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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

なろうっぽい小説

義妹に罪があったなら

作者: 伽藍

公爵令嬢の義妹が公爵令嬢の婚約者である王太子を奪い、国王の怒りに触れた王太子と義妹が王都から放逐される。そのあとの、追い出された義妹のお話。

 カミラははたと眼を覚ました。


 薄暗い、路地裏でのことだった。カミラはたった一人で転がっていた。

 カミラは年頃の、それは可愛らしい少女だった。そんなカミラがこんな暗がりで、誰にも攫われずに無事に眼を覚ましたことはとても幸運なことだったけれど、そんなことはカミラには理解できなかった。


 カミラは首を傾げて、くるりと周囲を見回してみた。意識を失う前にはこの国の王太子殿下が一緒にいたはずだけれど、王太子はどこにも見当たらなかった。


「……あぁ、違った。元、だったっけ」


 王太子はもともと、カミラの義姉である公爵令嬢の婚約者だった。そんな王太子が義姉ではなくカミラを婚約者にすると言い出して、怒った国王さまが王太子を追い出してしまったのだった。


 元王太子とカミラは一緒に王都から追い出されて、手近な町の市民街で馬車から降ろされた。王太子はどうしてか怒ってしまって、カミラをさんざんに殴りつけて、だからカミラは気を失ってしまったのだった。


「失敗しちゃった」


 料理で入れる調味料を間違えてしまった、くらいの気軽さで、カミラは呟いた。


 気を失う前にはどこもかしこも痛くて痛くて仕方がなかったけれど、眼が覚めたいまは痛いところはさっぱり消え失せていた。物心がついた頃からカミラにとっては当たり前のことだったから、これが普通ではないということをカミラは知らなかった。


「何が悪かったんだろ」


 どうして元王太子があんなに怒っていたのか、カミラには理解できなかった。


 実のところ、元王太子が怒っていたのは自分が廃嫡されたからで、その責任をカミラに擦り付けて怒っていたのだった。

 けれどカミラは、その理由に思い至ることができなかった。元王太子は睦言に、いつも、カミラと一緒にいられるならば王族でなくなっても構わないとまで言っていたからだ。


 カミラはしばらく首を傾げてから、すぐに考えるのを止めた。男のひとがカミラを殴ってくるのはいつものことだったから、考えるのが面倒臭くなってしまったのだった。


 カミラはちゃらりと懐を探った。そこにはしばらく食べるには困らないだけの金子が入っていて、これを元王太子に奪われなかったのは幸運なことだった。

 自分がお金を持っている、ということをカミラは不思議に思った。カミラが男のひとからお金を貰うことは多かったけれど、そのお金はだいたい女のひとや男のひとに奪われてしまっていたからだ。


 カミラがいま持っている金子は男のひとに貰ったのではなく、公爵家を追い出されるカミラを憐れんだカミラの元専属侍女が包んでくれたものだった。

 このお金が奪われなかったことをカミラは不思議に思ったけれど、男のひとではなくて女のひとに貰ったお金だからかな、と自分で理由をつけて納得した。もちろんそんなことはなくて、金子が奪われなかったのは単に元王太子が気づかなかっただけなのだけれど、カミラには思い至ることができなかった。


 女のひとからお金を貰ったのも、自分でお金を持つのも初めてだった。だからカミラは少しだけ浮かれていて、嬉しくて、うふふ、と笑った。


「お金は、盗まれないように……」


 公爵家から追い出される前に、元専属侍女から懇々と言い聞かせられたことをカミラは思い出した。カミラが庶子だからとカミラを引き取った公爵家のひとたちはいつも威圧的で、カミラは彼らが何を言っているのか理解できなかった。けれどカミラにつけられた年嵩の元専属侍女はいつも穏やかで、優しい声でカミラに話しかけてくれた。だからカミラは元専属侍女の言葉がなんとなく理解できたし、彼女のことが好きだった。


 カミラは学園で習ったことや、学園の図書館で読んだことを思い出して、空間収納魔法で金子を亜空間にしまい込んだ。こうすれば余程のことがない限りはものを奪われないのだ、と本に書いてあったので。


 それからもう一つ、本当に小さく折り畳まれた薄っぺらいワンピースをカミラは引っ張り出した。着の身着のまま追い出されたカミラがいま着ているのは正しく公爵令嬢に相応しい装いで、そのままの姿では危ないのだと言われたことを思い出したからだ。

 いま着ているドレスにつけられている宝石を売ればお金になるのだそうだ。けれど買いたたかれることもあるから慎重に、と元専属侍女に言われていて、それはカミラには難しかったので、カミラはひとまずワンピースに着替えて金子と同じように亜空間にしまい込むことにした。


 公爵家の養女として引き取られたカミラは、貴族たちの通う王立学園に通うことになった。カミラはろくに学校に通わないまま育ったから、学園に通うのは楽しかった。

 公爵家でも家庭教師をつけられたけれど、そちらでは何を言われているのか判らなかった。家庭教師はいつも鞭を持っていて、カミラのことを何度も何度も打ち据えたから、カミラはどうしても家庭教師が持っている鞭のほうに気を取られてしまって、家庭教師が言っていることを理解できなかったのだ。


 学園の教師たちは鞭を持っていなかったので、カミラは彼らが何を言っているのか理解できた。学んでいる間は恐い思いをしなくても済んだので、カミラは学ぶことが好きだった。


 学ぶことは好きだったけれど、カミラは学園にいる生徒たちのことは好きではなかった。女の子たちはカミラを除け者にして意地悪をしたし、男の子たちはカミラに足を開くことを求めたからだ。


 男のひとというのは従わなければ殴ってくるものだ、ということをカミラはよく知っている。だから殴られたくなくて、カミラは精いっぱい男の子たちに愛想良く振る舞ったし、求められれば足を開いた。男のひとがカミラに入ってくるのは気持ち悪かったし痛かったけれど、殴られるよりは痛くなかったからだ。

 カミラがにこにこと愛想を振りまいていても、足を開いても、男のひとというのは気分次第では殴ってくるものだ。けれど愛想を振りまかないで、足を開かないときよりはマシだったから、カミラは痛くないようにいつだって男のひとに愛想を振りまいたし足を開いた。そうすれば殴られる可能性が下がる、ということをカミラは知っていた。


 そうやってカミラは周囲に馴染もうと頑張っていたのに、どうしてもカミラは女の子に嫌われたし、除け者にされた。だから寂しくて寂しくて、カミラはいつも図書館に入り浸っていた。図書館のひとけの少ない奥の奥で本を開いていれば、どうしてか女の子たちはカミラに意地悪をしてこなかったし、男の子たちはカミラに足を開くことを求めてこなかったからだ。


 そうやってカミラが日々を過ごしているうちに、カミラはその頃はまだ王太子だった元王太子に出会った。だからカミラはいつもと同じように、元王太子に愛想を振りまいたし求められれば足を開いた。殴られるのが嫌だったからだ。


 カミラはカミラなりに、生き延びるために努力をしたつもりだった。けれど学園も、公爵家も追い出されたということは、カミラは失敗したのだろう。何がどう悪かったのか、カミラには判らなかった。

 あんなに熱心にカミラへの愛を囁いていた元王太子も、やっぱりカミラを殴りつけてカミラから離れて行った。男のひとがカミラを殴るのも愛を囁いていたのに離れて行くのもよくあることだったけれど、いつもいつもカミラはどうしたら良かったのか困り果てるのだった。


「なんでだろ」


 呟いて、カミラは首を傾げた。頭が重いなと思って、髪が結い上げられたままだったことを思い出す。雑に髪飾りを引き抜きながら、カミラは唇を尖らせた。


「お母さんのいう通りにしているのに」


 お母さんはいつもカミラに男のひとを紹介して、カミラに足を開くように言った。男のひとがカミラに入ってくるのは気持ち悪かったし痛かったけれど、抵抗したら殴られるからカミラは従った。たまに入りながら殴ってくる男のひともいたけれど、入っている間は殴ってこない男のひともそれなりにいたからだ。

 そういえば、とカミラは思い出した。


「お母さんは死んじゃったんだった」


 公爵家にカミラが引き取られてから、お母さんはたびたび公爵家にお金の無心をしていたようだった。けれどどうしてか、いつだったかにお母さんは死んでしまったらしい。吐き捨てるように公爵が言っていたのを、カミラは思い出した。


 そこで、カミラは困ってしまった。お母さんのところに帰ろうと思っていたけれど、カミラにはもう帰る場所がなくなってしまったのだった。


 また、元専属侍女の言葉を思い出す。食べていくには働く必要があるのだ、と言っていた。


 カミラは別に生きていくことに執着なんてなかったけれど、お腹が空くのはとても悲しい気持ちになるのでそれは嫌だった。お母さんが怒るとご飯をくれなくなるので、カミラにとって空腹は慣れ親しんだ感覚だった。


「働く……」


 呟いて、ふっとカミラは気持ちが軽くなった。カミラはお母さんに殴られたり、食事を抜かれたり、お母さんの紹介する男のひとに足を開いたりすることで今まで生きてきたけれど、これからはお母さんがいないのだから、違う働き方をしても良いのだと思いついたのだった。


 もしもカミラが元王太子と行動することになっていたら、カミラは元王太子に殴られるのが嫌だったから、元王太子に従うことになっただろう。けれど元王太子はもういないので、カミラは自由にしても良いのだった。


 カミラは歩き出した。その足取りはよろめくようでもあったし、同じくらい浮き立つようでもあった。

 カミラは微笑んだ。男のひとに殴られないようにするため以外で微笑んだのは、ほとんど初めてのことだった。


「あぁ、公爵家に引き取られて良かった。ありがとう、お父さま、お義姉さま」


 カミラはただ、カミラに誰も痛いことをしないどこかに行きたかっただけなのだ。

飛びきり気分の悪いお話を書ーこぉ! と思いついて書き上げました。殴り書きです

義妹に婚約者を奪われるテンプレのその後のお話、というやつ。テンプレ部分は省きました


作中にありますが、カミラはどんなに殴られても寝て起きたら治ってしまいます。誰もカミラを気に留めなかったので周りの誰もそのことに気づかなかったし、カミラはそのことが特別だとは知らないままです。実はカミラは精霊の寵愛を受ける特別な娘ですよ、とかいうオチ。けれどカミラの魂はもうボロボロに傷ついているので、たぶん王子様に見初められたり特別に幸せになったりするようなことはなく、小さな町の穏やかな老婦人が営むカフェとかで働いてささやかに生きることになるのだと思います。精霊たちはひっそり人間たちに怒っているので、もしかしたらカミラが生まれてからこちら、じわじわ作物の収穫量とかが減り続けているのかも知れません


【追記20250602】

活動報告を紐付けました! 何かありましたらこちらに

https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/799770/blogkey/3451286/

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