ。


「お待たせしました」


 居心地が悪くて落ち着かない気分でいると、幸いにも店員さんがすぐに案内してくれた。

 一番右奥の席で、ちょうど入り口から見えなくなる場所だ。


 もう一人の店員さんがテーブルを片付けていたようで、机を拭き終えてキッチンに戻るところだった。


「何か食べる?」

「飲み物だけで…」


 そう言いつつも、メニュー表のバスクチーズケーキに視線を奪われる。


 うわあ、美味しそう。

 真っ白なお皿にのせられた一切れのチーズケーキ。

 ほどよく焼き色がついた表面に、淡いクリーム色でしっとりした側面が、つやつやに輝いている。


 どうしよう。このお店に来る機会はそうそうないだろうし、注文しようかな。

 来ようと思えば来れるが、一人だとわざわざ電車で一時間半の距離(ここまで)は来ないし…。


「美味しそうですね」

「はい。バスクチーズケーキ、好きなんです」

「美味しいですよね。俺も好きなんで注文するか悩みます」



 …………結局、注文してしまった。


 小鳥遊さんもチーズケーキが好きと言っていたのに、ホットコーヒーしか注文しなかった。

 注文しやすくするために合わせてくれたのかな。


 しばらくして、バスクチーズケーキが目の前に置かれる。


 しっとり幸せの味を堪能していると、その様子を見ていた小鳥遊さんが口を開いた。


「未来さんは…普通ですよね」

「?」

「あ、違うんだ。魔物討伐隊に対してってことで。…“魔物討伐隊と関わると呪われる”って話、聞いたことない?」


 一瞬貶されたのかと思ったが、続けられた言葉でそうではないとわかる。

 小鳥遊さんも慌てていたのか、敬語が外れているのも気づいていなさそう…まあその辺りはどうでもいいか。


 初めて聞く話に首をふると、小鳥遊さんは「だよね」と苦笑した。


「呪われるんですか?」

「呪われない…とは言い切れないかなあ。魔物の呪いがあるのは本当なんだよね」

「魔物の呪い…」


 少し笑みを深めて曖昧な回答をした小鳥遊さんは、じっと私を見つめた。


「魔物を殺すと、まれにその者が殺した魔物の呪い──『魔呪まじゅ』にかかることがある。黒いあざが身体の一部に現れて、やがて全身に広がって死に至る呪いなんだ」

「それなら、魔物討伐隊と関わるだけなら呪われないですよね?」

「そのはずなんだけどね」


 内心では、死ぬ呪い!? なにそれ怖いなあ、と思うが表情には出さないよう冷静を装う。


 この世界で過ごし始めてから、周りにとって当たり前のことでも私は初めて知ることばかりで、表情に出ないように顔筋が鍛えられてきた気がする。


「その昔、実際にあったんだ。ある一人の青年が、村を襲う魔物を殺して魔呪にかかった。するとその後すぐ、青年と同じ村に住む人たちまで呪いにかかって、最終的には村の半分以上が亡くなったんだ。この事件から、魔物を殺すことに反対する人たちが増えたみたい…。結構有名な話なんだけど、知らなかった?」


 燈ノ万屋のおじいさんからの質問や、この店に入った時の小鳥遊さんへ向けられた視線などを思い出す。

 たしかに、周囲から向けられていた視線は嫌悪ではなく、嫌厭するようなものだったかも。


 なんだか真剣な話になってきたので、一旦フォークを置き、コーヒーを一口飲んでから答えた。


「私は呪いについて初めて知りました。でも、呪いのことを知っても魔物討伐隊の方を避けようとは思いません。呪いのリスクを負いながら、魔物から守ってくれている魔物討伐隊への感謝や尊敬の気持ちも変わりません」


「むしろ強まりました」と茶色がかった瞳をしっかり見つめ返す。

 そんな私を見て小鳥遊さんは軽く目を見開き、柔らかい顔で微笑んだ。


 最終的に死ぬらしい呪いは、怖いと思う。

 ただ、正直なところ私には呪いが存在するという実感はあまりない。


 もしも小さいころから呪いの話を聞かされたり、身近で起こっていたなら、こうして小鳥遊さんとのんびり話をしていなかったかもしれない。


 そして、呪いの存在の実感はなくてもこの世界で魔物と遭遇して助けられた私は、魔物討伐隊の存在の大切を実感している。

 だからこそ言える言葉だった。


 チーズケーキも食べ終えて一息ついたころ、気になっていたことを聞くことにした。


「ところで、小鳥遊さんはどうして魔物討伐隊に入ったんですか?」


 話を聞く限り魔物討伐隊は魔呪のリスクもあるし、人から避けられる仕事でもある。

 それでも魔物討伐隊を選んだ理由が気になった。



「俺、『花道児童はなみちじどうホーム』で育ったんだ────」


 さらりと躊躇いもなく語られた話は、少し重かった。



 この世界には、魔物に襲われて両親を亡くした子ども達を育てるための児童養護施設が全国にある。


 小鳥遊さんが育ったのはその中の一つ、『花道児童ホーム・青凪あおなぎの寮』と呼ばれる施設だった。

 一般的な児童養護施設との違いは、精神科医が必ず常駐しているところだ。


 魔物討伐隊には『花道児童ホーム』の出身者が多くいて、自立後も定期的に差し入れや、下の子たちと遊ぶために顔を出す人も少なくない。


 その施設の定期健診で、小鳥遊さんは魔力が多く、魔力操作の才能があることが判明し、元魔物討伐隊の隊員のひとりに養子として迎えられた。



 ちなみに、魔力操作についても質問すると教えてくれた。

 人は生まれた時から決まった量の魔力を持っている。もちろん魔力がない者もいる。


 ただ、体内に流れる魔力を感知し操作できるのはほんの一握り。努力でどうこうできるものではなく、天性の資質に近いと言われている。

 そして、魔物を倒すには魔力が必要だ。魔物には魔力を帯びていない攻撃は通用しない。


 魔物討伐隊が携帯している銃は魔力を撃ち出すための道具で、銃に魔力を込めるためには、体内の魔力を操作する能力が求められる。

 込める魔力が少なすぎても弾が作られないので、魔力量も重要になる。


 そういった呪いや魔力事情も含めて、魔物討伐隊の隊員は年中人手不足で、求人は常に出ているらしい。



 養子に迎えられた小鳥遊さんはスカウトされたこともあって、高校を卒業すると同時に魔物討伐隊に入隊した。

 もちろん断ることもできたが、小鳥遊さん自身が入隊を希望したそうだ。


「実際に魔呪にかかる確率ってかなり低いんだ。魔物討伐隊の人とも、小さいころから顔見知りで偏見もなかった。他にやりたいこともなくて給料もそれなりに良かったから、断る理由がなかったんだよね」

 

 そう言って、小鳥遊さんは軽く肩をすくめた。


 軽い気持ちで聞いていい話しではなかった……。


 魔物に襲われて家族を失った子どもたちのための児童養護施設があること、そして小鳥遊さんがそこにいたという事実を知って、想像していた以上に魔物の被害が多いことを痛感する。

 


「未来さんは、夢とかあるの?」

「私は……今は思いつかないです」


 自然と視線が足元へ落ち、俯きがちに軽く首を振る。


 ただでさえ、似ているようで違っているこの世界に馴染めるように頑張っていて。

 元の世界に戻れるのかもわからないのに、将来なんて考えられるわけがなかった。

 少しだけ、胸の奥に影がさす。


 小鳥遊さんは「見つかるといいね」と優しく微笑んでくれた。




 --------




【『燈里村あかりむら呪い事件』。

 今から五十年前、人口約七十名の燈里村が、さとりと呼称される魔物の襲撃を受けた。最初の犠牲者が出てからも被害が立て続けに発生し、村内は深刻な混乱状態に陥った。

 その状況下で、一人の青年が魔物討伐に志願。その後、当該青年は魔物の討伐に成功したものの、魔呪に侵される。討伐から約一カ月後、青年の死亡が確認された。

 また、青年が魔呪に侵され始めた直後から死に至るまでのあいだ、燈里村では村人の不可解な死が相次いで発生した。死因は事故、自死、病死などさまざまで、当時の記録には詳細が残っていないものも多い。

 この出来事について、魔呪の影響とする見方も存在したが、青年以外に魔呪の症状が確認されなかったこと、そして当時の調査記録が不十分であったことから、因果関係は現在も特定されていない。原因は不明とされている。】




「なんだ、呪いがうつるのは確実じゃないんだ」


 小鳥遊さんに魔呪について教えてもらったその日。

 私は布団に寝ころびながら、携帯でとある記事を読んでいた。


 「魔物討伐隊に関わるだけで呪われる」と言われるようになったきっかけの事件も、結局は原因不明とされていた。


 携帯を置いて、床に並べた手のひらサイズの携帯ラジオと、その半分よりさらに小さな赤と青の『対魔物専用防犯ブザー』を眺める。


 ちなみにこの防犯ブザーは、赤色は魔物の苦手とする超音波を発して怯ませるもの、青色が魔力香まりょくこうと呼ばれる煙を吹き出し、その煙を吸った魔物の動きを鈍らせるものだ。

 危険な魔物に遭遇した際は、この二つを駆使して逃げろと言われた。


 燈ノ万屋に戻ってからも、小鳥遊さんは色々と教えてくれた。

 今の季節に現れやすい魔物や、春になると現れる魔物、遭遇した時の対処法など、知っていて損のない知識ばかりだった。


 まだ電池を入れていない携帯ラジオを手に取る。ボタンをぽちぽちと押して、思い出した。

 ……電池、買い忘れた。

 とりあえずハンドルで充電ができるみたいなので、ぐるぐると回してみる。


 購入した携帯ラジオは明るいオレンジ色で、表の右上には透明なビー玉のようなものがはめ込まれている。

 玉の表面をそっと撫でる。中には赤い渦のような模様があり、その渦がちかちかと赤く光って見えるのが可愛くて、気にいったのだ。


 同じ機能がついた他の携帯ラジオより高かったのだが、燈ノ万屋のおじいさんが割引してくれた。

 遠慮する私に、おじいさんは「欲しい物があれば、また燈ノ万屋に来てくれればいい」と優しい表情で言った。


 今日は、ひさしぶりにいろいろと充実した休日を過ごした気がする。




 ――――未来さんは、夢とかあるの?


 ――――『未来、夢はあるか?』




 ふと思い出したカフェでの小鳥遊さんの言葉が、誰かの声と重なった。




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