溶岩獣
朝が来た。いや、朝かどうかも分からない。灰燼の星の空は赤黒い雲に覆われ、ただ熱と灰が強まるだけだ。俺、藤原タクヤは、部族の奴隷として岩窟の奥で働かされていた。手には粗末な鏃がついた槍が渡され、溶岩の近くで鉱石を掘る。鱗に覆われた腕は汗と灰でべとべと、毒針の尾が地面を擦れるたび、違和感が走る。
「動け、ジチュー野郎!」
部族の男が唸り声で怒鳴る。言葉は少しずつ分かるようになったが、意味は「怠けんな」って感じだ。昨日、縛られて広場に立たされた俺を、老人が「役に立つか試す」って言い出した。結果、奴隷。生きるか死ぬか、ザルクって男が言った通りだ。
体が限界だった。空気は薄く、息をするたび胸が締め付けられる。溶岩の熱が肌を焼き、膝から崩れそうになる。そこへ、部族の子供が石を投げてくる。額に当たり、緑色の液体――血、かな?――が滲む。
「くそっ…!」
歯を食いしばる。頭にフラッシュバックが走る。
事故の衝撃。トラックのライト。セイラの悲鳴。あの時、俺は死んだ。でも今、生きてる。この体で。
「セイラ…生きててくれ…俺、帰るから…」
呟くと、背後で笑い声。振り返ると、昨日会った槍の男、ザルクが立ってる。赤髪で筋肉質な体に部族の鎧、赤い目が俺を値踏みするように光る。手に持つ溶岩槍が、火の光で鈍く輝く。
「弱えな、タクヤ。ジチューって星の奴は、こんなモンか?」
鼻で笑うザルクに、俺は睨み返す。
「お前が強えなら、心まで強いのなら、俺を助けてみろよ。」
ザルクは一瞬黙った後、水袋を投げてきた。
口に含むと、熱で乾いた喉が一気に潤う。部族の奴らが驚いた顔でこっちを見る。
「オマエの目は嫌いじゃねえ。だが、弱え奴は死ぬ。ここじゃ生きる価値が試される。」
ザルクの言葉に、俺は拳を握る。生きる価値か。地球に帰るためなら、何でもする。
その夜、部族に危機が訪れた。水源が枯れ始めたのだ。溶岩地帯の地下に水脈があるって噂はあったが、誰も近づかない。長老が「奴隷をやれ」って俺を指名。ザルクが同行を申し出た。
「オマエが役に立つか見極める。失敗したら、溶岩に沈むぜ。」
溶岩地帯は地獄だった。赤い稜妻が突き出し、熱波が体を焼き、足元は溶けた岩でぐちゃぐちゃ。ザルクが先導し、俺は後ろでついていく。地球の地理の授業が頭をよぎる。地下水は岩層の隙間にたまることがある。俺はザルクに提案した。
「ここの岩、割ってみろ。地下に水があるかも。」
ザルクは怪訝な顔をしたが、槍で岩を叩く。ゴンッ!と鈍い音が響き、亀裂が走る。次の瞬間、水が噴き出した。部族の奴らが歓声を上げる中、ザルクが俺を見た。
「…やるじゃねえか、お前なんて言うんだ?」
「地球にいた頃は、タクヤって呼ばれてたよ」
「そうか…タクヤか。」
だが、喜びも束の間。地響きが起き、溶岩の中から巨大な影が現れた。溶岩獣――火蜥蜴のような怪物だ。体長5メートルはあり、口から炎を吐く。部族が逃げ惑う中、ザルクが槍を構える。
「タクヤ、戦え!オレらが逃げたら後ろの人たちは死ぬ!」
心臓がバクバクする。戦う?こんな怪物と?でも、逃げたら死ぬ。地球に帰るため、戦って生還しなきゃ。
俺は毒針の尾を振り上げ、獣に突進。針が鱗に当たって弾かれるが、毒が効いたのか、動きが鈍る。ザルクが間髪入れず槍を投げ、獣の頭を貫く。炎が散り、獣は崩れ落ちた。
息を切らし、俺とザルクは見つめ合う。ザルクが笑った。
「ジチューって星、どんなとこだ?」
「緑豊かで、青い海がある…。都市部は発達してて便利なんだ。いつか、お前にも見せてやる。」
「そうか…!たくさんの水があるのか」
「あぁ…綺麗で、真っ暗な宇宙に青く輝く宝石のような星だ」
「帰りたいか?」
「帰りたいさ。オレの故郷…というか前世はそこに住んでたんだ。」
「ならオレも連れて行ってくれ。腹いっぱい水を飲みてぇ」
「へっ、水だけじゃないぞ〜。飯や娯楽だって最高だ!ゲームとかアニメとかギャンブルとかな!」
「なに!?よくわからんが、それは楽しみだ」
ザルクの笑顔に、俺もつられて笑った。こんな過酷な星で、初めて心が軽くなった気がする。
夜、部族の火のそばで、ザルクが水袋を分けてくれた。
空は赤黒いままだけど、どこかに地球がある。
セイラ、生きててくれ。俺、絶対帰るからな!宇宙から愉快な仲間を連れて!!