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第42話 未来に向けての決心

「あの件なんだけどね」


 六月の下旬。

 蓮見達紀(はすみ/たつき)は二時限目の授業終わりに、職員室へ呼び出されていた。

 達紀の前には、椅子に座った美術の女性教師がいる。


「一応、結果が送られてきたの。まあ、結果としては特別賞だったわ」


 先生からはガラス製の表彰盾を渡された。

 それには達紀の名前や賞に関する詳細な情報が刻まれていたのだ。


「ありがとうございます……」


 達紀は受賞できるか不安があり、案の上、思った通りの結果に納得はしていた。

 だが、悔しさも感じていたのだ。


「企業側からは案件とかを渡す事があるらしいから。そこまで落ち込まないで」

「はい。でも、案件があるという事は、一応評価はされてるんですね?」

「そうよ。だから自信を持ってね。企業側からは素質があるって言われてるから。蓮見さんなりに頑張ってみなさい」


 先生から勇気づけられる。


「はい、ありがとうございます」

「それでなんだけど。蓮見さん、高校二年の一学期だけど将来の事は考えてる?」

「それなりには……でも、そこまで本格的ではないですけど」

「蓮見さん的には進学するの?」

「そのつもりで考えています。具体的にどんな学校に通うかまでは決めていなくて」

「そうなのね。えっとね、丁度いいわ。これがあってね」


 先生は業務用の机の引き出しから、一枚のパンフレットを取り出していた。


「これを見て考えればいいわ」

「これは……イラスト系の学校の一覧表ですか?」

「ええ。そうよ。美術大学や、芸術系の専門学校まで幅広く扱っているパンフレットなの。蓮見さんにあげるわ」

「ありがとうございます」


 達紀は先生に対して頭を下げると、表彰盾を近くの机に一旦置き、その場でパンフレットの中身を確認する。

 大学や専門学校の情報が事細かく記されており、学校内の設備に関する写真も詳細に載せられてあったのだ。


「凄いですね。こんなに」

「そうよ。ネットでも調べられるかもしれないけど、そのパンフレットの方が分かりやすいと思うわ。それを元にネットで学校のHPを見て、入学案内に関する資料を請求してもいいかもね」

「そうですね」


 達紀はまじまじと見入っていたのだ。


「まあ、今日はこれくらいで。また何かあったら、私のところに来なさい。できる範囲でアドバイスするかも」


 先生は頼りになると思った。


「助かります。またよろしくお願いします」


 達紀は再び頭を下げ、学校のパンフレットと表彰盾を持って職員室から出るのだった。




「達紀先輩?」

「唯花」


 職員室を後に廊下を歩いていると、達紀は背後からやって来た唯花(ゆいか)から呼び止められたのだ。


「先輩はどうして職員室から?」


 津城唯花は、達紀の元に近づいてくるなり、疑問口調になっていた。


「一か月前に応募した作品が評価されてさ」

「あの自画像の件ですか? 結果は? どうなったんですか?」


 唯花は興味津々に、達紀の前で目を輝かせていた。


「結果は、なんていうか……特別賞だったよ」


 達紀は美術の先生から受け渡された表彰盾を見せたのだ。


「そうだったんですね。でも、凄いです! 今度は全力で挑んだんですよね?」

「確かに、そうだな。結果はまあまあだったけどな」

「でも、特別賞でも凄いと思いますから自信を持ってください!」


 唯花は自分の事のように喜んでくれていたのだ。


「評価された絵って、私の自画像なんですよね。何か恥ずかしいですけど嬉しいです」


 唯花は頬を真っ赤にしていたが、達紀の事を心の底から尊敬しているような眼差しで見つめていたのだ。


「あれ? 先輩、表彰盾の他に、もう一つ持ってませんか?」

「これは今後の進路についてのパンフレット的なモノで。イラスト関係の大学や専門学校について掲載されてるんだ」


 達紀は手にしていた、パンフレットの表紙を見せた。


「そうなんですね。私も、イラストを描いてみようかな」

「いいんじゃないか?」

「でも、私、下手ですよ」

「そうなのか?」

「はい。美術は他の教科よりも評価が低くて。私、自分が描いた絵を誰にも見せられないほどだったので」

「そうなのか。でも、挑戦する分にはいいんじゃないか?」

「んー、私は趣味的な感じでやると思いますけど。わからないところがあったら、先輩から教わってもいいですか?」

「俺、プロってわけじゃないけどね」

「先輩は企業からも評価されてますし、私から見たら十分プロなんですから」

「まあ、俺で良ければ教えるよ」

「はい、お願いしますね」


 唯花はニコッと、愛想よく笑って受け答えをしてくれていた。


「はっ、そうだ。私、次の授業も移動教室なんです」

「それなら急がないと」

「はい。私、日直なので、先生から職員室に来るように言われてて。先輩、また後でお願いしますね」

「ああ。またな」


 達紀は唯花に手を振って、その廊下で別れる。


 達紀も時間を気にしながら、校舎二階の教室に戻るのだった。




 以前、唯花とは恋人同士になった。

 唯花の姉である津城芹那には、数日前に街中で出くわした際に、街中の喫茶店に入店し、唯花と付き合うという趣旨を伝えていたのだ。


 芹那は、その話を聞いてから数秒後、間をおいてから頷いていた。

 彼女は選ばれなかった事で、ショックな感情に心を悩ませていたのだろう。


「わかったわ。達紀くんが決めたのなら、私も受け入れるわ。どっちか選ぶって話だったしね。達紀くんも、これから頑張ってね」


 芹那はぎこちない笑みを見せ、感情的にならない程度の口調で、達紀に心配をかけにように淡々と言葉を発していたのだ。


 彼女の表情を見ていると、達紀も心苦しかった。

 けれど、しょうがなかったのだ。


 これも運命だと割り切り、達紀はこれからの人生と向き合って行こうと、その日から決意を固め始めるのだった。




 表彰盾を貰った日。達紀は学校から帰るなり、自室へと向かい、勉強机前の椅子に座ったままパンフレットを見て進学先を選んでいた。


「ん……デジタルか、アナログか……」


 今後の人生で、どんな絵を中心に描いていくか考えないといけなかったのだ。

 まだハッキリとした将来の想像は出来ていない。


「俺にはどんな絵が似合ってんだろうな」


 全然決まらない。

 けれども、他人からは評価されているのだ。

 自信を持って、自分にあった未来を選びたいと考えてはいる。


「……キャラクターを中心とした作品を描いていきたいし、やっぱ、デジタル系の学校に進もうかな」


 達紀の中で一つの答えに辿り着いた時。


「お兄ちゃん、夕食できたよ!」


 夜八時になると、自宅一階の階段前にいる妹の一夏から大声で声をかけられたのだ。


 達紀は区切りのいいところでパンフレットの間に、本の栞を挟んで閉じる。椅子から立ち上がると、自室を後にするのだ。


 達紀の部屋の壁には、以前描いた唯花の自画像が飾られてあった。


 唯花とは恋人として、共に学校生活を謳歌したいと思っている。

 これからも――


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